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第五話

 花野井はなのいさんに俺のことを好きになってもらう。

 

 そう決意したは良いものの、どうすればそれが達成されるのか……筋道が全く見えてこない。

 あれだけ告白を断り続けてきたのだ。

 普通の女子と同じように接するだけでは、きっとダメなのだろう。


 先日購入した『冷たい風紀委員長を落とす方法』という書籍をパラパラとめくりながら俺は考える。


 「どうしたもんかな……」


 いっそ隣の席にでもなれば、話す機会とかも増えるんだけど。


 「はい、席につけー。ホームルーム始めるぞー」

 

 「うーん」と頭を悩ませていると、おとこまさりな我らの担任、花園はなぞのかすみが教室に入ってきた。

 教卓に仁王立におうだちし、顎をしゃくれさせて生徒を見下ろす姿は一昔前の熱血教師を連想させる。


 せっかくの美人なのになんというか……すごく勿体もったいない。


 「突然だが、今日は席替えをするぞ。くじ引き作ってきたから、出席番号順に引いていけ」


 おいおいまじかよ。

 タイミングが良すぎないだろうか。


 突然の朗報に、俺の心だけでなく教室中が一変してにぎやかになる。

 やれ誰の隣の席が良いだの、やれ後ろの席が良いだの……飛び交う歓喜の声は止まらない。


 列に並び、くじを引く順番になるまで待つこと数分。

 ようやく順番が回ってきた俺は箱の中に手を差し込み、グルグルとかき混ぜて一枚を取り出す。

 そうして紙に書いてある番号と、黒板に書いてある席の番号と比べ合わせ。


 「うそ、だろ……」


 開いた口が塞がらない、とでも言うのだろうか。

 ことわざ通り、これでもかと言うほど俺の口はかっぴらいていた。


 俺の席は窓際の最前列……通称『デッドシート』。


 教師からの視線が特によく集まり、尚且なおかつ最も授業中に指名される席である。


 しぶしぶ席に座り、俺は盛大にため息を吐いた。


 最悪だ……よりによってこの席になるとは……。

 ……いや、待て。

 まだ隣の席があるじゃないか。

 もし仮に隣が花野井さんであるのならば、甘んじてこの席を受け入れよう。


 期待を胸に隣に視線を送り。


 「やあ、話すのは初めてだね。僕の名前は烏丸からすま海斗かいと。気軽に海斗って呼んでくれ。これからよろしく」


 「……あ、はい、よろしく」


 誰だよお前___とは、もちろん言わない。

 花野井さんが隣ではなかったからと言って、彼に八つ当たりするのは筋違いというものだ。


 とはいえ、今しがた話しかけてきた彼は俺が最も苦手とするタイプなのは確か。

 俺は昔からイケメンが苦手なのである。

 触れると拒否反応のせいか、蕁麻疹じんましんまで出てしまうのだ。


 これから当分とうぶんの間、この席でやっていかないといけないのか……。


 脱力感に身を任せ、俺は気怠けだるそうに机に伏せる。


 ___それからどのくらい時間が経過しただろうか。


 「……あれ、やべ、俺寝てたのか……」


 体を起こし、なんとなく隣の席に目を向ける。


 「……え!?」


 同時、俺は席から立ち上がって声を上げてしまう。

 寝ている間に授業は始まってしまっていたらしく、シン、とした教室の中、俺の声だけが響き渡る。

 俺が驚いたのは、なにも授業が始まっていたからではない。

 

 隣に花野井さんが座っていたからだ。


 「谷上ー、授業はもうとっくに始まってるぞー。ちなみにもう四時間目だ」


 どれだけ熟睡してたんだよ俺……。

 ていうか誰か起こしてくれよ。


 先生に座るよう促され、俺は再び自分の席に腰掛ける。

 そして俺は花野井さんへと視線を向けた。


 「……何かしら?」

 「いや、何で花野井さんが俺の隣にいるのかな、と……。その席、あの……金髪くんのだと思うんだが」


 名前が思い出せなかったため、咄嗟とっさに『金髪くん』呼びで代用する。


 「変わってもらったのよ。私、目が悪いから。前じゃないと黒板が見えないのよ」

 「あ、ああ、そうなんだ」


 焦ったぁ……一瞬、「俺の隣になりたい」とか言うのかとか思っちまった。


 「……ん」


 そんなわけないよな。

 だって花野井さんが俺の隣の席になりたがる理由なんて何もないわけだし。


 「……くん」


 いやでも、その可能性もないわけじゃないのでは……?

 昨日呼んだ本でも、「告白してからようやくスタートラインだ」みたいなことが書かれてあったし。

 もしかすると、意識くらいはしてくれてたり……?


 「谷上くん」

 「……え!? ……ちょ、なんだよ急に!?」


 突然顔を近寄せ、覗き込んでくる花野井さんに、俺は顔を真っ赤にして動揺する。


 「いえ、返事がないから聞こえないのかと思って」


 花野井さんは俺に手を差し出し。


 「これからよろしく」

 「……え、あ、おう。よろしく」


 好きな人の手を握る。

 そんなことをしてしまって良いのだろうか。

 いやしかし差し出してくれてるわけだし。


 そんな葛藤のすえ、俺はぎこちなく花野井さんの手を握る。

 柔らかな感触が俺の手に伝わり、それだけで鼓動が早くなった。


 花野井さんはきっと緊張もしていないのだろう。


 「……?」


 ……あれ?

 なんか、花野井さんの手が湿っているような……。


 ジッ、と花野井さんを見つめてみると、平静を装っているようにも見えなくもない。


 ……そうか、そうなのか。

 花野井さんもきっと緊張しているのだ。

 そりゃそうだ、厳格な風紀委員長とはいえ、花野井さんだって女の子。

 異性と手を握って緊張しないわけがない。


 少しでも意識してもらえたことに嬉しさを噛み締めていると。 


 「谷上くんの手、なんかベトベトしてるわね」


 「……あ」


 俺の手汗だったのか……。


 慌てて手を離し、俺は制服のズボンで汗をぬぐう。


 やってしまったあぁぁぁぁ、と心の中で叫ぶ。


 冷静になれ俺! 花野井さんがこれしきのことで緊張するわけないじゃないか。


 「そ、そういえば! 気になってたことがあるんだけど……」


 突然の話題転換。不自然だっただろうか。

 しかし花野井さんはさして気にした様子もなく。


 「なにかしら?」

 「そ、その……俺のこと、避けないのかなって……」

 「なんで?」

 「なんでって……ほら、告白して振られたわけだし」

 「避けないわよ、別に」


 当然のことのように言う花野井さんに、俺は感銘かんめいを受ける。


 は、花野井さん……! なんて寛大かんだいな人なんだ……!


 「私にとってはそれほど重要なことではないし」


 は、花野井さん……。なんて冷酷れいこくな人なんだ……。


 花野井さんはもう興味がない、とでも言うように教科書をパラパラとめくっている。

 こっちはこれほど取り乱しているというのに……。


 「キィィィィィ!」

 「谷上、うるさい!」


 担任 けん 教師に紙束で頭を叩かれても気にしない。

 

 絶対、好きにさせてやる……!


 俺は手元のバイブル『冷たい風紀委員長を落とす方法』を力強くパラパラとめくり始めた。

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