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第七話

 自宅にて。

 ベッドに寝転び、バイブルである『冷たい風紀委員長を落とす方法』という参考書を読んでいた俺は、気になる一文を見つけた。


 「女性には耳元で甘い言葉をささやけばイチコロ……?」


 「甘い言葉って……少女漫画かよ。そんなの現実でやったら気持ち悪いだけだろ」

 とは思いながらも、俺は続きを読み進める。


 『甘い言葉をささやく___始めは気持ち悪がられると思う人もいるかもしれない。だがしかし! 多くの女性はこういう言葉を待ち望んでいるものなのだ』


 「……そ、そうなのか……?」


 今しがた同じようなことを考えていた俺は心情をまさぐられたような気分になる。


 『甘い言葉を囁き続けるんだ。さすれば君は、想い人の恋心を自由自在に操ることができるだろう……!』


 「おぉ……!」


 たしかに、一理あるかもしれない。

 女性はロマンチックな恋に憧れるものだと聞いたことがあるような気がする。 


 「よぉし! 早速明日実践するぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 「遊馬あすま、うるさい!」


 7月の真夜中、俺は深夜テンションで咆哮ほうこうした。

 ……近所から苦情がきたのは言うまでもないだろう。



 * * *



 翌日。

 朝早くに登校してきた花野井さんに、俺はキメ顔を作って話しかけた。


 「やあ、おはよう花野井さん。昨日は君が恋しくて夜も眠れなかったよ」

 「……………」


 そして昨日徹夜で考え、何度も練習したセリフを口にする。

 もだえそうになるのをこらえ、なんとかキメ顔をキープする。

 羞恥心はあるものの、女性がこういった言葉にときめくのであればやらないわけにはいかない。


 花野井さんの表情が引きつったように見えた。


 ふむふむ、きっと照れているのを隠そうとして表情筋を固めているのだろう。

 初めてにしては上手くいったのではないだろうか。

 よしよし、この調子で甘い言葉でもなんでも囁き続けてやろう……。

 

 ___あるときは、授業終わりの休憩時間。


 「花野井さん、今日は授業に全く集中できなかったよ。……え? 何故かって? ……君に見惚みとれていたからだよ(キラッ)」

 「……………」


 ___またあるときは、にぎやかなお昼休み。


 「やあ、花野井さん。今日は君のためにお弁当を作ってきたんだ。……食べてくれると、嬉しいなっ(キラッ)」

 「…………………」


 ___さらにあるときには、ホームルーム後の放課後。


 「これからまた明日まで君と会えなくなるなんて……世の中はなんて残酷なんだ……ッ。だがそれも仕方のないこと……。定められた運命なのだ……! ……それじゃあハニー、また明日キラッ

 「…………………………」


 ___さて、と。


 無言で俺を見つめてくる花野井さんに背を向け、教室の扉へと足を運びながら思案する。


 今日一日で十分甘い言葉は囁いたはずだ。やりきった感もある。

 少しは意識してくれるだろうか。

 これで花野井さんから何かしらのアクションがあれば完璧なのだが。


 「谷上くん、少しいいかしら?」


 ……きた!


 俺の心は歓喜に満ち溢れる。

 即座に振り返り、俺史上最大のキメ顔を作った。


 「なんだい? 花野井さん。もしかして、僕が恋しかったのかい?」

 「いえ、そういうわけではないのだけど。少し気になることがあって……」

 「なんだい? 君の言葉なら、なんだって聞きたいよ」


 パチッ、とウインク。

 花野井さんはこごえるように自身の肩を抱く。

 その美貌が歪んでいる気さえした。

 俺はキメ顔のまま、静かに花野井さんの言葉を待つ。

 そして。


 「……なんで今日はそんなに気持ち悪いの?」

 「……………パードゥン?」


 予想外のことを口にされ、俺は思わず聞き返した。


 ……おっと、いけない いけない。

 「気持ち悪い」などというあり得ない幻聴が聞こえてしまった。

 俺としたことが、花野井さんからのせっかくのお言葉を聞き間違えてしまったようだ。


 「だから、なんで今日はそんなに気持ち悪いの?」

 「ゴフッ……」


 どうやら聞き間違いではなかったらしい。

 ハッキリとそう言われ、メンタルを打ち砕かれた俺はヨロヨロとよろめく。


 ……いや、正直気持ち悪いという自覚はあった。

 しかしそこは本に書いてあったことを信じ、耐え続けていたのだ。

 まさか本当に気持ち悪がられていたとは……。

 発狂しそうになるのをこらえながら頑張ったというのに……。


 「ねえ、なんで今日はそうなの?」


 キョトン、とした彼女にそう問われる。

 君に俺のことを好きになってもらうため、などとは口が裂けても言えない。


 なんか恥ずかしいし……。


 「いや、その……俺は普段からこんなだけど?」

 「そう、やめたほうがいいわよ?」

 「グフッ……」


 開き直る、という作戦にのぞんでみたものの、胸部に正拳突きを食らってしまった。

 ショックのせいか、俺はカクン、と膝を折る。


 「何ていうか……最近カッコ悪いとこばっかり見せてたから……挽回ばんかいしようと……」


 メンタルをズタボロにされた俺は、泣きそうになりながらもそんな言い訳を口にする。


 「だからって……。私はいつものほうが好きよ」

 「……」

 「……どうかしたの?」

 「……いや、なんでもねえ」


 甘い言葉とは、こういうことなのだと思った。

 

 普段の俺と比べて、いつもの方が好きだと言われただけ。

 それなのに無性むしょうに嬉しく感じてしまうのは、惚れた弱みなのだろう。

 こんなふうに言ってくれるのも、彼女なりの優しさなのかもしれない。


 「とにかく、明日からは元に戻りなさい。今日のアナタは本当に気味が悪かったもの。最後の『君の言葉ならなんだって聞きたいよ(キラッ)』にはさすがの私も鳥肌が立ったわ」

 「……………」


 いや、やっぱり優しくないわコレ。

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