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第一話

 風紀委員長の花野井はなのい美澄みすみと言えば、この学校では知らぬ者などいないほどの有名人だ。


 頭脳明晰ずのうめいせき容姿端麗ようしたんれい……それも花野井美澄という人間を有名にしている所以ゆえんなのだが、学校中の人間が彼女を認知している理由はそれではない。


 ___風紀に厳しすぎる。空気が読めない。冷酷無慈悲れいこくむじひ


 他生徒からは避けられ、恐れられ、彼女は完全に孤立していた。

 花野井さんから指導を受けた者の中には、彼女を嫌っている者も多いと聞く。


 しかし、それでも俺は花野井さんのことが好きだった。

 凛とした立ち振舞い、しかし時折見せてくれる天然な部分。

 俺はそこに惚れたのだ。

 

 話したことこそないが、お近づきになりたいという貪欲どんよくな願望は今でも健在だ。


 だが、彼女は教員も引くほど厳格な風紀委員長。

 彼女の本性を知らずに告白した者はことごとく玉砕ぎょくさいしているらしい。

 今ではその本性も広まり、告白などといった行為は激減したそうだが。

 よほどの男嫌いなのか、はたまたそういったものに全く興味がないのか……。

 ともかく、彼女と交際する……そんなことは考えるだけ無駄なのだろう。



 * * *



 ___なんてことを考えながら帰宅していたせいだろう。


 「いてっ……」


 俺こと谷上やがみ遊馬あすまは通学路を歩いている最中、前方から現れた女性とぶつかってしまった。

 気弱きよわで貧弱な俺はいとも簡単に体勢を崩し、そのまま地面に尻もちをつく。


 「あら、ごめんなさい。大丈夫?」

 「あはは、こちらこそすみません。大丈夫で___。」


 大丈夫です___そう言いかけて、俺はその言葉を喉に詰まらせた。

 瞳に映るのは、誰もが見惚れてしまうであろうほどの絶世の美少女。


 サラサラと艷やかで長めの黒髪。

 切れ長の瞳に通った鼻筋。

 黒点一つないきめ細やかな肌。


 『美少女』という言葉がおそらくこの世で最も似合うであろう佇まいに、俺は思わず息をんだ。


 「花野井さん……?」


 突如として現れた想い人である花野井水澄を前に、俺は言葉もなくして絶句する。


 しかし、俺が驚いたのはそれだけではなかった。

 俺の視線は花野井さんの真隣……彼女と仲睦なかむつまじく腕を絡めている男性に向けられていた。


 「なんだい? 美澄ちゃん。この子知り合い?」


 40代くらいだろうか。

 口元にちょび髭を生やした小太りのおじさんは、俺のことを不思議そうに眺める。


 えぇと……これは、どういう状況だろう……。


 誰よりも風紀に厳しいはずである彼女が、誰よりも許容しないであろう腕組みなどという行為を自ら行っている。

 あまりにも信じがたいその光景に、俺はその場で硬直する。

 おじさんに知り合いなのかと問われ、秒で「知らないわ」と答えた彼女に。


 「あの……花野井さん、だよな? 同じクラスの」


 ビクッ。花野井さんはその小さな肩をわずかに震わせた。

 そして。


 「……人違いよ」


 目を逸らしながら、ばつが悪そうに……しかしハッキリと言い張るのだ。

 言われたことを咀嚼そしゃくして飲み込み、脳に情報を届け、理解するまでにおよそ10秒の時間を要し。


 「……え? いやでも……」

 「人違い」

 「えぇと……?」

 「人・違・い」

 「お、おう……」


 あまりにも必死な彼女には、普段の凛とした態度は微塵も感じられない。

 というか、人違いなわけがない。

 好きな人の顔だ。いくら俺でも想い人の容姿を忘れるほど腐ってはいない。

 その時、おじさんの携帯電話が俺と花野井さんの会話を遮るように鳴り響いた。

 気まずさを感じながらも、おじさんの電話が終了するまで待つこと数分。

 話が終わったであろうおじさんは、花野井さんに向かって手を合わせた。


 「ごめんね。上司から今すぐ来いって呼び出されちゃってさ……。今日は《《デート》》ありがとう。最後に《《一緒に食事》》だけでもと思ったけど、また今度にするね。あ、あとコレ今日の分の《《お金》》。それじゃあ行くから。今日は本当にありがとう」


 そう口早に言い残し、足早でこの場を去っていった。


 「デート……? 一緒に食事……? お金……?」


 俺はおじさんが口にした中で気になる語句のみをピックアップし、自身の口からもそれらを吐き出す。


 ……コレはもう間違いなく。


 「パパ活、だよな……?」


 ガシィッ……!


 そう口にした途端、花野井さんにものすごい馬鹿力で胸ぐらを掴まれた。


 「胸ぐら掴まれるなんて初めて……結構苦しいんだな」などという現実逃避からは花野井さんの鋭い目つきによって引き戻される。


 「あ、あの……」

 「……ないで」

 「え?」


 聞き返すと、彼女は猛獣さえも従えてしまいそうなギラついた瞳で。


 「誰にも、言わないで……」

 「ヒッ……」


 普段の彼女とは全く異なる変貌ぶりに驚き、俺は短い悲鳴を上げた。

 ジタバタと暴れ、ようやく解放された俺は鈍い音を立てて尻もちをついた。


 「このこと、誰かに少しでも話したら許さないから。いいわね?」


 コクコクコクコク、と首に負担をかけるほど勢いよく相槌あいづちを打つ俺。

 花野井さんは俺を睨めつけながらきびすを返し、人混みの中へと消えていった。


 「ったく……なんなんだよ、今日は……」


 早く帰ろう、と恐怖に足を震わせながらも手すりに掴まって立ち上がる。

 これ以上情報を増やされても、きっと俺には処理しきれない。

 帰って早々に寝てしまおう。

 俺は尻もちをついたせいで痛めてしまったお尻を擦りながら帰路についた。

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