流れ星さん
現実に疲れた主人公が流れ星の化身と出会う話です。
構想自体は昔からあったのですが、文章はぱっと思いついてそのまま投稿しました。お読みいただけますと幸いです。
空からイケメンが降ってきた。
何を言っているか分からないと思うが、文字通り、空から降ってきたのである。
その日は一日中快晴で、夜になっても星が良く見える日だった。
仕事の帰り道、私はくたくたの泥になりそうな疲れ具合で、駅から家まで歩いていた。今日はまだましな方だったが、お決まりの残業を終えた後はやはり怠い。そして、明日になれば、また同じようなタスクに追われることが決まっている。
毎日毎日、その繰り返し。新卒で入社してから三年目。いい加減、嫌になってきた。
「はあ……」
盛大な溜め息を吐いた。そして、リフレッシュのため、空を仰いで息を吸おうとした、その時。
空に一筋の翠の光が差した。そして。
「やっほおおおおおおおおお!!!!」
少し高めの男性の声がした。知らない声だ。それは段々と大きくなる。え、と思う間もなく、先程見た光と共に私の目の前に何かが落ちてきた。
ドサッ!
人だった。二十歳くらいに見える男性。髪は薄めの金色。黄色っぽい派手な模様のシャツにカーキ色のチノパン姿。彼は地面にうつ伏せに倒れていた。
「いったたたた……。着地失敗しちゃったわ……」
私が驚いて固まっていると、その人は自力で起き上がって此方を見た。
……イケメンだ。
少しあどけなさの残る顔で、大きな瞳をした青年。その眼の色は翡翠のようで、先程の光の色によく似ていた。
「あ、どーもー」
彼が私に向かってニパッと笑った。何だか軽い。
「初めまして! オレ、カナトって言うんだ。叶える人と書いて、叶人」
「は、はあ……」
いきなり何なのだ。ナンパにしては状況が可笑しすぎる。
「君は?」
「え、いや、あの」
いくらイケメンでも、こんな不審者に名乗るのは躊躇われる。何なのだ、一体。
「教えてくれないのー? 教えてくれないと叶えられないんだけど、願い」
「はい……?」
何を言っているのだろう。願いを叶える? 新手の詐欺か?
「あ、説明しないと分かんないか。ごめん、ごめん」
彼は、よっと言って立ち上がった。
「改めまして、オレ、叶人。流れ星の化身で、修業中の身です!」
「な、流れ星……?」
どう見ても人間なのだが。私は今、夢を見ているのだろうか。
「それで、修業のために誰かの願いを叶える練習をしないといけないんだけど。空を飛んでたら丁度、悩んでそうな君が見えたから降りて来た!」
胸を張って、また笑う彼。こんな状況なのに、彼に笑顔を見せられると絆されそうになる。
……イケメンだから。
私は面食いだったのだろうか……。
「で、君の願いは何? あ、名前教えてくれないと叶えられないよ?」
……もう、何だか抗えない気がしてきた。ええい、どうとでもなれ!
「私は、佐藤智子。冴えないOLです……」
無駄な自己紹介もしてしまった。まあ、いいか。
「うんうん! りょーかい、りょーかい! で、願いは?」
「願い……」
願いなら、たくさんある。視力を良くしたいし、ライブのチケットに当たりたいし、仕事をもっと楽にしてほしいし、お洒落になりたい、デパコスを大人買いしてみたい、美人になりたい、彼氏ほしい……。
「あーと、願いは一つだけね」
考え込みだした私の様子から煩悩の塊であることを感じ取ったのか、彼が言った。
「あと、大それたことは叶えられないよ。修業中だからね」
「それってどのくらいの規模の願いなんですか……?」
「んーとね、日常のちょっとしたことくらいかな」
「例えばですけど、失くし物が見つかるとか、そんな……?」
「そうそう! そんな感じ」
ちょっとがっかりした。夢かもしれないが、これで人生変わるかも、なんて都合よく考えてしまったから。
「ちょっとー、そんな落ち込まないでよ。しょうがないでしょ。まだ半人前なんだもん」
口を尖らせて、零す彼。
まあ、しょうがないか。なら……。
「じゃあ、何か楽しい気持ちにさせてください」
そう頼んでみた。
「随分ざっくりしているね。ま、それでいいや」
彼は目を爛々と輝かせて、それから、笑った。満面の笑み。
ドクリ。心臓が鳴る。
「じゃ、行くよ!」
「えっ!」
彼が私の手を引くと、途端に身体が上昇し始めた。慌てて暴れそうになるが、彼が宥めてくる。パンツスーツで良かった……。
私たちはどんどん高く昇り、やがて街全体を見下ろせるくらいの高さになった。すると彼は街外れの薄暗い場所へ目掛けて進み始めた。何処へ行くのかと思ったら……。
「え、ここは……」
暗い所。装飾の施された大きな門。何とか奥に見える古びたメリーゴーランドに観覧車。
「遊園地……」
呟く私に、彼が振り返る。
「そう! 正確に言えば、廃遊園地ね。ここで遊ぼう! 貸し切りだよ!」
子供の様な笑みで此方を見返してくる。短絡的というか、何というか……。そもそもどうやって遊ぶんだろう。
困った顔をしているであろう私に一瞥をくれると、彼はにんまりと笑って、手を、上げた。
パチン!
