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第2話 共鳴室にふたりきり

静寂が、重たく空間を支配していた。


ここは王立魔法研究院の地下にある石造りの小部屋。

丸天井には魔力抑制の紋章が彫り込まれ、壁面には感知装置が整然と並んでいる。

けれど、重苦しいのは設備のせいではない。


そこに“ふたりきり”にされたという、説明のない状況が原因だった。


「……ずいぶん、居心地の悪い場所だな」


ユーリネス・シュヴァルツは、壁に背を預けて静かに言った。

その表情に、苛立ちも焦りも見えない。

ただ、氷のように張りつめた空気だけが彼を包んでいた。


「……はい」


対するオレリー・ピエスは、部屋の反対側。

質素なベンチの端に、遠慮がちに座っていた。

指先を組みながら、目を合わせるのをどこかためらっているようにも見える。




今朝、ふたりは同じように告げられた。


「魔力の経過観察のため、しばらく研究院の設備を使います」


詳しい説明はなかった。ただ、職員の態度は妙に丁寧で、どこか他人事だった。


結果、ふたりはこうして訳もわからぬまま、

“誰も入ってこない部屋”に共に閉じ込められている。


「何も言わず、ここに放り込むとは……」


ユーリネスが、つぶやくように吐いた。

その声は怒っているというよりも、静かな拒絶に近い。


オレリーは、その言葉に小さく首を振った。


「……でも、あなたが暴走したのは、私のせいでもありますから」


「……違う」


すぐに返ってきた否定。

意外な速さに、オレリーは目を見開く。


「お前は……俺に、何もしていない。ただ……」


そこで、彼は言葉を切った。

しばらくの沈黙が流れる。


「見ただけ、だ」


「……私……それでも、

なんだか悪かったような気がするんです」


ユーリネスは何も答えない。

ただ、ふと視線を逸らした。


その仕草は、ひどく人間らしくて――オレリーは、なぜか安心した。


この場所に閉じ込められた理由は分からない。

けれど、それでも今は、逃げたいとは思わなかった。




時間の流れが、やけにゆっくりに感じられる。


食事は日に二度、魔力式の使い魔によって無言で届けられる。

時計もなければ、外の光も入らない。

音もなく、誰も来ない。

ふたりは、世界から切り離されたようにそこにいた。


「……あの、氷の中にいたとき……私、不思議と怖くなかったんです」


食後の沈黙を破るように、オレリーが口を開いた。

その声は、ただの日常会話のようにやわらかく、けれど真剣だった。


ユーリネスは、わずかに顔を向ける。

彼の視線はいつも鋭く、どこか測るようで、目が合うとドキリとする。


「おかしいですよね。普通なら、あんなの……命の危機なのに」


「……氷の中にいたのに、生きてた。それが“普通”じゃない」


「そう、ですね」


くすっと笑って、オレリーは手元のマグカップを見つめる。

ぬるくなったハーブティの香りが、静けさに溶けていた。


「でも、たぶん――あのとき、あなたが本気じゃなかったって、分かってたから」


「……」


「本当に壊したいなら、あんなふうに……躊躇ったりしないと思った、んです」


ユーリネスは視線を落とした。


「……お前、怖くないのか? 俺みたいな奴が」


「怖いです。でも……それより、」


オレリーは、彼を見た。


「あなたのこと、知りたいと思ったんです」


その言葉は、飾り気がなかった。

ただまっすぐで、押しつけがましくもない。

それが、ユーリネスの心をほんの少しだけ軋ませた。


しばらく沈黙が続いたあと――


「……この部屋、妙だと思わないか?」


と、彼が言った。


「え?」


「魔力を測定する部屋だと言われたが、感知装置の配置が不自然だ。あれは“記録”するためのものじゃない。“誘導”するための配置だ」


オレリーははっとして、周囲を見回す。


彼女は魔術工学には疎い。だが、彼の言葉には説得力があった。


「……じゃあ、これは……実験……?」


「――俺たちの魔力を“交わらせる”ための、何かだ」


ユーリネスの声が低くなる。

その目に、うっすらと怒りの色が浮かんでいた。



オレリーは黙って、壁に並ぶ魔力装置を見つめた。

確かに……規則的すぎる。しかも、その配置はちょうど、ふたりを結ぶような円を描いていた。


「まるで……“共鳴”させるために設計されたみたい」


「その通りだ」


ユーリネスの声は低く、よく抑えられていた。

けれど、その背中からは確かに、魔力がじわりと立ちのぼっていた。


「……ひとつ、確認しておきたい」


ユーリネスが、ゆっくりとこちらに顔を向ける。


「お前は、閉じ込められたとはいえ、あまりにも落ち着いている。

泣き叫んだりすれば、状況は少しでも変わるかもしれないが。

まさか、自分の意思でここにいるのか?」


その問いに、オレリーはすぐにうなずいた。


「はい。私は……あなたを、見捨てたくなかったから」


「……なぜ」


「あなたの目を見たからです」


彼はわずかに、息をのんだ。


「あなたの目には、悲しみがありました」


「……」


言葉が続かない沈黙。

ユーリネスの魔力が、一瞬、呼吸を止めるように揺らいだ。


「私には、強い魔力はありません。できるのは、小さな修復魔法くらいです。

でも――もしあなたの中で、壊れてしまっているものがあるなら……私、それを“直す”魔法が使えるかもしれません」


その一言に、ユーリネスは顔をそむけた。

まるで、それ以上見られたくないとでも言うように。


それでも、怒りではなかった。


冷たい空気の中に、確かに残っていたのは――かすかな、あたたかさだった。


ふたりはまだ、閉じ込められている理由を知らない。

だが、目に見えない“何か”が、静かに交わり始めていた。


氷と琥珀。

激情と静けさ。

魔力と感情。


そして、始まりつつある、小さな信頼。



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