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第十二話

 待ち合わせ場所である駅前に到着すると、そこには天使が舞い降りていた。

 

 後頭部で一つにまとめられた、ツヤツヤとしたロングヘア。

 腰部分がフワリとしたワンピースをまとう彼女には、天使のような尊ささえ感じられる。

 まつ毛は遠目から見ても羨ましすぎるほどに長く、引き締まった口元からは甘い吐息が漏れる。


 その美しい姿は見る者全てを魅了するのだろう。

 彼女を目にした者は石化したようにその場で足を止めてしまう。

 ちなみに俺もそのうちの一人だ。

 その姿を数十秒ほど眺め、ようやくそれが花野井はなのいさんであることに気が付いた。


 いつもの彼女とあまりにも違うその姿に、

 「アレは本当に花野井さんなのだろうか」

 などという馬鹿げた疑問まで浮かんでしまう。


 俺は高鳴る鼓動を悟られぬよう花野井さんに駆け寄り、平静を装って声をかけた。


 「よっ。すまん、遅くなって。待ったか?」

 「……待ったわよ。足が痛いのだけど。いつまで待たせるのかしら?」


 ……うん、いつもの花野井さんだ。

 しかし不思議とこっちの方が安心できる。


 「ほら、行くわよ。アナタが遅れたせいで時間がないわ。急ぎなさい、時間は有限なのよ」


 妙に急ぎ足で、それも嬉々《きき》として先を進んでいく花野井さんを見て不思議に思う。

 映画くらいで何故ここまではしゃげるのだろう、と。


 「もしかして花野井さん、映画初めてなのか?」


 冗談で言ってみただけだったのだが、


 「……………違うけれど。そんなわけないのだけれど」


 花野井さんは恥ずかしそうに頬を赤く染めながらそっぽを向く。


 ……なんて可愛い生き物なのだろう。


 彼女のこんな姿を見られるだなんて、なかなかに珍しい。

 俺は日頃のやり返しのつもりで、彼女をからかってみることにした。


 「そうなのかぁ、花野井さんは映画館初めてなのかぁ」

 「……谷上くん、アナタ嫌いなものはあるかしら」

 「え、どうした急に?……ホラーだけど」


 突然すぎる話題転換に、首をかしげて頭の上にクエスチョンマークを浮かべる俺。

 すると花野井さんは目を伏せ、声を低くして語りだした。


 「そう、それじゃあ知っているかしら。今から行く映画館、以前に死人が出ているらしいのよ」

 「あ、あの、花野井、さん……?」

 「映画を見ている最中、手を握られるらしいわよ。握られた者は、その後一生呪われるのだとか」

 「ちょ、ちょっと待って……」

 「以前呪われた人は谷上という名字だったそうよ。……あら、アナタと同じ名字なのね。呪われないよう気をつけなさい」

 「すいませんでした俺が悪かったので許してください」


 俺は他人の目もお構いなしにその場で土下座する。


 「それでいいのよ。……全部冗談だから、安心しなさい」


 そんなやり取りをしていると、あっという間に映画館に到着した。

 入場し、チケットを買うため長い列に並ぶ。


 「やけに多いな。この前来た時はこんなに多くはなかったんだが……」

 「土日だからでしょう。……私だって平日は暇じゃないわ」


 何故だか悲しそうな表情をする花野井さんに疑問を抱きながらも、ようやく順番が回ってきたのでチケット販売機の前へと移動する。


 ちなみに、見る映画はもう決まっている。

 当然、今話題の恋愛映画だ。

 女子高生はそういったたぐいのものが好きだと聞くし、花野井さんも例外ではないはず……。

 映画の最中に手を握ってみたり、感動して泣いている彼女にハンカチを手渡したりなどして、仲を深めるというのが今回の作戦だ。


 「それで、何を見るのかしら」


 きた……!


