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無職である

 

 殴打事件から数日が経った。

 無職のエスタは、喫茶店でメイク担当のマッドに呼び出されていた。


「担当アイドルぶん殴って商会辞めたってほんと!?」

「……はい」


 憔悴して項垂れるエスタ。


「あんたがロズリーを殴ったって聞いた時はにわかには信じられなかったわよ。とにかくロズリーの青タンをなんとかしなきゃって、正直それどころじゃなかったしね!」

「ごめん……」


 エスタに殴られたロズリーは、左の上瞼がボッコリと青く腫れたそうだ。

 コンサート開始までのわずかな時間で、マッドは患部を冷やし、鬱血痕はメイクで誤魔化し、腫れた瞼は前髪で隠したという。

 おかげでロズリーは無事に舞台に上がることが出来た。


「助けてくれてありがとう」

「いいのよ。借りは後で返してもらうから! それよりあんたが辞めたって聞いて、私もうビックリして室長を恫喝しちゃったわよぉ!」

「ど、恫喝?」

「そうよ、だって私まで契約切られたんだからー」

「ええ!?」

「ええって、当たり前でしょ。元々あんたに頼まれて受けた仕事だし? ホップレにメイク担当は腐る程いるんだから。あんたが辞めたとたん私もチョンよ!」

「ほ、ホントにごめん……!」

「ん。これも借しね。それより辞めてよかったわけ!? あんたのことだからいい子ぶったんじゃなーい? 室長にもお得意のグーパンチかませばよかったのに!」


 すでに噂が広まっているのか、マッドはエスタがロズリーをぶん殴った場面を真似て右の拳を何度も振り上げていた。


「マネージャーどころか商会までクビになってなにしてんのよもぉ~」

「これでも食い下がったの。とりつく島もなかったけど」


 エスタは解雇通告を受けて、いの一番に上司である室長に反省の意を伝えに訪ねた。

 ところが、商会はすでにエスタの解雇を決定していた。


 目の前には雇用解除の書類。


『アイドルの売りである顔を殴ったんだ。当然、相応の責任を取ってもらう』

『そんな……。メンバーに会わせてもらえませんか? ロズリーに謝りたいんです』

『無理だ。ロズリーが君に『会いたくない』と言っている』

『え……』

『殴った相手に誰が会いたがるというんだ』


 室長の話では、ロズリーはエスタに失望し、二度と顔を見せるなと激怒しているという。

 メンバーも同様にエスタを拒絶しているそうだ。

 ならばと、新しいマネージャーが決まるまでは裏方でもいいので仕事をさせてほしいと提案した。

 しかしすでに新しいマネージャーは決まったと言われ、では引き継ぎをと申し出たが、元々ベラバイのマネージャーは二人体制なので必要ないと断られた。

 3年間のマネージャー生活は、こうして一つのミスと書類一枚であっけなく終わった。



「やっぱあーしの言った通り、ロズリー裏接待してたじゃなーい」

「……」

「だけど殴るのはだめよぉ」

「いやそれがさ、実はあの時ーー」


 エスタはマッドに、前世の記憶を思い出したことを話した。

 前世の記憶を取り戻した直後は取り乱しもしたが、その後は割りと冷静に状況を飲み込み、日常生活に戻っている。と言うのも、これが前世の記憶だとすぐに理解できたのは、世界には希に前世の記憶を持つ者が現れることを知っていたからだ。

 実は昨今のアイドル人気も、転生者の記憶が影響されているという。

 目の前にいるマッドも転生者の一人である。

 まさか自分がその仲間入りをするとは夢にも思わなかったが。

 たしか前世持ちは国に届け出るのを義務付けられていた。

 記憶を開放して社会貢献した後は、前世の知識を活かして金儲けをするのがセオリーである(マッド談)。

 つまり前世持ち=富と名誉を手に入れた者となるわけだが……。


「なーにあーた、自分の名前すら思い出せないわけぇ!?」

「思い出したのは死に際の数日間の朧気な記憶だけ。得たものといえば、推しである叡智に勘違いで殺された憐れな女の記憶のみ……」

「ヒサン! 金儲けどころか社会貢献すら出来ないじゃなーい!」


 それでも国に届け出なければならないのが億劫だ。


「そのエーチって奴と勘違いしてロズリーを殴っちゃったのね」

「うん。でも解雇理由はきっかけに過ぎなかったと思うんだ。元々商会長や室長によく思われてなかったから」

「あーなるほどね。あんたに過失がある絶好の機会に邪魔者を追い出したってわけか」

「それでも私が悪いことに変わりないんだけど……」

「でもロズリーがよく納得したわね。あんた達は結婚するもんだと思ってたけど」

「……ん?」

「むしろすでに付き合ってると思ってたけどぉ? 違うの~?」

「ええ!?」

「本当になーんにもなかったわけ? ちょっとでもいい感じになったりとかー」

「ないない。アイドルとマネージャーに恋愛はご法度。担当するアイドルを異性として見たことはございません」


片手を上げてピシャリとはね除ける。


「マネージャーの鏡ね~。やっぱりあんたにはこの仕事が合ってるわよぉ。別の商会でまたマネージャーやったら?」

「いやそれがね、前世の影響か、アイドルに拒否反応があるみたいで……」


 解雇通告を受けた直後は、ショックで商会にすがったが、いざ辞めたら心のどこかで軽さを感じているのに気づいた。

 それがまさにアイドルに殺された『私』の気持ちのような気がした。


「わかるー。自分の中にもう一人の自分がいる感じね」

「そう! 心のどこかでアイドルに対して抵抗があるみたいなの。そんな気持ちでマネージャーの仕事は出来ないと思って」

「でも記憶は薄れて迎合されていくし、気持ちも落ち着いてくるから、とりあえず今は焦らなくてもいいかもね」

「うん。それでね、他の仕事を探してて、もしマッドのところでアシスタントが必要ならーー」

「あーたのせいで私も仕事1つ減ったんだけどぉ? これ以上貸しが増えたらあーた溺れ死ぬけどぉ?」

「……ごめんなさい。他を当たります」


 今後エスタは、マネージャー以外の仕事を見つける必要があった。


「ね、この後予定ある?」

「夜に侯爵夫人と会う」

「なら時間あるわね。これあげる。1時間後に始まるホップレ合同コンサートのチケェットよ」

「え」

「ベラバイも出るわよぉ」

「だけど……」

「メンバーのことが気になるんでしょう? 会えなくても、ロズリーの怪我が治ったかくらい確認してきなさいよ」

「……」


 マッドはエスタにチケットを渡すと、ピンク線が入った目蓋を片方閉じて出ていった。




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