第1話 召喚されたら職業がチアダンサーだった件
――これは、世界が終わる音。
轟音と共に、城壁が崩れ落ちる。
黒い霧が、街を、人を、全てを飲み込んでいく。
「逃げろ!」
「助けてくれ!」
悲鳴が響き渡る。
瘴気――生命を蝕む、黒い死の霧。
それが、この世界を滅ぼそうとしていた。
「陛下、もはやこれまでです!」
宮廷魔術師が絶望的な表情で王に告げる。
「我々の魔法では、瘴気を止められません!」
老王は、最後の決断をする。
「ならば......伝説の召喚術を使え」
「しかし、それは禁忌の魔法! 何が召喚されるか......」
「構わん! このままでは、世界そのものが消える!」
魔術師たちが魔法陣を描き始める。
複雑な幾何学模様。
何百年も封印されていた、異世界召喚の術。
「頼む......我が世界に、光を......!」
王の祈りと共に、魔法陣が輝いた――。
◇◇◇
「はい、もう一回! タンブリングからのコンビネーション!」
午後六時。放課後の体育館に、部長ミナの声が響く。
私たち県立桜ヶ丘高校チアダンス部は、今日も練習に明け暮れていた。
「部長ー、もう限界っす! 腹減りました!」
一年生のカノンがへたり込む。
「あと十分! 全国大会に行きたいんでしょ!?」
ミナの声に、全員が気合いを入れ直す。
私、高二のユカは双子の妹サキと完璧に息の合ったトスを決める。
「ナイスキャッチ!」
同じ高二のハルが褒めてくれる。
高三のもう一人の先輩、アオイは冷静に全体を見渡している。
「フォーメーション、もう少し間隔開けて」
一年生のエマとリコも、必死についてくる。
私たち八人。
人数は少ないけど、絆は誰にも負けない。
そう信じて、今日も練習を――
その時だった。
床が、光った。
「え?」
バスケットボールのコートラインが消えていく。
代わりに現れたのは、複雑な幾何学模様。
「な、何これ!?」
サキが叫ぶ。
魔法陣――なんて言葉が、なぜか頭に浮かぶ。
「みんな、離れ――」
ミナの声が途切れる。
床から、眩い光が放たれた。
体が浮く。
意識が遠のく。
最後に見えたのは、七人の仲間たちの驚愕した顔。
そして――
◇◇◇
「うっ......」
目を開けると、そこは豪華な大広間だった。
「ここ......どこ?」
周りを見渡すと、仲間たちも倒れている。
「みんな、大丈夫!?」
ミナが立ち上がり、全員の無事を確認する。
八人全員、意識がある。
でも、ここは明らかに体育館じゃない。
石造りの壁。
天井から吊るされたシャンデリア。
そして――目の前には、ローブを着た怪しげな人たちが並んでいる。
「成功したのか......?」
一人が呟く。
「伝説の勇者が、召喚できたというのか!?」
勇者?
召喚?
え、ちょっと待って。
これって、よくあるやつ?
「あの、私たち――」
ミナが話しかけようとすると、ローブの人たちが魔法のようなものを唱え始めた。
私たちの周りに、光る文字が浮かび上がる。
「鑑定魔法だ! 職業と能力を確認しろ!」
光る文字が、私たちの頭上に表示される。
それは、ゲームのステータス画面みたいで――
【ミナ:職業=チアダンサー(聖魔法)】 【アオイ:職業=チアダンサー(聖魔法)】 【ユカ:職業=チアダンサー(聖魔法)】 【サキ:職業=チアダンサー(聖魔法)】 【ハル:職業=チアダンサー(聖魔法)】 【エマ:職業=チアダンサー(聖魔法)】 【リコ:職業=チアダンサー(聖魔法)】 【カノン:職業=チアダンサー(聖魔法)】
――全員、同じ。
シーンと静まり返る広間。
「チア......ダンサー......?」
一人が困惑した声を出す。
「そんな職業、聞いたことがないぞ!?」
「勇者は!? 賢者は!? 戦士は!?」
ローブの人たちが騒ぎ始める。
そして――彼らの表情が、失望に変わっていく。
「使い物にならん......」
「こんな、聞いたこともない職業......」
その言葉が、胸に刺さる。
使い物にならない?
