第4話 基礎の力
都市解放を目指すチアダンサーたちは、まずは小さな町と村を次々と解放していくことにした。
王国から提供された馬車に乗り、彼女たちは新たな旅を始めた。しかし、行く先々で待ち受けていたのは、より濃い瘴気に覆われた町や、これまでにはいなかった強力な魔物だった。
「ここ、前の村よりも瘴気が濃い......!」
ハルが息をのむ。彼女たちのユニフォームが放つ光も、昨日よりも弱く見える。
「このままじゃ、全員を助けられない......」
エマが不安そうにつぶやいた。
三つ目の町での浄化を終えた夜、チアダンサーたちは宿の一室に集まっていた。疲労が全身に重くのしかかり、誰もが息を切らしている。
「今日、危なかった......」
リコが震える声で言った。
「瘴気が反発してきた時、一瞬ダンスが乱れそうになった」
ユカとサキも顔を曇らせる。
「私たちのタイミング、ちょっとずれてた」
「コンビネーションの精度が下がってるかも......」
ミナは、窓の外の暗闇を見つめながら、重い口を開いた。
「正直に言うわ。今のままじゃ、都市は無理だと思う」
その言葉に、全員が息をのんだ。部長であるミナが弱音を吐くことは、これまでほとんどなかった。
「でも......」
アオイが抗議しようとするが、ミナは首を横に振る。
「現実を見なきゃダメよ。今日だって、町の半分を浄化するのがやっとだった。都市は、町の何倍も大きいの」
カノンが膝を抱えて座り込む。
「じゃあ、どうすればいいんですか......」
部屋に重い沈黙が流れた。
その時、静かに話を聞いていたカノンが、ふと顔を上げた。
「私たち、普段の練習でやっている『基礎練』を忘れてない?」
その一言に、全員がハッと顔を上げた。
「基礎練......」
ハルが呟く。
「そういえば、異世界に来てから、新しい技のことばかり考えてた」
「基本的なストレッチや、基礎的なタンブリングとかも、おろそかにしてたかも......」
エマが恥ずかしそうに下を向く。
翌朝、朝日がまだ昇り切らない早朝。
チアダンサーたちは、宿の近くの草原に集合していた。
「よし、みんな。今日から基礎練をやり直すわよ」
ミナの号令で、まずは入念なストレッチから始まる。
一人ひとり、自分の体と向き合い、筋肉の状態を確認していく。
「あ......こんなところが固くなってる」
アオイが自分の肩を揉みながら言った。
「連日の戦いで、知らず知らずのうちに体が緊張してたのね」
「私も、足首が固い......」
リコが自分の足をマッサージしている。
「ちゃんとケアしないと、パフォーマンスが落ちるのは当然よね」
ストレッチを終えると、次は一つひとつの基礎技の確認だ。
「じゃあ、まずはベースから」
ハルが中央に立つ。
「基本的なベースポジション、確認するわよ」
一見簡単に見える技でも、細かく見直すと、多くの問題点が浮かび上がってきた。
「ハルの足の位置、もう少し広く」
「手の角度も、心持ち内側に」
互いに厳しくチェックし合いながら、一つひとつの技を丁寧に修正していく。
「次、タンブリング!」
リコとエマが前に出る。
「基本的な前方宙転から」
何度も何度も繰り返される基礎技。
瘴気の影響で疲労は通常よりも早く蓄積するが、彼女たちは決して手を抜かなかった。
「エマ、着地の時に膝が内側に入ってる」
「リコは踏み切りのタイミングが早い」
細かな指摘が飛び交う。
時には、技に失敗して転倒することもあった。
「痛っ......」
サキが尻餅をつく。
「大丈夫?」
ユカが慌てて駆け寄る。
「平気平気。でも、こんなところでつまずくなんて......」
サキが悔しそうに顔を歪める。
「いいのよ、基礎を見直すってことは、そういうこと」
ミナが優しく声をかける。
「完璧にできてたつもりでも、実は曖昧だった部分があるの。それを一つずつ直していくのよ」
三日間の基礎練習を経て、彼女たちは次の町へ向かった。
馬車の中で、全員の表情は以前より引き締まって見えた。
「なんか、体が軽い」
カノンが伸びをする。
「ダンスの時の重心の取り方も、前より意識できるようになった」
「私たちのコンビネーション、前より合ってる気がする」
ユカとサキが顔を見合わせて微笑む。
到着した町は、これまで訪れた中でも特に瘴気が濃く、空気そのものが重苦しかった。
しかし、彼女たちは動じない。
「よし、この調子ならいける!」
ミナが自信に満ちた笑顔で言った。
八人のダンスが始まると、明らかに以前との違いが現れた。
一つひとつの動きに無駄がなく、全員の呼吸が完璧に同調している。
鍛え上げた基礎技術が、まるで精密な機械のように連動し、美しい光の軌跡を描いていく。
放たれる聖魔法の光は、これまでで最も強く、最も安定していた。
まるで生きている光の竜のように、町を覆う瘴気を食らい尽くしていく。
瘴気が晴れると、町の人々が窓から顔を覗かせ、やがて街へと出てくる。
「青空が......戻った」
一人の老人が、涙を流しながら空を見上げた。
「ありがとう、ありがとう......」
町の人々は、感謝の言葉を口々に伝えた。
ダンスを終えた八人は、達成感と共に、確かな手応えを感じていた。
「私たち、確実に成長してるわね」
アオイが嬉しそうに言った。
「これなら、次の都市にも対応できるかもしれない!」
しかし、その言葉に、アオイは首を横に振った。
「いや、まだよ。この町でも、実際にはギリギリだった。都市は、もっと広いし、瘴気ももっと濃いはず」
ミナが頷く。
「でも、方向性は間違ってない。基礎を固めれば、私たちはもっと強くなれる」
彼女たちの戦いは、まだまだ始まったばかりだった――。