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悪しき慣習

 

 エスタが会場裏の扉を開けると、背後から少女に声をかけられた。

 裏口に立つ警備員に自分で対応すると合図をして、息を切らした少女の元に駆け寄る。


「どうかしましたか?」


 顔を上げた少女は、色白で目がくりっと大きく愛らしい顔立ちだ。長い黒髪に黒い服を纏っている。

 たしかエスタが担当しているベラバイの、中心メンバーであるロズリーのファンだ。


「あの、さっき、貴族が変なこと言ってたの」

「?」

「ベラバイが『裏接待』をはじめたって本当?」

「!」


 エスタの表情から笑顔が消える。


 業界には悪しき慣習があった。

 アイドルは夢を売る仕事だと言われるが、れっきとしたビジネスである。

 平民であるアイドルは、貴族の支援なくては成り立たない。そのため、ビジネスや業務上の便宜、優遇を得るために、アイドル自ら貴族に接待をするのが慣例だった。

 気に入られて後援者が付けば、人気を掴む機会を得る。

 ただの接待なら問題ないが、中には裏接待と言って、肉体関係を求める後援者も存在する。

 性的関係を条件に、契約成立や便宜を図るのだ。

 アイドルの多くが未成年とあって、国も問題視しているが、現状野放しの状態だ。

 接待を商会長やマネージャーが斡旋することもあれば、後ろ楯を得ようと自ら身を売るアイドルもいた。それが手っ取り早く成功を掴む方法だから。

 しかし、商会と後援者とアイドルの力関係が歴然の中で、彼らの意志がどれだけ通るだろう。

 夢見る少年達を食い物にして、意に反した行為を強要する恐れのある制度に、エスタは懐疑的だった。

 しかし大手商会や貴族相手に、小娘一人で立ち向かえるはずもなく……。

 現実は受け持つアイドルを守るので精一杯だった。


「ベラバイが裏接待はじめたから、自分達にも機会があるんじゃないかって貴族が話していたの。ホップレは前々から裏接待が盛んだし、心配で……。やってないよね!? 嘘だよね!?」

