第5話 魔道具の試練
基礎練習の成果を実感したチアダンサーたちだったが、アオイの言葉は現実を突いていた。
確かに、彼女たちの技術は向上している。しかし、都市を完全に浄化するには、今の8人だけの力では足りない。
「何か、解決策はないのかな......」
カノンが重いため息をつく。
宿の食堂で夕食を取りながら、8人は今後の方針について話し合っていた。
「このまま基礎練習を続けても、限界はあるわよね」
ミナが冷静に分析する。
「技術的には上達してるけど、物理的な制約はどうしようもない」
ユカが双子の妹サキと顔を見合わせる。
「私たちが8人で出せる聖魔法の量には、やっぱり上限があるもんね」
「でも、諦めるわけにはいかないわ」
ハルが拳を握る。
「都市にいる人たちも、私たちを待ってる」
その時、宿の扉が勢いよく開いた。
現れたのは、王国の使者を務める魔法使いだった。彼は汗まみれで、明らかに急いでやってきたようだ。
「チアダンサーの皆さん! ようやく見つけました」
魔法使いは息を整えながら、一通の書状を取り出した。
「陛下から、緊急の勅令です。君たちに都市解放の任務が正式に下されました」
8人は顔を見合わせた。
「でも、私たちの力では......」
エマが不安そうに口を開くと、魔法使いは慌てたように手を振った。
「それについても、陛下はお考えです。王都にて、君たちの力を増幅させる方法を用意してあります」
魔法使いの言葉に、ミナたちは一縷の望みを見出した。
「力を増幅させる......ですか?」
「はい。詳しくは王都で説明いたします。急ぎ、準備をお願いします」
翌朝、チアダンサーたちは王国の特急馬車で王都へと向かった。
通常なら三日かかる道のりを、魔法で速度を上げた馬車は一日で駆け抜けた。
王都に到着すると、彼女たちは直ちに王城の地下にある魔法研究施設へと案内された。
そこは、巨大な地下空間で、壁一面に古い魔道書や実験器具が並んでいた。
施設の中央には、これまで見たこともないような巨大な魔法陣が床に描かれている。
「これは......」
リコが圧倒される。
魔法陣は複雑な幾何学模様で構成されており、その周囲には数十個の魔石が規則正しく配置されていた。
「これが、君たちの聖魔法を増幅させるための魔道具です」
施設の責任者である宮廷魔術師が説明する。
「この魔法陣の上で術を行えば、魔石に蓄えられた魔力が君たちの聖魔法と共鳴し、通常の数倍の威力を発揮するはずです」
魔術師の説明に、チアダンサーたちは期待に胸を膨らませた。
「本当に、私たちの力が強くなるんですか?」
アオイが興奮気味に尋ねる。
「理論上は間違いありません。ただし......」
魔術師は少し表情を曇らせた。
「この魔道具は、これまで単独の魔法使いに対してのみ使用されてきました。君たちのように複数人で同時に使用するのは初めての試みです」
「でも、大丈夫なんですよね?」
ハルが不安そうに確認する。
「理論上は問題ありません。まずは軽い実験から始めましょう」
魔術師の指示で、8人は魔法陣の上に立った。
足元から、微かに暖かい感覚が伝わってくる。
「それでは、普段通りにダンスを」
ミナの号令で、彼女たちは軽いコンビネーションから始めた。
すると、魔法陣が淡く光り始める。
そして、彼女たちの体を包む聖魔法の光が、見る見るうちに強さを増していった。
「すごい......!」
カノンが歓声を上げた。
光は研究施設全体を包み込み、普段の何倍もの輝きを放っている。
「これなら、都市の浄化も可能かもしれません」
魔術師も満足そうに頷いた。
しかし、ダンスを続けていくうちに、異変が起き始めた。
最初に気づいたのはアオイだった。
「あれ......なんか、めまいが......」
続いて、ユカとサキの顔から血の気が引いていく。
「ちょっと、立ってるのがつらい......」
「私も......力が抜けていく感じ......」
ミナが慌ててダンスを中断した。
「みんな、大丈夫?」
しかし、ユカとサキは既に膝をついてしまっていた。
「ユカ! サキ!」
ミナが駆け寄ると、二人は座り込んだまま荒い息をついていた。
「大丈夫、ミナ......でも、魔力が、一気に吸われたみたい......」
ユカが震える声で答える。
「こんなに疲れたの、初めて......」
サキも顔を青くしている。
魔術師が慌てて駆け寄り、二人に回復薬を飲ませた。
「申し訳ありません。魔法陣が、術者の魔力を想定以上に消費していたようです」
しばらくして、ユカとサキの容体が安定すると、魔術師は申し訳なさそうに説明を始めた。
「この魔道具は、単独の魔法使いが短時間で大きな力を発揮するために設計されたものです」
魔術師は魔法陣の設計図を広げながら続ける。
「君たちのように、複数人で長時間ダンスを続ける使用方法は想定していませんでした」
ミナが設計図を覗き込む。
「つまり、私たちには向いてないということですか?」
「残念ながら......現状では、都市を完全に浄化するまでの長時間使用は困難です」
魔術師の言葉に、8人は失望を隠せなかった。
「これじゃ、とても都市まで持たないわ......」
ユカは悔しそうに唇を噛んだ。
「せっかく希望が見えたと思ったのに......」
エマも肩を落とす。
その夜、チアダンサーたちは王城の宿舎で、再び今後の方針について話し合っていた。
「魔道具に頼っても、結局は私たちの力が足りないということね」
アオイが冷静に分析する。
「でも、完全に無駄だったわけじゃないわ」
ハルが前向きに言った。
「短時間とはいえ、私たちの聖魔法が何倍にも強くなったのは事実よ」
「そうね。あの感覚、覚えてる?」
リコが興奮気味に話す。
「魔法陣の上で踊った時、私たち全員の心がいつも以上に一つになってた気がする」
その言葉に、全員がハッとした。
「そうだった......」
ミナが目を輝かせる。
「魔道具の効果だけじゃない。私たちの連携も、いつもより完璧だった」
カノンが立ち上がる。
「ねえ、私たちには、チアダンスがある。魔道具に頼らなくても、もっと私たちの力を引き出す方法があるかもしれない......!」
彼女の言葉に、全員が希望の光を見出した。
「そうよ。私たち、まだ自分たちの本当の力を知らないのかもしれない」
ミナが力強く言った。
「魔道具の実験で学んだことを活かして、私たちだけの力で都市解放を目指しましょう」
挫折は、新たな可能性への扉だった。
彼女たちの挑戦は、まだ終わっていなかった――。