特異な出会い
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
へ~、タンスの数え方って、「個」でも「台」でもなく「棹」なんだって。こーちゃんは知ってた?
どうも、昔はタンスに竿を通すところを取り付けるのが通例で、持ち運びの際はそこの通した竿を持って運んでいたのが由来みたい。
昔は車箪笥といって、キャスターをつけたタイプも作られたらしいけれど、いざ大火事のときにみんなが車箪笥を持ちだしたら、道が詰まって大混乱の大損害。それ以来、車箪笥は作ることを制限されて、現在じゃアンティークものとして扱われているとか。
便利なものも、多くの人が用いれば余計なトラブルを招く。人口に膾炙するものとなるには、相応のハードルを越えていかねばならないものだねえ。
タンスそのものは、誕生してからまだ数百年。国の歴史の中では新参者に位置する家具のひとつじゃないかと思う。設計したのは僕たち人間だけれども、作られてからのちは彼らなりの生涯を歩むわけだ。
使い物にならなくなり、新しいものへ変わっていくまでの間、彼らには何が起きるのか。何が重なっていくのか。ひとりひとりが全く異なるように、彼らもまた特異な経験をするひとつの個体があるのかもしれない。
おじさんが話してくれたことなんだけど、聞いてみないかい?
おじさんが小学生のときだったみたい。
これまでクラスで皆勤賞を誇っていた子が、学校を休んだ。休みとは唐突に訪れるものだし、それ自体は不審に思うことはなかったとか。友達のひとりが「バカ卒業」の紙コーンを作って机に置いとくのを見て、ふっと鼻で笑っていたそうな。
かのクラスメートはそれから二日続けて休んでしまい、ようやく学校へ出てきたのですが、それを見たおじさんたちは顔をしかめてしまいます。
クラスメートの両方には大きなガーゼが張られており、おたふくやひどい虫歯を患った人のマンガ的表現の様相をとっていたのですから。そればかりでなく、白めの肌であった彼の顔は、日焼けしたように真っ赤であったといいます。
時期的に、こうも肌を傷めるにはまだ早い。火に関するトラブルでもあったのか、とおじさんが尋ねたところ、タンスにやられたと言い出すものですから、ますますわけが分からない。
「タンスを開けたらさ……その、ぶわあっと、火が噴き出してきてさ。顔をあぶられて、この有様だよ。とっさに体をのけぞらせなかったら、もっとひどかったと思う」
本気でいっているのか? とおじさんは思った。
もっと小さい子供でも、もうちょいマシな言い訳をするだろ、と伝えてもクラスメートは譲らない。これ以上、無理に押してもますます意固地になるばかりだろうし、いったんは退く判断。
よほど、公にはしたくない失態なのだろうか……と、どこかのんきにおじさんは構えていた。
そして、その日の帰り。
学校が終わると、そのまま友達と外遊びをしていたおじさんは、家に戻ったときには汗だくだったそうな。
夕飯までまだ間があると、シャワーを浴びておこうかと思って、いつも肌着や下着を出しているタンスに手をかけて、「ん?」と首をかしげた。
やけに重い。
普段であれば、多少の手ごたえこそあれど、ちょっと力を込めればスルスルと棚が引き出されてくる。なのに今回は、いつもに倍する力を入れても、ジリジリと少しずつ引っ張っていくのがやっと。
何かが引っかかっている、という感じでもない。そうであったなら、ある時点からほぼ一方的に動きを止められる。なお引っ張り出そうとすれば、突っかかっていたものが大々的に破損して異常を知らしめてくれるだろう。
でもこれは、中身を詰め込みすぎているときの感触。
――今日に限って、シャツやパンツを入れすぎているのか? それにしては……。
おかしい。そう判断した時点でひっこめればいいものを、おじさんは止まることができなかったとか。
そうして、ようやく引っ張り出した棚を覗き込んだとき。
鞠のような大きさをした何かが、急に跳ねておじさんの顔へぶつかってきたんだ。
痛い。そして熱い。
不意を打たれたこともあって、それらがずっと強く感じられる。思わず殴るようにして、その物体を引きはがした。
ぼとん、ころころと転がる音と感触。そしてそこに張り付けられたものを、確かにおじさんは見聞きした。
福笑い、といえば分かるだろうか? おたふくの絵の目、鼻、口などのパーツを散らした状態で、目隠しした人が手探りで元通りに近づけていく……というゲームだ。
目隠しを取るまで、手探りの自分がどのように並べたかは分からない。いざ取ってみて、そのばらばら具合を笑いのネタにする遊びだね。
その鞠のような形をしたものは、その福笑い状態の顔を無数に貼り付けていたのだとか。
人間と同じ顔の大きさで、東西南北と上下。サイコロの目でもあるかのように、目、鼻、口をとっちらかせていた。
でも、そいつは部屋の床をいくらか転がり、ゴミ箱にぶつかるやふっと姿を消してしまったみたいなんだ。タンスの引き出しも異様な重さがなくなったばかりか、中身のシャツやパンツもしっかりあった。
けれども、おじさんの顔。顔全体が真っ赤になっているうえに、例の鞠らしきものにぶつかられたところは、皮膚がかじりとられて血がにじんでいたのだとか。翌日には、あのクラスメートと似たような顔でクラスへ顔を見せることになったとか。
クラスメートは火と話したが、おじさんにとっては異なるものだった。
あれの正体は今でも分からないけれど、普段は目に見えない引き出しの中身とかを確かめるとき、いっそう気をつけるようになったって話していたっけ。