彼の指が鳴らされた瞬間。
手前から奥に向かって、ライトが順々についていく。ギギィ……と音を立てて、門が開く。スピーカーから明るい音楽が流れてきた。
魔法を見ているようだ。驚いて声を出せずにいると、
「ほら、行くよ」
彼が微笑んで私の手を再び取った。彼に連れられるまま、敷地に踏み入れる。
まずはゴーカート。一人ずつ乗り込んで、思いっきり走る。
次は百円玉を入れて乗るタイプの動物の乗り物。子供の頃、乗らせてもらえなかったんだよなぁ……。
それから、前後に揺れる船に乗り、お化け屋敷に入り、ミラーハウスで迷路を楽しむ。メリーゴーランドは馬と馬車の両方に乗りたくて、二周した。
いつの間にか、子供のようにはしゃいでいた。神経を擦り減らす毎日の中で忘れていた、こんな感覚。
童心に帰るとは、こういうことを言うのだろうか。
彼はずっと笑っていて、ずっと私の手を引いていた。
そして観覧車に乗る。向かい合って座るとカップルのようだ。照れ臭い。
ゆっくりと上昇していくゴンドラ。遠くの街の明かりが星空の様で綺麗だ。百万ドル、とまではいかないけれど、十分だった。ちょっぴり期待してしまった、頂上での告白イベントはもちろん無かった。
ゴンドラを降りると、彼が言う。
「もうそろそろ、時間かな」
時計を見ると、午前零時まであと十五分だった。もしかして。
「この魔法は、十二時まで……?」
「そう。オレの力じゃ、それが限界」
「そっか……」
寂しい。こんなに楽しかったのは久しぶりだったのに。
「君の願いを叶えるのが、オレの仕事だから。最後まで楽しむよ! ほらほら!」
「あっ……」
彼が私の背中を押して行ったのは、メリーカップだった。
同じカップに乗り込む。
「いっくよー!!」
「わあああ!」
彼が思いっきりハンドルを回す。彼は大笑いしながら回し続ける。心から楽しんでいるように見えた。
私もハンドルに手を掛けようとした。指先が触れ合う。驚いて手を引っ込めると、彼が今度はクスクスと笑った。
楽しい。楽しい。楽しい。
ブーッ!!
突然、ブザーが鳴る。ゆっくりとカップが止まった。
少しフラフラしながら遊具を降りると、彼が此方を見た。
「どうだった?」
私は深呼吸して、そして答える。
「……楽しかった!」
「よし!」
彼がガッツポーズをする。
「これでまた一つ修業が進んだ! ありがとう!」
何度見たか分からない笑顔を向けてくる彼。
「こちらこそ……。願いを叶えてくれて、ありがとう」
満足そうな彼。
「じゃ、あと三分しかないから、戻るよ」
彼が手を上げる。指を鳴らす。
一瞬で辺りが暗くなったかと思うと、彼と出会った道に戻っていた。
魔法が終わったのだ。
「それじゃあ、元気でね。また、会えたら!」
簡潔にそれだけ言うと彼は飛び立った。
最初に見た翠の光がまた閃き、夜空へと吸い込まれていく。
呆然とそれを見送っていた私は、満たされた気持ちだった。だが、心に一箇所、ぽっかりと穴が開いている気がする。これは。
「願いの代償ってあるのかなぁ」
どうやらこの短時間で、彼に心を持って行かれてしまったらしい。参った。
でも、それでも。……明日から、頑張れそう。
「ありがとう。……叶人」




