第6話 「聖魔法の継承者」
魔道具の実験から三日が経った朝、チアダンサーたちは王都の街を散策していた。
魔道具に頼らない方法を模索するため、まずは気分転換も必要だろうとミナが提案したのだ。
「やっぱり王都は大きいわね」
アオイが街並みを見回しながら言った。
「人もたくさんいるし、活気があるわ」
しかし、街の人々の表情をよく見ると、どこか不安そうな色が見て取れた。
「みんな、心配そうね」
ハルが気づく。
「そりゃそうよ。各地の都市がまだ瘴気に覆われてるんですもの」
エマがため息をつく。
街の中央広場を歩いていると、小さな人だかりができているのに気づいた。
「何かしら?」
ユカが首を伸ばして覗き込む。
人垣の中心では、一人の少女が古い書物を広げ、街の人々に何かを語りかけていた。
銀髪に深い紫の瞳を持つ彼女は、どこか神秘的な雰囲気をまとっている。
「…古い記録によれば、この国にはかつて『聖魔法使いの集団』が存在していました」
少女の声が、静かに響く。
「彼らは踊りながら祈りを捧げ、人々の心に希望の光を灯したのです」
その言葉に、チアダンサーたちは息をのんだ。
「踊りながら祈り…」
リコが小さくつぶやく。
「それって、私たちと似てない?」
カノンが驚いた顔で仲間たちを見回す。
少女は続けた。
「その力は『聖魔法』と呼ばれ、多くの人の心を一つにすることで、奇跡のような癒しをもたらしたと記録されています」
群衆が散った後、チアダンサーたちは少女に近づいた。
「あの、すみません」
ミナが声をかけると、少女は振り返った。
「はい?」
「今のお話、とても興味深くて、私たち、聖魔法について詳しく知りたいんです」
少女の目が、一瞬輝いた。
「もしかして、あなたたちが、最近街で噂になっている『光の踊り子』たちですか?」
8人は顔を見合わせた。
「光の踊り子?」
「はい。町や村を瘴気から解放してくださっている方々のことです。踊りながら美しい光を放ち、人々を救ってくださると」
少女の表情が明るくなる。
「私は、セレナと申します。代々この国で聖魔法を研究してきた一族の末裔です」
セレナは、チアダンサーたちを自分の家へと案内した。
古い石造りの家の中は、魔道書や研究資料で溢れている。
「我が家は、三百年前から聖魔法の研究を続けてきました」
リサが一冊の古い書物を開く。
「この書物には、かつてこの国を救った聖魔法使いたちの記録が残されています」
ページをめくると、そこには踊る人々の挿絵が描かれていた。
「彼らは『聖歌隊』と呼ばれ、二十人ほどの集団で活動していました」
挿絵の人物たちは、確かにダンスのような動きをしている。
「でも、百年ほど前から、聖魔法の使い手は次第に姿を消していきました」
リサの表情が曇る。
「私の一族も、理論は受け継いできましたが、実際に聖魔法を使える者はいなくなって」
「でも、あなたたちの踊りを見た時、確信しました」
セレナが興奮気味に続ける。
「あれは間違いなく、古の聖魔法と同じ原理です!」
ハルが首をかしげる。
「でも、私たちは異世界から来たんです。この世界の聖魔法とは関係ないと思うんですが」
「いえ、そうではありません」
リサは別のページを開く。
「聖魔法の本質は『心を一つにすること』です。技術や出身地は関係ありません」
そこには、聖魔法の理論的な説明が記されていた。
「多くの人が同じ想いを共有し、それを身体表現として昇華させる時、聖なる力が宿るのです」
「ところで」
セレナが恥ずかしそうに言った。
「実は私も、少しだけなら聖魔法が使えるんです」
8人が驚く中、セレナは立ち上がった。
「お見せしましょうか?」
セレナが優雅に舞い始めると、彼女の周りに淡い光が生まれた。
それは、チアダンサーたちが放つ光と似ているが、どこか異なる性質を持っている。
「これが、この世界に古くから伝わる聖魔法の踊りです」
舞い終えたセレナを、8人は感嘆の眼差しで見つめた。
「美しい」
サキが息をのむ。
「でも、一人だとこれが限界です」
セレナは少し寂しそうに微笑んだ。
「古の聖歌隊のような大きな力は、一人では生み出せません」
その時、ミナが立ち上がった。
「セレナさん、お願いがあります」
「はい?」
「私たちと一緒に踊ってもらえませんか?」
セレナの目が見開かれる。
「私が一緒に?」
「はい。あなたの聖魔法と、私たちのチアダンスを組み合わせたら、きっともっと強い力が生まれるはずです」
ユカとサキも頷く。
「私たちも、そう思います」
「新しい仲間が加わることで、私たちももっと成長できそう」
カノンが嬉しそうに言った。
「でも私は踊りの素人ですし」
セレナが遠慮すると、エマが笑顔で手を差し伸べた。
「大丈夫よ。私たちが教えるから」
「チアダンスの基本は、心を合わせること」
リコが付け加える。
「技術は後からついてくるの」
セレナの家の庭で、早速9人での練習が始まった。
「まず、基本的なステップから」
ミナがセレナに寄り添いながら指導する。
最初はぎこちなかったリサだが、持ち前のダンスの素養で、すぐにコツを掴んでいく。
「セレナさん、とても上手ね」
アオイが感心する。
「この世界の聖魔法の動きが基礎にあるから、覚えが早いのかも」
そして、簡単なコンビネーションに挑戦した時だった。
9人が心を合わせて踊ると、これまでにない強い光が生まれた。
「すごい」
全員が息をのんだ。
光は、8人だけの時よりもはるかに安定しており、温かく、力強い。
「これなら」
ハルが希望に満ちた表情で言った。
「都市の浄化も、可能かもしれない」
その日の夜、9人は円になって座り、今後の計画を話し合った。
「セレナさんの知識と、私たちの技術を合わせれば、きっと大きな力になる」
ミナが力強く言った。
「でも、まだまだ練習が必要ね」
アオイが冷静に分析する。
「今日の感覚を、確実に再現できるようにならないと」
セレナが静かに口を開いた。
「皆さん、私を仲間に加えてくださって、ありがとうございます」
彼女の目に涙が光る。
「長い間、一人で聖魔法の研究を続けてきました。でも、本当の聖魔法は、仲間と共にあることを今日知りました」
ユカが優しく言った。
「私たちの方こそ、ありがとう」
「あなたがいてくれることで、私たちももっと強くなれる」
サキも微笑む。
セレナは深く頷き、決意を込めて言った。
「この世界を、みんなで必ず救いましょう」
9人の新たな戦いが、今始まろうとしていた――。