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緑の惑星

作者: 古数母守
掲載日:2026/03/27

「このままでは飢え死にしてしまう」

生まれたばかりの赤ん坊をしっかり抱きしめている妻の隣りで、いよいよその時が来たと男は考えていた。ここで対応を決めなくてはならなかった。このまま餓死するか? それとも生き延びるための最終手段を選択するのか?

「あんなふうになるのは嫌よ」

妻は言った。その最終手段のことを男が口にするのを彼女は絶対に聞きたくはなかった。だが実際のところ、他に選択肢はなかった。食糧は底を突きつつあった。このままでは家族三人飢え死にを待つばかりだった。

「もうそうするしかない」

男は妻に言った。あるいはその言葉は自分に言い聞かせるためのものだったかもしれなかった。


異常気象と紛争地域の世界的な拡大の影響を受け、食糧難の時代が訪れていた。食糧の奪い合いによる犯罪が多発していた。そんな殺伐とした世界を人々はひもじさを感じながら、ひっそり生きていた。この危機をなんとか凌がねば人類に未来はない。科学者たちはそう考えて現状を打破すべく研究を続けていた。そんな中、ある画期的な発明がなされた。

「素晴らしい発明です。これで人類は救われます」

アナウンサーは感動をそのままに伝えていた。食糧危機から人類を救うべく、人間が光合成ができるようになる薬が開発されたのだった。この薬を飲めば、太陽光を浴びるだけで体内に栄養を蓄積することができ、飢える心配がなくなるということだった。政府は今まで飢えた国民に食糧キップを配布して来たのだが、食糧を調達するのはもう限界だった。その代わりとして薬は直ちに配布されることになった。まだ増産体制が整っていないということで、初回の配布先は抽選により決定された。宝くじを当てるよりも大変な確率だった。薬の抽選権を引き当てた人々は喜びに浸っていた。


光合成ができるようになった人々は飢えから解放され、のんびりと暮らしていた。彼らは陽の当たる場所で寝転んでいることが多かった。それで栄養が確保できるのだから、当然の行動だった。

「なんか、眠いな」

彼らはそう言って寝てばかりいた。動かなくなったせいで足腰が弱り、眼や耳の機能も次第に衰えて行ったが、本人はあまり気にしていないようだった。そしてある日、川の近くで身動きのできなくなった人が発見された。光合成をするようになってから一か月ほど経過した人だった。彼は大地にしっかりと根を生やしていた。そしてずっと眠っているようだった。もう食糧を手に入れるために、あちこち動き回る必要はなかった。覚醒している必要すらなかった。そして彼は木になったのだった。幹には彼の目鼻立ちがうっすらと残っていた。やがて彼の周りにかつて人間だった者たちが何人も集まって来た。その場所はやがて林となり、森となった。その状況を目の当たりにしても、政府は光合成ができるようになる薬を国民に配布するしかなかった。もう食糧は手に入らなかった。他に配るものはなかった。


「飢え死にするのが嫌だからと言って、木になるなんて嫌よ。どうせなら人の心を持ったまま死にたい」

そうやって薬を拒む妻を男は扱いかねていた。自分だってそんなふうにはなりたくないと思った。

「このままでは子供が死んでしまう」

男はぽつりと言った。それを聞いた妻はわんわんと泣きだした。瞳から大粒の涙がこぼれていた。そして彼らは三人とも泣く泣く薬を飲んだ。


 そんな悲劇のあった惑星にある日、宇宙船が飛来した。他の恒星系から遥々やって来た探査船だった。

「どこまでも森が広がっていますね。なんて美しい星だろう」

船を降りた調査員はうっそうとした森の中を歩きながら言った。

「この幹はなんだか人の顔のように見えますね」

「人間は無意識のうちに顔の特徴を見つけ出してしまうものなのだよ」

心理学について少しばかり心得のある船長が調査員をたしなめた。

「それはわかっていますけどね。ほら、ここにあるのはお父さんとお母さんに見守られた子供って感じがしますよ。これが偶然とはね。ちょっと信じられない」

美しい緑の惑星に感動しながら調査員は言った。

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