「……商会の内情は話せません。が、私はメンバーに後援者への過剰な奉仕はさせていませんし、これからもさせるつもりはありません」


 黒髪の少女は安心したのか、ハラハラと涙を溢して胸の前で手を組んだ。


「よかった……! あなたにならロズリーを任せられる。これからもベラバイをよろしくお願いします!」


 黒髪の少女は何度も頭を下げて、安心した顔で去っていった。


「ねぇ」

「わ!」


 突然背後から声をかけられて驚く。

 振り返ると、褐色の肌に水色のアイシャドウとリップをつけた派手な格好の男が立っていた。


「さっきのブラックフェアリーが言ってたことってほんとなの~?」


 派手なメイクの男、マッドはフリーの化粧師で、エスタの仕事仲間である。

 自身には奇抜なメイクを施すが、アイドルにはコンセプトに合わせた舞台映えするメイクをしてくれる。

 その唯一無二の個性に惚れ込んで、ベラバイのメイクと衣装を担当してもらっていた。


「あーしの傲慢ロズリーちゅあんが金持ち女のいいなりなんてやぁだぁ~!」

「だーからあり得ないってば」


 二人は関係者口から会場内に入り、長い廊下を並んで歩いた。

 荷物搬入のスタッフとすれ違いながら足早に歩く。


「若い男の性欲なめちゃだめよぉ」

「私達はこの二年間、正々堂々と勝負してきた。彼らの努力を最も近くで見てきた私が言うのよ。ないわ」

「その正々堂々と勝負した結果が鳴かず飛ばずの売れないアイドルじゃ格好付かないけどねー」

「う……」

「この2年でベラバイよりあーしの方が売れちゃったわよぉ。今や引く手数多の人気メイクアップアーティストゥ!」


 マッドがクルリと回ってベラバイの決めポーを真似た。


「そろそろ正念場じゃな~い? 突然『解散』なんてことになったらあーし泣くわよぉ!?」

「わかってる。今日のコンサートで全グループからファンを取り込む計画なんだから。フフフ」

「やぁだ悪い顔してる~! さすがアマゾネ~ス!」


 マッドは『転生者』なので、たまによくわからない言葉を発する。

 いちいち相手にしていたら話が進まないので毎回スルーしていた。


「衣装のチェックは終わった? リハ終わりに食事を取るから順次着替えとメイクをお願いね」

「もっちりバッチョリングよぉ~!」


 階段でマッドと別れ、エスタはホールに向かった。

 リハーサルはすでに始まっていたが、もう一人のマネージャーが対応に当たっていたのでその場を後にする。

 控え室に弁当を運び、物販の売れ行きを確認して開演までに補充を促した。


「エスタ」


 出演者の控え室は2階にあるのだが、エスタを探していたのか、メンバーのロズリーが3階まで来て呼び止められた。


「ロズリー、どうしました?」

「どこ行ってたんだよ。サボりか?」

「サボってませんよ!」

「のんきにコーヒー持ってよく言う」

「コンサート前は緊張して食事が喉を通らないんです。私が舞台に立つわけじゃないんですけどねーハハ。みんなのお弁当は控え室に置きましたよ。ロズリー、野菜も残さず食べてくださいよ! そして食べたら休む! この間みたいに脇腹痛くなったら大変ですよー」

「もういい。少しだけ、口を閉じてろ」


 突然腕をとられ、廊下の壁に追い込まれた。

 顎をクイッと持ち上げられる。コーヒーを持っていたので抵抗はできなかった。

 目の前にはキリッとした顔つきの長身の男が、壁に手をつけて見下ろしていた。


「俺から目を離すなって、いつも言ってるだろ……」


 じっとりと熱をはらんだ瞳を向けられる。リハーサル後の汗がキラキラと輝いていた。

 エスタはそんなロズリーを、曇りなき眼で見つめ返した。


「会場外でファン同士のトラブルがあったんですよー」

「……あ?」

「リハに付き添えなかったのを怒ってるんですよね? でも客席から少しだけ見ましたよー。声も通っていたし視線の流し方も完璧でした! あ、今日の髪型、前髪斜めにしてるのも似合ってて最高にかっこいい!」

