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穀雨2 ポジティブハラスメント



  『ゴブゴブパニック(ゴブゴブパニック)、ヒトヨンマルマル(ヒトヨンマルマル)』


 村内にウグイス嬢の自作コダマつきアナウンス(咆哮)が響いて、アガサは編み物の手を止めた。


 「かあちゃ、何? ゴブパ?」

 「あらソレ楽しそーな響きね。ゴブリンがたくさん森に入ってきて、放っておくと森が消えちゃうから退治するのよ。ママとパパも行ってくるわね。すぐ帰るから心配しないで」


 お昼寝から覚めたばかりのセナの頭を撫でて、アガサは戦支度を整えた。といっても骨製メリケンサックを取り出すだけだが。

 雑魚モンスターだから彼女にも村にも緊張感はない。若い者に集団戦闘を経験させる機会、と言い訳してサボりたい年輩組の押し付け、くらいの認識になる。


 広場に集まった成人以上十九歳以下は九人、引率役のアンミナを加えた十人は身体強化をかけて、森を迂回するルートで西を目指した。

 目標までおよそ二十キロメートルとして、往復一時間弱、日帰りコースだ。当たり前だが身体強化なしだと軽く天に召されます。

 

 荒野に到着、さらに進むと会敵。ゴブリンの群れは約千匹。小集団をまとめるゴブリンリーダーが複数混じっているようだが、一騎当千の戦士たちにはちと物足りない。

 一応アガサたちは、モアイ&ジダンVSアンミナの話を聞いているから、周辺を削る程度の戦いに留めた。その主役たちはといえば。


 「ジダン遅えぞ。敵はゴブリンじゃねぇ、アンミナ姉だっ。出し惜しみしてんじゃねぇぞ」

 「五月蝿(うるさ)い脳筋。いかに効率良く狩るか、勝ちたいからこそ頭使え。そしてコイツら臭ぇ。真の敵は匂いじゃねぇか?」


 モアイは偏月刀(シミター)を振るって切り込みゴブリンの群れを割っていき、やや後方を追走するジダンは、短槍で突き主体の攻撃を繰り出しながらモアイの背中を守っていた。

 全員サンドによる骨製の武器を使っている。今回は実戦で使用感を試す意図もあった。

 

 「分かっちゃいたけどこの武器ヤベぇな。こうも一方的かよ」


 練度が低いとはいえゴブリンも身体強化を使っているのに、その鋭い攻撃はモアイたちにかすりもしない。そのうえ魔力でコーティングされているはずの肉体も、皮の防具も石の棍棒も紙のように切り裂かれて、モアイが思わず漏らした通り作業的な無双ゲーだった。


 敵陣中央近くまで食い込んだあたりでギアを上げる。油断大敵ではあるがゴブリン相手に勝ちは最初から決まっている。アンミナとの勝負は討伐数。モアイは裂帛(れっぱく)の気合いを入れた。魔力、全・開。


 「芸術も戦技もすべからく御身に与り(よみ)したもうミネルヴァに我乞い願う。梟飛び立つ黄昏時に及ばず日が天に在る限り露払いの栄誉と祝福を。ファーブライッン ズィーデン ヒッツェシュラィアー ヴォルケーノ」


 モアイが剣を宙に放り投げて両手を地につけた。それを隙と見て群がるゴブリンの足元から透明な高熱が噴き上がる。半径五メートルほど。

 すっくと立ち上がって偏月刀をキャッチ、全身焼け(ただ)れて苦鳴を上げる周囲を一閃首チョンパ。


 アレッ、狭くない? 武器攻撃のほうが早くて大勢倒せてない? 規模に対して詠唱大袈裟すぎね? 怪しい言語に怪しい使い方と別の言語も混ざってね? なんて類いの疑問を持ってはいけないヒドすぎる言葉の暴力で傷つく人もいるんですよ?


 自身や周りを守るために、魔法は安易に発動してはいけない、とリコピン村では厳しく教えられていて、安全装置(セーフティ)として詠唱や動作などをルーティンとしている。

 そのルーティンは自分で決めていいわけで、モアイたちはまだ思春期なわけで、つまりそういうことですソっとしておきましょー。


 見た目がショボ……、見劣りするとしても魔法は魔法。人間でもゴブリンでも使い手は希少な才能持ち。ゴブリンたちは格上と認めて腰が引けた。

 そんな戦場の空気感を見抜いてジダンも魔力、全・開。


 「ロックオン、ロックオン、ロックオン。逃げてもいいぜ、出来るものならな。ホーミングレーザー」


 ジダンは右手一本で槍を回しながら穂先を向けて一匹ずつ狙いを定めると、トリガーワードで一斉に左掌から光線が発射されてゴブリンの額を撃ち抜いた。詠唱文より動作タイプ。だーかーらー、アレッ、討伐数が……、とかメっ。


