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Prologue ―魔力のゆらぎ―
この世界では、感情が魔力となる。
喜び、怒り、悲しみ――魂の熱を、空気が、草木が、空が、感じ取る。
ゆえに、激情を宿す者ほど、強き魔を操る。
怒りを焚きつける者、涙を武器に変える者。
そして、何より恐れられるのは――愛を知らぬ者の、冷たい炎だ。
その少年がはじめて世界を凍らせたのは、たった三歳のときだった。
真夏の夜、家の裏庭で泣いていた彼は、瞬く間にあたり一面を氷に閉ざした。
父は叫び、母は震え、次の朝には、誰もいなくなっていた。
名を、ユーリネス・シュヴァルツ。
王都の最奥、魔力騎士団の一角を担う冷血の魔導士。
だが、誰も知らない。
その心が、幼いころに凍ったままだということを。
一方、王立魔法アカデミーには、ひとりの少女がいた。
小鳥の羽を、花びらの傷を、壊れた器のひびを、そっと癒やす魔法。
名前は、オレリー・ピエス。
笑顔は光に似て、魔力は――ほとんど、ないに等しい。
だが、その琥珀の瞳は、誰よりもよく、"心"を視ることができた。
これは、激情と静謐が出会い、
やがて世界を変える――ふたりの物語。