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第3章 カイ、騒ぐ

「……は?」


教室のドアを勢いよく開けて、カイ・オーガは聞き返した。

今の言葉を、もう一度確認したかった。いや、確認なんて必要ない。ただ、信じたくなかっただけだ。


「ピエスさん……研究院に運ばれたんだよ。朝方、魔力事故の報告と一緒に」


生徒のひとりが、気まずそうに言った。

その言葉は、カイの耳には遠くの鐘の音のように響いていた。


「なんで……オレリーが、研究院……?」


そんなところ、彼女が関わるはずがない。

強大な魔力も、戦闘訓練も必要としない、優しい魔法だけを持った少女。

壊れたものを直し、弱いものに手を差し伸べるだけの、優しい――


「ユーリネス・シュヴァルツと一緒だったって噂、ほんとかな……」

「氷魔法が暴走したらしいよ」

「ピエスさん、凍らされたんだって……」


教室に漂う噂話の声が、カイの頭の中でぐるぐると回り始めた。

ひとつひとつが針のように、胸の奥に刺さっていく。


(なんで……なんでだよ。あいつが、オレリーに――!)


知らない場所で、知らない理由で、あの人と。

カイの中に、苛立ちとも不安ともつかない感情が膨らんでいく。


昼休み、カイはすぐさま学院の職員室へ向かった。


「オレリー・ピエスについて確認したいことが――」


「オーガくん。現在、研究院での処置に関する詳細は開示できません」


「でも、彼女は――!」


「安全は確保されています。学院としても、状況を注視していますので」


まるで用意された言葉のように、教師は淡々と返す。

それ以上は何も教えてくれなかった。


(俺は、何も知らされないんだ)


そう思ったとき、胸の奥にふつふつと熱が湧いた。

それは嫉妬だったかもしれない。焦りだったかもしれない。

でも何より――オレリーをこのまま“遠いところ”に行かせたくないという、切実な願いだった。


カイは拳をぎゅっと握りしめた。


(あんなやつに、オレリーを預けてたまるか)


静かに、確かに。

彼の中で、戦う理由が芽生えた。





夕方の中庭は、少し肌寒い風が吹いていた。

高い塔の影が芝に伸びて、生徒たちの足音が遠ざかる。


カイ・オーガは、ひとりベンチに腰を下ろしていた。

いつもなら隣にいるはずの少女の姿は、どこにもなかった。


(オレリー……お前は、あいつの魔力に巻き込まれたんだろ?

 どうして、何も言わずに消えるんだよ)


胸の奥に沈んでいく感情は、怒りよりも――悔しさだった。


自分は、ただの幼なじみ。

ずっとそばにいたはずなのに、何も知らないまま、置いていかれてしまった。


草魔法を使うカイは、感情の揺れで木々と呼応する。

手のひらに芽吹いた草花が、彼の不安定な魔力に揺れていた。


「……俺は、ずっと、お前を守るつもりだったのに」


ぽつりと落としたその言葉は、芝に吸い込まれていく。


「けど……本当に守るって、どうすればいいんだ?」


強くなることか? そばにいることか? 言葉にすることか?

それすら分からない自分が、腹立たしかった。


そこへ、ひとりの少年が駆け寄ってきた。


「カイ、聞いたか? ピエスさん、しばらく研究院に滞在するって」


「……そうか」


「けど変だよな。回復のためなら学院でもいいはずだし、隔離される理由なんて……」


「ユーリネス・シュヴァルツが関わってる。理由なんて、それだけで充分だろ」


声が低くなる。

その名を口にしただけで、全身に嫌な緊張が走る。


(あいつは、ただの騎士じゃない。あれは――“氷の化け物”だ)


学院内では、そう噂されていた。

生徒を寄せつけず、感情を見せず、人の心に踏み込ませない男。


でも、オレリーは、そんな彼と目を合わせた。

凍らされたのに、怯えるどころか、そばに行こうとさえしている。


(俺じゃ、届かないのか?)


その想いに、息が詰まる。

けれど、同時に思った。


(なら、俺が、追いつけばいい)


彼女が誰と向き合っていようと――自分は彼女の隣に立てるようになる。

そうでなければ、想いを届けることすらできない。


「俺も……変わる。必ず」


小さく呟いたその決意に、草の芽がそっと応えるように揺れた。




翌朝、カイは早朝の訓練場にいた。

まだ陽が昇りきらない空の下で、彼はひとり、木の人形に向かって魔力を叩きつけていた。


「……はっ!」


掌から伸びる緑のツタが鋭くうねり、標的を打ち抜く。

けれど、思うように力は乗らない。

いつもなら優しく命を与える草魔法が、今はどこか不安定に暴れていた。


「……焦ってるな、カイ」


後ろから聞こえたのは、上級生の声。

魔法戦技の助教であり、彼の訓練担当だったフェリクスだ。


「何かあったか?」


「――あります。取り戻したい人が、いるんです」


迷いのない声だった。

昨日までの自分とは違うと、言葉が示していた。


フェリクスはふっと笑った。


「その人のために強くなりたい、か。悪くない動機だ。

だが、焦りは魔力を濁らせる。今のお前は、土じゃなく毒に近い」


「……わかってます」


カイは深く息を吐き、もう一度、両手を開いた。


彼の中に渦巻く感情――不安、嫉妬、焦り――

そのすべてが、いまはただ「オレリーの隣に立ちたい」という想いに結びついていた。


「ユーリネス・シュヴァルツがどんな奴か知らないけど――

あいつにだけは、オレリーを渡さない」


その決意は、声にするとさらに強くなった。


彼は知っている。

自分がただの幼なじみでは、もう追いつけないことも。

けれど、それでも立ち向かう。


たとえ相手が、“氷の騎士”であったとしても。


その日から、カイ・オーガの“変化”が始まった。


誰よりも早く訓練場に立ち、誰よりも遅くまで魔力と向き合う。

彼の草魔法は、少しずつその性質を変え始めていた。


優しく、穏やかだった力が――

今、守るための強さに、姿を変えようとしていた。


彼の心には、ひとつの言葉だけが、強く根を張っていた。


――オレリーを取り戻す。


そしてその決意は、やがて世界を巻き込む嵐の序章となる。

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