 (ひる)みから一転、自棄を起こして突撃を選ぶゴブリンたち。まさにゴブゴブパニック、もしくはゴブの達人おにモード、小鬼だけに。

 二人は回転数を上げて前進した。なまじ切れ味が鋭すぎて押し返す力がなく、数の暴力に飲まれそうになるから、蹴って吹き飛ばしてスペースを確保したり、合間合間に余計……、余裕を見せて魔法で片付け、そのまま敵陣を突っ切って後方に出た。

 そのタイミングを見計らって真打ち登場ハウスミュージックカモン、あれば。


 アンミナは敵陣前列中央から颯爽とウォーキン。圧縮した風の層が彼女の周囲を高速回転していて、近くのゴブリンは勝手に吹き飛びまくっている。回転盤二つに挟まれて球が撃ち出されるピッチングマシンみたい。スポーンて。

 リズム感良く、頭の位置は上下にブレず、腰は左右にキレを意識してはいワンツーワンツー。

 高速で宙を乱れ飛ぶゴブリンたちに彩られた花道を進み、そろそろ中央、オンステージが見えたところで歩みは止めず詠唱開始。


 「あんたらなに辛気臭いツラしとんねん。ネガティブシンキングに浸ってたっていいこと起こらへんのやで。笑顔の人には笑顔が集まる、ちゃんとポジティブ覚えて来世逝っといで。ハッピー、ラッキー、ラブ、スマイル、ピース、ドリーム。さんはいエイチエルエルエスピーディー」


 周囲の回転が一瞬で拡大、三角の上に逆三角を乗せたような竜巻が出現して、大半のゴブリンは逃げる暇もなく巻き込まれて数百メートル上空へ飛ばされた。

 竜巻はすぐに消えて、アンミナの立つ中心地を除く大地に夥しい数のゴブリンが強制投身。拙い身体強化では耐えようがない。


 その光景をモアイとジダンは酸っぱい顔で見つめた。

 魔法は熟練度が大事。ルーキーとベテランの間には、簡単には越えられない壁がある。

 

 勝負が決まると外側に散開して見守っていたメンバーも協力して残党を討ち取り、最も大変な後始末、埋葬して黙祷を捧げた。


 人間に限らず知的生命体はなんらかの条件が揃うとアンデッドになる。条件は不明。恨みが深ければ、とか誰も死を悼んでくれなければ、とか条件についての想像は出来るから各地域で宗教観に則った死体の処理が行われる。


 とりあえず、死体の放置がダメ、ということはハッキリしている。仮に死体が動き出そうとしたとして、土で塞がれていたら動けない。それと地域にもよるが、疫病の発生原因は死者の怨念と思われがち。だから埋葬は絶対、とされる。


 夕陽が沈む前に全て片付いた。各自が身体強化や魔法を利用したから早く終わったが、重労働には違いない。サッカーコート一面を深く耕すよりキツいて、そりゃ若者に押し付けたがる。


 「オツカレー、ほな帰るでー」


 アンミナの号令のもと、超人マラソン折り返しが始まった。今頃村では浴場に湯を満たして待ってくれているはず。個人の家で湯浴みなんて贅沢はなく、時々用意されるお風呂が村人たちの娯楽のひとつだ。地下にサウナ完備。


 身体に染み付いた不快臭をとりたいと帰路を急ぐ面々の中、モアイとジダンは背を丸めて走っていて、アンミナはその背をブッ叩いた。


 「(うつむ)くな。勝ち負けなんてどうでもええねん。あのオネー様のことや、ご褒美に酒を少しは増産するに決まっとるで。自分くらいは高い壁に挑んだ自分を胸張って誇ってやり」


 二人はシャンとしたが普通に背中が痛すぎて何も入ってない。

 アンミナは知った上で気にせず微笑んだ。若者相手はノリでええんねんノリで。

 それよりオネー様のやりくちは流石やね、と彼女は一連の流れを振り返った。


 ゴブリンパニックは自然現象ではなく人?災だから、襲来を年中警戒しているとはいえ、今のところ時期は一定だからそろそろと予測してアンミナに監視を依頼。当然処理は若者組にさせることは織り込み済み。そこへ若者から酒増産の懇願。たんに我儘(わがまま)をきいたらつけあがる。結果望みを叶えるとしても、信賞必罰の形にすることで、若者は村への貢献というものを意識する。


 人の動かし方コワ。アンミナは恐々としたが、そこに気付く彼女もまた老練いやなんでもないです。

 


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