第7話 「9人の奇跡」
セレナを仲間に迎えてから一週間。
チアダンサーたちとセレナは、王城の訓練場で連日練習を重ねていた。
「もう一度、コンビネーション3番をやりましょう」
ミナの号令で、9人が位置につく。
セレナは最初こそぎこちなかったが、聖魔法の素養と持ち前の運動神経で、驚くほど早くチアダンスのコツを掴んでいた。
「セレナさん、タイミング完璧です」
ユカが嬉しそうに言う。
「ありがとうございます。皆さんの踊りは、とても理にかなっているんですね」
セレナが微笑み返す。
「一つ一つの動きに意味があって、全体で一つの大きな流れを作り出している」
練習を終えた午後、宮廷魔術師が訓練場を訪れた。
「皆さん、準備はいかがですか?」
魔術師の表情は、いつになく真剣だった。
「実は、緊急事態が発生しました」
9人が身を乗り出す。
「東の大都市『クリスタルシティ』の瘴気が、急速に濃くなっています」
魔術師が地図を広げる。
「このペースでは、一週間以内に住民全てが」
その言葉に、全員が息をのんだ。
「私たちが行きます」
ミナが即座に答える。
「でも、まだ練習を始めたばかりで...」
エマが不安そうに呟く。
「大丈夫よ」
セレナが静かに言った。
「私たちの力、試してみましょう」
翌朝、9人は王国最速の馬車でクリスタルシティへと向かった。
道中、セレナは古い書物を読み返している。
「クリスタルシティは、この国で最も大きな商業都市です」
セレナが説明する。
「人口は十万人を超え、多くの商人や職人が暮らしています」
窓の外を見ると、都市の規模の大きさに全員が圧倒される。
「こんなに大きな都市...」
カノンが呟く。
「本当に私たちにできるのかしら」
しかし、都市に近づくにつれて、その深刻さが明らかになった。
クリスタルシティを覆う瘴気は、これまで見てきたどの町よりも濃く、黒々としている。
「すごい瘴気...」
ハルが窓から身を引く。
「まるで生きているみたい」
都市の手前で馬車を降りると、そこには騎士団と魔法使いたちが集結していた。
「チアダンサーの皆さん、お疲れ様でした」
騎士団長が深々と頭を下げる。
「状況は、かなり深刻です」
騎士団長が説明を始める。
「瘴気の濃度が急激に上昇し、我々でも都市の入り口まで近づけません」
実際、瘴気は都市の城壁を越えて外側にまで漏れ出していた。
「中にいる住民たちからの連絡も、三日前から途絶えています」
その言葉に、アオイが顔を青くする。
「それって...」
「いえ、まだ諦めるのは早いです」
セレナが割って入る。
「瘴気は生命力を吸い取りますが、完全に枯渇するまでには時間がかかります」
彼女は書物のページをめくる。
「記録によれば、十日程度は持ちこたえるはずです」
その夜、9人は作戦を話し合った。
「明日、一気に浄化しましょう」
ミナが決意を込めて言う。
「でも、これまでとは規模が違います」
リコが心配そうに言う。
「私たちの力で、本当に十万人の都市を......」
「大丈夫」
セレナが力強く答える。
「古の聖歌隊の記録にも、同じような規模の都市を浄化した例があります」
彼女は仲間たちを見回す。
「大切なのは、心を一つにすること。技術的な完璧さよりも、想いの強さが重要なんです」
ユカとサキが顔を見合わせる。
「私たち、みんなで心を合わせましょう」
「そうね。今までの練習の成果を信じましょう」
翌朝、9人はクリスタルシティの正門前に立った。
瘴気の壁は、まるで巨大な怪物のようにそびえている。
「皆さん、準備はいいですか?」
ミナが最後の確認をする。
「はい!」
8人とセレナが声を揃える。
9人は手を取り合い、円を作った。
「私たちの想いを、歌に込めましょう」
セレナの提案で、まず彼女が古い聖歌を歌い始める。
それに合わせて、8人がチアダンスを開始した。
9人のダンスが始まると、これまでにない光が生まれた。
セレナの聖魔法がチアダンスの動きと完璧に同調し、光は虹色に輝いている。
その光は、瘴気の壁に触れると、まるで氷が溶けるように瘴気を消していく。
「すごい!」
見守っていた騎士団長が息をのむ。
「瘴気が、本当に消えていく」
9人のダンスは、都市全体を包み込むように広がっていく。
瘴気が晴れるにつれて、都市の中から人々の声が聞こえ始めた。
「光だ!」
「空が青くなった!」
住民たちの歓声が、都市中に響き渡る。
2時間に及ぶダンスの末、クリスタルシティの瘴気は完全に消失した。
青空が都市を覆い、人々が街路に飛び出してくる。
「やった!」
ミナが膝をつく。9人とも疲れ果てていたが、その顔には達成感が溢れていた。
「私たち、やり遂げたのね」
アオイが涙を流しながら笑う。
住民たちが9人の周りに集まってきた。
「ありがとうございます!」
「本当に、ありがとう!」
感謝の言葉が次々と寄せられる。
セレナが仲間たちを見回す。
「これが、本当の聖魔法の力なんですね」
彼女の目にも涙が光っていた。
「一人では決してできないこと。みんなの心が一つになったからこそ」
その夜、宿でゆっくりと休みながら、9人は今日の成功を振り返った。
「私たち、本当に大きな都市を救えたのね」
エマが感慨深げに言う。
「でも、まだまだ救うべき場所がたくさんあるわ」
カノンが地図を見ながらつぶやく。
「そうね。でも、今日の成功で自信がついた」
ハルが力強く言う。
「私たちなら、どんな困難も乗り越えられる」
セレナが微笑む。
「古の聖歌隊も、きっとこんな気持ちだったのでしょうね」
9人の絆は、この成功によってさらに深まった。
そして、世界を救うという使命への確信も、より強いものとなったのだった――。