 「これ……この『冷たい風紀委員長は俺にだけデレデレ』ってのを見ようと思うんだが」

 「でもそれ、もう満席みたいよ。別のにするしかないわね」

 「なん……だと……」


 俺の計画が瓦礫がれきのようにガラガラと崩れるのを感じた。

 ならば別の恋愛映画を……と上映中の作品一覧を見て愕然がくぜんとする。

 恋愛映画はもうこれしかなかったのだ。


 俺の映画でドキドキ計画が……。


 となげく暇もない。


 ないものはない、仕方がないのだ。

 ここでウジウジとしているわけにもいかない。

 それに、別の映画でも手を握ることくらいはできる。

 もうこの際、ホラー以外であれば何でも良いか。


 「あら、もうホラー映画しか残ってないわね。これにしましょう」

 「なんでだよ」


 運がなさすぎじゃあないだろうか。

 ホラー以外ならなんでも良いと言ったばかりなのに……。


 「ほら、早くしなさい。これしかないんだから仕方ないでしょう」

 「お、おう」


 いや待て。むしろチャンスなのでは……?


 ここでホラー映画を堂々と見ることができれば、俺の男らしい部分も見せることができるのではないだろうか。


 「よし! 行こう! 花野井さん!」


 先程までとは打って代わり、俺は大股で先をズンズンと進んでいった。



 * * *



 館内に着き、決められた席に座る。

 俺と花野井さんは端っこの席2つ。左隣には花野井さんが座っている。

 ホラー映画のシアターは想像以上にいていて、俺と花野井さん以外に人は誰もいなかった。貸切状態、というやつだ。


 別の映画は満席だったというのに……この映画はそれほどまでに駄作ださくなのだろうか。


 上映時間ギリギリに到着したため、座った途端とたんに映画の告知が終わり、ホラー映画が始まった。


 ___数分後。

 俺は恐怖にやられ、ガタガタと震えていた。


 なんだよこれ……誰だよこんなの作ったやつ……!

 俺を殺す気かっつーの……!


 一声ひとこえかけて抜け出してしまおうか、などと考えながら左隣に座る花野井さんに目を向ける。

 彼女は目をキラキラと輝かせて映画に夢中になっていた。


 ダメだ……こんなの邪魔できるわけねえ。


 「うおっ……!」


 突如現れたスクリーンに映った化け物に驚き、俺の右手は思わず花野井さんの手を握ってしまう。

 しかし花野井さんは何か言う様子もない。

 それどころか、俺の不安を包み込むように握り返してくれた。


 「普段の彼女ならこんなことしてくれないのに」とか

 「もしかして脈アリなんだろうか」など。

 それに感激する余裕すらも、今の俺にはなかった。


 すまない、花野井さん。

 嫌かもしれないが少しだけ我慢してくれ。


 ___そうして右手で彼女の手を握り続けること数十分。

 結局最後まで手を握っていた俺は、映画が終わって館内が明るくなるのとともに花野井さんから手を離した。

 ドクドク、と鳴り響く心臓を抑え、一息ついてから花野井さんに話しかける。

 

 「……花野井さん。すまん、邪魔しちゃって」

 「……何の話かしら?」


 キョトン、と不思議そうな表情で俺を見つめる花野井さん。


 「何がって……思わず手、握っちまって……」

 「手? ……握られてないけど」

 「いやいや、そんなはず……。ほら、右手に手形もついて……」


 そう言って、俺は先程まで握られていて、まだぬくもりのある右手を花野井さんに向けた。

 そこで気がついた。


 花野井さんは俺の左隣に座っていたのだ、と。


 俺があの時握ったのは、確かに右隣に座る誰かの手だった。

 寒気がした。

 俺はまだ温かみのある右手を見つめる。


 俺は一体誰の手を握っていたんだ……?


 バッ、と振り返り、誰も座ってなどいなかった右隣の席を凝視ぎょうしする。


 『今から行く映画館、以前死人が出ているらしいの』


 『映画を見ている最中、手を握ってくるらしいわよ。握られた者は、その後一生呪われるのだとか』


 『以前呪われた人は谷上という名字だったそうよ。呪われないよう気をつけなさい』


 花野井さんの言葉を思い出し、背筋が震えた。



 * * *



 少しやりすぎだっただろうか。


 私___花野井はなのい美澄みすみはガタガタと震えている谷上くんを見てそう思った。

 

 始めは少しからかうだけのつもりだった。

 

 谷上くんの後ろから手を回し、握ったのは私だ。

 手形がついていたのは、私の握力が強すぎたせいだろう。

 後からネタバラシするつもりだったのだが、予想以上に怖がる彼を見て、そのタイミングを完全に逃してしまった。

 今更「実は私でした」などと言うこともできず……。


 「ごめんなさい、谷上くん」

 今にも泣きそうになっている谷上くんを見て、心の中でそう謝罪しておいた。

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