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マネージャー

 

 アイドル。

 歌とダンスで人々の心を掴み、完璧なイメージで夢を売る平民の男性を呼ぶ。


 魔道具で彩られた舞台で喝采を浴び、きらびやかな衣装に身を包む姿は、富の象徴と言えよう。

 リンダル王国では近年、貴族の娯楽にアイドルが人気を博しており、今では民衆の心にも届くほどだ。

 階級制度のある中、平民が成功を掴む数少ない道の一つと言えた。

 しかし実際アイドルになれる者はほんの一握り。頂に到達する者だけが富を手にすることができる。

 さらに、アイドルとして人気になるためには貴族のパトロンが必須であった。

 高価な衣装や舞台を用意する貴族の支援なくしては、平民は光を浴びることすら叶わない。

 階級制度があるゆえに、平民であるアイドルの地位は、華やかで眩しい姿に反して低く脆かった。

 栄光と影の狭間で、懸命に藻掻き努力を惜しまないその姿は儚くも美しい。

 そんな彼らを身近で支え、共に歩む者がいる。

 その者達を、『マネージャー』と呼ぶ。



 ***



 リンダル王国の首都ハウンセンにあるイベントホール前では、早朝にもかかわらず平民と貴族が入り交じり、多くの女性が集まっていた。

 彼女達の目当ては、数時間後に開催されるホットプレイン商会が主催するコンサートだ。

 複数のアイドルグループが参加するとあって、会場の外は待ちわびたファンで溢れ、中ではスタッフが開演準備に追われていた。

 舞台上で快活に動き回る女性。


「転換のタイミングは2曲目の前、ロズリーの決めポーズの後にお願いします。いえ、そこは三番に変更です。はい照明、音響はOKです。ベラバイ30分後リハ入ります。よろしくお願いします!」


 エスタ=ランドルフは、大手ホットプレイン商会のマネージメント部門に所属し、アイドルグループ『ベラバイ』のマネージャーをしていた。


「エスタさん大変です! 外でファン同士が揉めてます!」

「対応します! 私が間に合わなかったらリハの付き添いお願いします」


 マネージャーの主な仕事内容は、グループのスケジュール管理、イベントの企画運営、メンバーのサポート、販売促進の戦略の立案等と多岐にわたる。



「コンサート代を払ったくらいでファン気取り?」

「金積まなきゃ名乗れないルールでもあんのかよ!?」


 ファン同士の諍いに対応するのもマネージャーの仕事である。


「ストーップ! 会場内外でトラブルを起こしたお客様はコンサートを観覧できませんよ!」


 会場の外で言い争う平民と貴族の間に割って入る。


「問題を起こしたのはあちらでわたくし達ではないわ!」

「てめぇらがあたし達をバカにするからだろ!?」

「てめぇらですって!? あなた、聞いたでしょう? 早くこの野蛮な人達を追い出しなさい!」


 いかにも高そうなドレスときらびやかな装飾を身にまとった少女が、横にいる簡易なワンピースに布であしらったリボンを付けた少女を指差した。

 エスタは動きやすさ重視の簡素なワンピースに、桃色の髪を後ろに一つ結びしていた。

 サイドから垂れた後れ毛を耳にかけながら、貴族令嬢に臆することなく口を開く。


「生まれ育った環境によって応援方法やかける金額に差が出るのは仕方ないですから」

「なんですって!?」

「そう! 全部階級制度のせい! なのに金出さないのが悪い、ファンじゃないって蔑まされる。気持ちでは負けてないのに!」

「気持ちだけではアイドルが生きていけないからよ」

「たしかに。アイドルは愛や夢だけで成り立つ職業ではありませんね」

「……おい。あんたどっちの味方だよ」

「こちらのお嬢様が仰る通り、貴族からの支援で業界は成り立っています。お金がなければグループは存続出来ない。なので支援してくださるファンはとてもありがたい存在です」

「ほーら私達の方が偉いと商会も認めているわ!」

「だからといって、貴族のファンが偉いのかというとそうではない」

「……ねぇ、あんたさっきからどっちの味方なの?」


 平民を擁護したかと思えば貴族の意見を肯定し、また平民側に転じるエスタ。集まった野次馬も首をかしげた。


「実は業界に生き残るグループと貴族の支援金は比例していません。むしろ民衆により広く人気があり、知名度が高いグループこそ生存率は高く、トップアイドルと呼ばれているのです」


 アイドルの価値は後援者の多さや金額ではなく、ファンダムの大きさに比例していた。

 貴族の数は国民の3%にも満たないので、ファンダムを大きくするためには、如何にして民衆の人気を得るかが鍵となる。


「つまり、アイドルにとっては貴族、平民どちらも大事な存在ということですね!」


 結論を述べたエスタは満面の笑みを浮かべた。


「貴族がたくさん支援してくださるお陰でアイドルは活動を続けられ、民衆が広く応援してくださるお陰でより人気が増す。アイドルにとってはどちらもありがたく、なくてはならない存在です。どちらが正しいとか上とかではなく、お互いに尊重し、認め合いながら共にアイドルを支えてくだされば、彼らにとってこの上なく喜ばしいことだと思います」

「……」

「ただし!」


 エスタはその場にいた全員を見渡した。


「これは『ファン』に限った話です。ルールを守れない方や、アイドルの活動を著しく阻害する方を、私はファンとは呼びません。このような複数のグループが集まる場で騒動を起こされたら、アイドルは悲しむと思いますよ」


 ファンはアイドルにとって一番の味方であると同時に、時に暴走したファンが彼らの足を引っ張り、敵に転じることもある。

 周囲はエスタの忠告を受けて静かになった。

 しかし貴族令嬢だけは納得がいかず、扇を『パチン!』と鳴らして歯噛みした。


「随分な言い方ね。貴族に恥をかかせて反感を買えば、困るのは運営側ではなくて?」

「……それは、そうです」

「あなたベラバイのマネージャーよね。貴族に楯突いてただで済むと思って!?」


 令嬢はエスタに扇子をビシッと向けた。ところが、仰け反っていた令嬢の背後から、友人が慌てて駆け寄り耳打ちをした。


「メ……侯爵家の……」


 その名を聞いて、令嬢は目を見開いて固まった。

 恐ろしいものでも見るかのような目でエスタを見たあと、向けられた扇子を気まづそうに下ろす。


「フ、フン。あなたの考えにも耳を傾けておきますわ!」

「広いお心で受け止めていただき感謝いたします」


 エスタが深くお辞儀をする。急に態度を変えた子爵令嬢に平民子女と野次馬は首を傾げた。

 エスタは仕切り直しに手を叩き、「それではみなさま、開演までもう少々お待ちください!」と声を張り上げた。


「特に注目はベラバイ! ベラバイはこの日のために新曲を用意して皆様をお迎えいたします! どうぞベラバイのパフォーマンスをお楽しみにー!」


 自身が担当するアイドルの宣伝も忘れない。

 にっこりと微笑んで踵を返した。


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