第三話
制服の襟を掴まれたまま校舎裏まで引きずられること数分。
初めこそ抵抗していたものの、逃れられないことを悟った俺は諦めてズルズルと引きずられていく。
そうして到着したのは薄暗く人気のない校舎裏。
想い人と校舎裏……一般の男子高校生ならば告白イベントを妄想するだろうが、そんな甘い雰囲気ではもちろんない。
それは彼女の恐しすぎる視線が物語っていた。
彼女は襟から手を放すと、親の仇である者を見るかのようにキッと俺を睨みつける。
「……どういうつもりかしら? 教室であんな話をするなんて……。誰かに聞かれでもしたらどうするつもり?」
「いや、それはその……すまん。でも、昨日のことで話がしたくてだな……」
「人違いだって言ったでしょう」
「それ知ってるなら人違いじゃないと思うんだが……」
ハッ、と今更ながらに口を覆う花野井さんを見て、思わず可愛い、なんて単語が頭に浮かんでしまう。
怖いところはあるが、時折見せるこういう天然な部分も俺は好きなのだ。
しかし、今は真面目な話。見惚れている場合ではない。
俺は引っ張られて逆だってしまった襟を直しながら花野井さんに向き直り、真剣な声色を作る。
「……パパ活してるってことでいいんだよな?」
花野井さんは不満そうに目線を鋭くしながら。「だったら何?」の一言
「何ってそりゃ……なにって……なにって……?」
そう問われて、俺は自分のしていることを客観的に見てみた。
学校に黙ってパパ活をしている風紀委員長。
そしてそれをたまたま見つけてしまっただけの陰キャ。
あれ、俺は何をしてるんだ……?
もし仮に、本当に花野井さんがパパ活をしていたところで、俺には何の関係もないじゃないか。
むしろ、彼女からしたらただのおせっかいでしかないのだ。
しかしここまで話を進めてしまった手前、
「あ、たしかに」
などと納得するわけにもいかず。
「何って……やめた方がいいだろ、そんなの。まだ学生だし……」
そんな薄っぺらなことを口にしてしまう。
俺は何をいっちょ前に説教しているのだろう……。
花野井さんの機嫌が目に見えて悪くなった。
目はギラギラと鋭く釣り上がり、あまつさえ殺意さえ感じてしまう。
俺の気のせいであればそれでいいのだが。
「あなたに、関係ないでしょう」
ごもっともです。
短く端的な言葉だったが、そのど正論の攻撃力は半端ない。
俺の足はガクガクと震え、その場でカクン、と座り込んでしまいそうになる。
昼休みのうちにトイレにいっておいて本当に良かった。
ここで漏らしでもしたら洒落にならない。
恐怖により何も言えないで黙りこくっていると、花野井さんはもう話すことはないと言わんばかりに俺に背を向ける。
「それじゃあ。もうこの話はしないで」
そのまま去っていく花野井さん。
それをただ呆然と眺めるだけで、俺は引き止めることもできなかった。
そんな気力もなかった。
答えられなかった問いへの答えを探すべく、俺はその場で思案する。
そもそも、俺は何で彼女にパパ活をやめてほしいんだ?
___彼女のことが好きだからだ。
でも俺は彼女と付き合うつもりはない。それはどうして?
___彼女は風紀委員長で、そういったものとは程遠い存在だからだ。
「……」
待てよ……?
何かを閃く数歩手前。そんな感覚に陥る。
……俺は今まで、彼女は恋だの愛だの、もしくは男性自体が嫌いで、それが苦手だと思っていたから恋人関係になることを諦めていた。
しかし、今はどうだ……? なんの障害もないではないか。
昨日と今日の二日間だけで、これまでのイメージとは違う花野井さんを見た。
その本性を知った上で、「彼女でもいいのか」……そう問われれば。
「愚問だな」
迷いなくそう答えるだろう。
冷酷無慈悲な部分も、ツンケンしている部分も、全部含めて好きになったのだ。
今更気が変わる、なんてことは天地がひっくり返ってもあり得ない。
……それなら、俺がすることは一つだ。
「花野井さん!」俺は花野井さんの名前をを呼び、強制的に歩みを止めさせる。
面倒くさそうにしながらも振り向き、花野井さんは怪訝な視線を俺に向けた。
「……何かしら?」
「今日の放課後、話がある。またここに来てくれないか?」
「なんで私が……」
「パパ活のこと黙ってるんだ。それくらい良いだろ?」
性格の悪いことを言っていると思う。
それでも。
「チッ……」
花野井さんは顔を歪めて舌打ち。
「何を企んでいるのか知らないけれど、パパ活をやめるつもりは無いわよ」
それだけ言い残し、再び歩を進める花野井さんの背中を見て……俺の決意も固まった。
___俺は今日、花野井さんに告白する。
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伏見ダイヤモンド