「……1分も口を閉じていられないのかお前は」


 苦言を呈しつつ、エスタの言葉に満足したロズリーが壁から手を離した。

 傲慢で自信家のくせに、いつも本番前はこうして褒めて欲しそうに甘えてくる。

 ロズリーはアイドルとしてのこだわりが強い方で、完璧主義なところがある。そのため繊細な部分もあった。


「揉めてたのは他グルのファンか?」

「はい。対応に当たり誰一人帰すことなく収束させました」

「よくやった。今日は一人でも多く固定ファンを付ける必要があるからな」

「ですね。たくさん引っこ抜いてみせますよー!」


 芋掘りのような素振りで軽快に答えるエスタ。桃色の頭にロズリーが手を乗せた。


「?」


 不思議そうに見上げるエスタに、また熱のはらんだ瞳を向けられる。

 頭の上に置かれた手は、遠慮がちに髪をすいてから撫でられた。


「ロズリー?」

「……。無茶はするな。過激なファンもいる。次からはあのオカマも連れていけ」

「マッドですか? わっかりました!」


 素直なエスタの返事に満足したのか、ロズリーのつり目が下がって微笑んだ。

 ロズリーは踵を返して廊下を歩き出した。

 その背中に遠慮がちに声をかける。


「あの、ファンの一部でベラバイが裏接待をしたと噂がたっているようです」

「……は?」


 ロズリーが怪訝な顔で振り返った。心外だとでも言うように。声には不快感が混ざっていて、エスタはその反応に胸を撫で下ろした。


「チッ。そんな噂が立ってるのか」

「ね! 腹が立ちますよね! ロズリーがそんなことするわけないのに。『実力でトップに上りつめる!』これが私達の信念ですから!」

「その通りだ」

「噂が広まらないよう対策を講じます!」

「フ……頼もしいな」


 頼られて喜ぶエスタ。誰かを支えることに喜びを感じる自分は、マネージャーの仕事が天職に思えた。

 二人は並んで1階の控え室へと向かった。

 廊下の角を曲がると、マネジメント部門の室長に「ロズリー、ちょっといいか」と呼び止められた。


「先に戻ってろ。この前言った仕事の話だ」

「わっかりました」


 ロズリーを残して、エスタは角を曲がって階段を降りた。

 数日前に、グループ活動とは別のロズリー個人の仕事が舞い込んできた。

 大きな仕事らしく、対応はマネジメント室が担当するそうだ。

 これを皮切りにグループの人気に火が着けばいいなとエスタも楽しみにしていた。


「あ、そうだ!」


 半分まで下りていた階段を、振り返って再び上る。

 ロズリーの件で、マッドから『メイクはあーしが担当するわよぉ!』と言われていたのを思い出した。

 本部に確認をして、可能なら今日中に返事をしておきたい。

 階段を登りきると、ロズリーと室長の話し声が角を挟んだ先で聞こえてきた。立ち話をしていたようだ。


「伯爵夫人が今夜もお前をご所望だ」

「またですか……」

「先日の奉仕で事業の広告塔に選ばれたんだ。こうして結果は繋がっていく。これが売れるということだ」


 思わず足が止まる。心臓がドクンと跳ね、息を呑んで耳をそばだてた。

 壁の向こうから聞こえた話は、衝撃的な内容だった。

 

「長らく私が目をかけてやったというのに。あんな小娘のいいなりになって二年も無駄に費やした。いいか、夫人の機嫌を損ねるんじゃないぞ」

「はい。こっちもいい思いしてるんで、心配しないでください」

「なんの話ですか!?」


 廊下の角から勢いよく姿を見せたエスタに、ロズリーと室長は目を丸くした。


「伯爵夫人といい思いって……。まさかロズリー、裏接待を……したの?」


 声が震える。

 ロズリーは肯定も否定もせず、顔を歪めた。

 その表情を見ただけで、答えは得られた。

 胸が締め付けられ、頭がぐらつく。

 商会から圧力をかけられても、エスタは必死にメンバーを、彼らの未来を守ってきたつもりだ。

 マネージャー室でどんなに虐げられ、陰口を叩かれても、一緒に耐え忍んできた。

 受け持つアイドルが嫌だということはさせない。

 そんなエスタの想いを、彼らもわかっていたはずなのに。


「信じてたのにーー」


 怒りよりも失望に近い、裏切られた気分。

 ショックで逃げるようにその場を後にした。


「エスタ!」

「!」

「待て! 話を聞けーー」

「触らないで!」


 ロズリーに呼び止められ腕を掴まれる。

 その手を勢いよく振り払った。ところが、勢い余ってバランスを崩してしまう。

 そのままエスタは階段から足を滑らせた。

 スカートがひらめき、持っていたコーヒーカップが宙を舞う。

 ロズリーが叫んで腕を伸ばしたが、掴むより先に体は下へと落下していった。


 黒い雨が降っている。

 鼻腔をかすめる、コーヒーの香り。


『痛い……暗い……死にたくないよ……』


 床に叩きつけられると身構えた瞬間、体は何かに包み込まれるように受け止められ、衝撃は和らいだ。


「ハッ、ハッ、ハッーー」


 心臓がバクバクと跳ねる。

 エスタは自身の首を触った。グラグラしていない。


「びっーーくりした。おい、大丈夫か?」

「わた、わたし、死んでな……い? 首、折れて……ない?」


 偶然下を通りかかった少年に、エスタは奇跡的に抱き止められて助かった。

 感謝をしなければならないのに、自身の安否を訊ねずにはいられなかった。


「? 生きてる。怪我も……ないと思う」

「う、ぐっ! あああ!」

「お、おいどうした?」

「頭が、割れそう……っ!」

「大丈夫か!?」

「エスタ!」


 激しい痛みに頭を抱える。

 突然頭の中に、無遠慮に他人の記憶がねじ込まれていく。

 少年とロズリーの声が遠くなる。


 そうだ……私、前世で推しに殺されてるじゃん。


 痛みと気持ち悪さに堪えられず、エスタは少年の腕の中で意識を手放した。



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