私たち、命がけで練習してきたのに?
サキの手が、震えている。
エマは泣きそうだ。
リコは唇を噛んでいる。
「ちょっと待ってください」
ミナが、毅然とした声で言った。
「私たちの価値を、勝手に決めないで」
その瞬間、ミナの体が淡く光った。
いや、全員が光り始めている。
「これは......聖魔法の反応!?」
ローブの人の一人が驚く。
「そんな、まさか......」
光はどんどん強くなる。
そして、私の中に温かいものが湧き上がってくる。
これは――私たちが練習で培ってきた、絆の力?
「ミナ先輩!」
私が叫ぶ。
「踊りましょう! 私たちの、本当の力を見せてあげましょう!」
ミナが頷く。
「そうね――みんな、私たちが何者か、証明するわよ!」
八人が自然と円を作る。
呼吸を合わせる。
カウントを取る。
「1、2、3、4――」
ミナのカウントで、私たちのダンスが始まった。
タンブリング。
ベース。
トス。
スタンツ。
毎日毎日、血の滲むような練習で磨いてきた技。
それが、完璧に重なり合う。
サキとの双子の連携。
ハルの安定したベース。
アオイの正確な位置取り。
エマとリコの美しいジャンプ。
カノンのリズム感。
そして、全てを統率するミナのリーダーシップ。
八人の動きが、一つになる。
すると――奇跡が起きた。
私たちの体から、光が溢れ出した。
温かくて、優しくて、でも力強い光。
それは広間全体を包み込み、そこにいた全ての人を照らす。
「これは......聖魔法......!」
ローブの人たちが驚愕する。
「なんという純粋な光!」
「こんな力、見たことがない!」
光は、広間の隅々まで満ちていく。
そして――黒い靄のようなものが、光に触れて消えていった。
「瘴気が......浄化されている!?」
「まさか、こんな......」
ダンスを終えた私たちは、息を切らしながらも、誇らしげに立っていた。
汗まみれで、疲れ果てているけど。
でも、私たちは証明した。
チアダンサーだって、戦える。
いや――私たちにしかできないことがある。
「これが、私たちの力です」
ミナが、堂々と宣言する。
「チアダンサーとして、この世界を救ってみせます!」
王座に座っていた老人――おそらく王様――が、ゆっくりと立ち上がった。
「見事だ......君たちこそ、この世界が求めていた光だ」
深々と頭を下げる王。
「どうか、頼む。我が世界を、瘴気から救ってくれ」
私たちは顔を見合わせた。
異世界。
瘴気。
聖魔法。
全部、意味がわからない。
でも――
「やるしかないわね」
アオイが冷静に言う。
「帰る方法も分からないし」
「それに」
サキが私の手を握る。
「みんなと一緒なら、怖くない」
八人の手が、重なり合う。
そして、全員で声を揃える。
「私たち、この世界を救います!」
こうして、チアダンサー八人の、異世界での戦いが始まった。
まだ何も分からない。
瘴気が何なのかも、聖魔法が何なのかも。
どうやって戦えばいいのかも、元の世界に帰れるのかも。
でも、一つだけ確かなことがある。
私たちは、一人じゃない。
八人で一つのチーム。
この絆があれば、どんな困難も乗り越えられる――
そう信じて。
――異世界召喚、チアダンサーの物語が、今始まる。
※※※
「ところで」
カノンが小声で言う。
「私たち、元の世界に帰れるのかな......」
その質問に、誰も答えられなかった。
でも、今はとにかく――
この世界で、生き延びることが先決だ。
チアダンサーとして。
そして、世界を救う勇者として――。