ベルの音
朝、通勤の電車の中で突然大きなベルの音がした。
周りを見回したが、音の発信源は分からない。皆はどういうわけかこの音に気が付かないようだ。
しばらくは我慢していたが、我慢が限界に達すると、途中下車して会社に連絡を取って
近くの耳鼻科を探した。そうは言っても楽じゃない。なにしろ大きなベルの音に遮ら
れて相手の声が聞き取りづらいのだ。何度も聞き返すと、相手はいたずらと勘違いして
立ち去ってしまうのだ。やっとのことで、耳鼻科に到着。
受付でも同じような目にあった。待合室で待っている間も音は鳴りやまなかった。
耳をふさいだり頭を振ってみたり、周りから見れば奇妙な行為に見えただろうが、
こっちは音から逃れようと必死なのだ。
医者の方もとても困っていた。耳鳴りというのはあるが、
相手の声が聞こえないほどの大きな音がする耳鳴りなど、例がないからだ。
とりあえず耳を覗いたが、案の定何もなかった。医者が困り果て、首をかしげていると
何の前触れもなく音は止まった。
医者は「また、こんな事があったら来て下さいね。」と言った。
もう二度とこんな体験したくない。会社にも
「体調が戻ったので出勤します。」
と連絡を入れて、ゆうゆうと会社へ向かう。
あんまり調子が良いからと言って、エレベーターをやめて階段を使ったのが悪かった。
段を踏み外して頭を強く打ってしまった。俺の周りに人だかりができた。
知り合いが携帯で救急車を呼んでいるようだ。だんだんと気が遠くなっていく。
救急隊員らしき人が来て俺を担架で運んでいった。
「もう、だめかな。」
俺は死を覚悟した………
さわやかな朝。時計はちょうど8時を指していた。
天気は快晴。雲ひとつない気持ちのいい青空だ。小鳥も嬉しそうに鳴いている。
ベランダのカーテンからもれるやわらかい朝日の下で、俺は目を覚ましてこう言った。
「チクショウ!せっかく目覚まし時計を買ったのにまた寝坊してしまった。」