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穀雨1 春闘ぽい



 陽炎(かげろう)揺らめく広大な荒れ地を無数のゴブリンが行進している。

 軍隊のような整然とした列ではない。参加多数のくせにやる気のないマラソン大会スタート直後のような。

 

 平均身長一四十センチくらい。灰褐色を帯びた緑の肌、目は瞳の区別がつかないほど全体が黄色く濁っていて、服というより防具のつもりか、申し訳程度に加工した毛皮を胴体に被っている。なめしが不十分だから腐敗臭のひどい個体もちらほら。


 それでも加工出来るのであれば知能は高いのだろう。石の棍棒を持つ者も多数いる。つまり魔力を利用した加工も出来るらしい。


 彼らは一様に東に行進している。

 西は生まれ故郷。王の治める土地からは追い出された。

 北は急峻だらけの山脈。雲より上は銀氷一色。適応した生き物以外がいられる場所ではないと一目で悟る。

 南は荒れ地が続いた果てに海岸。

 ならば、東しかあるまい。地平線の先は見えないが、森が広がるという話は聞いた。というか森があるから行けと命じられたのだが。


 生きるため、森を食い尽くしてやろうとゴブリンの群れは進む。逃げ水に惹かれるように。

 遠く見える灰色の雲は慈雨をもたらすか、それとも蜃気楼か。


 「今年も来るんかい。もはや風物詩やん」


 そんなゴブリンの群れをはるか上空から眺め、ポツリと呟くひとりの女性。

 リコピン村のご意見番四天王、風塵(ふうじん)のランウェイ、アンミナ。身体は右、首は左に向けて後ろに反らし、左手は気持ち腰にそえるように、ゴミを見下すクールな視線ではいポーズぱりこれー。


 顔もスタイルも美魔女で有り続けるためだけに、細胞を活性化させる方向の身体強化をきらないツワモノ。年齢は二十歳です命が惜しければいい加減覚えましょうヒントはご意見番と名前。リコピン村では未成年の名はニ音。成人認定されると自分で一音足して三音。ひ孫が生まれると祝福とそろそろ落ち着けよのプレッシャーを込めて村の衆から一音つけられる風習です。


 「んじゃ、歓迎パーティーの用意をしてやりますか」


 アンミナは左右反転のポーズをつけてから飛び去った。木綿の野暮ったい服装が残念。


 

 ゴブリンの欲望にギラつく視界と想像の果て、春霖(しゅんりん)、まばらに続く長雨もそろそろ終わり、夏の到来を先取りしてオーラの陽炎を立ち昇らせる若者がひとり。

 決して負けられない戦いはどこにでも起こる。

 アンニュイな雨上がり&昼下がりのリコピン村に元気のいい声が響いた。


 「オネー様っ、酒の大量生産が村には必要なんですっ。士気アップの秘訣なんですっ。イニシエのナントカ十六世も頭の中で言い続けているんですっ。ルネッサーンス」

 「モアイ、お前が飲みたいだけじゃろ。なんの説得にもなってない意味不明のプレゼンやめんか」

 

 わざわざ家の前で出待ちしてまで主張することか? 村長は呆れながら一蹴した。長の権限で生産バランスを変えることは出来るが、酒は所詮嗜好品の側であり、ドライフルーツなどの保存食の確保が最優先なのは当然だ。


 バナナや桃の木がポンポン生えてみんな喜んでいるのは自分も嬉しいが、ちょっと浮かれすぎ、なにかしら気を引き締めるべきか?

 そう長が考えを巡らせるかたわら、にべもなく断られたモアイは地に膝をついて項垂れたが、カッ、と両目に闘志を漲らせて大地に両手をつけて魔力を流した。

 んニョキっ。土を固めた高さ二十センチ、直径二センチの円柱が生えた。五十センチ離れた場所にももう一本。


 フワリ。モアイは重力を無視したような身軽さで宙を舞い、両手を翼のように広げながら片足一本、つま先で円柱に降りた。


 「オネー様、デュエルだっ」

 「儂にカリ・ユガ? およしよ。自分で未来を潰すでない」



 〜カリ・ユガ〜 変則ジョジョ詞、波紋活用(※石仮面必須)

 カリ・ユガとは、リコピン村独特の勝負のひとつ、魔力を扱う見た目だけは幻想的な手押し相撲である。そのお手軽さから安易に多発しないよう、仕掛ける側に相応のリスクを負わせる。基本血の気の多い若者が挑みがちなため、仕掛けて負けたら他村の似た事情の異性と結婚、という運次第で一生ものの十字架を背負ったらしく━━。

       (超古代文明聖闘士(セイント)☆マト共和国の神秘大全、入門編

        『リコピン村の謎』基礎資料より抜粋)



 「臆したかバB……」

 「ヒヨッコ、知れ、末路」


 突然モアイの五十センチ目の前に村長が現れメンチきられた。小柄な老婆が下からのアングルで三白眼。モアイ、少し粗相した。


 「くっ、今さら後にひけるかぁっ」


 モアイが雄叫びを上げながら魔力を全開。オーラが立ち昇り、モヒカン肩パッドのヒャッハーな上半身を象ると、開始直後のプロレスラーの如く両手を斜め上に掲げながら村長ににじり寄ろうとした。


 対する村長は、うつむいて何かをかき回す仕草をしている。村長のオーラは大釜を象り、緑色の湯気がムアっと立ち込めた。

 モアイは目を見開き恐慌した。湯気を透かして長の背後に現れたのは超巨大な骨妖怪、ガシャドクロ。

 ゴオっ。爆風の幻聴を伴い、骨の両手がまるで飛ぶ蚊を叩き潰すようにモアイの左右から迫り、モアイとヒャッハーは錐揉み状に後方に吹っ飛んだ。なんとなく。


 「というわけで、酒の増産は却下。あと近日中にお見合い(強制)セッティングしてやる」


 大地に大の字に倒れ、呆然と空を見上げるモアイに無慈悲な宣告。彼のまなじりから一筋の涙が。


 「あらあらオネー様、そんな厳しく否定せんでも。前のめりの若者って素敵やん? チャンスくらいは与えて応援せな」

 「アンミナか」


 モアイのそばに上空から着地したアンミナ。一陣のつむじ風を巻き起こしてストンとつま先を揃えて、両手はバレリーナのように頭上から弧を描いて孔雀を表現エクセレンっ。


 「オネー様の読み通り、ゴブゴブパニック始まったさかい、このコらが活躍したら願いを叶えてやってもええんやないの?」


 ガバっと起き上がるモアイを見て笑いながらアンミナは続けた。


 「ただし、勝負しないとオモロくないか。討伐数、アタシを超えたらでどうよ?」

 「ノッた」

 「ちょっと待った」


 食いつくモアイに待ったをかけたのはジダン。イベントが始まるとどこからともなく集まる村の衆(ひまじん)に混じって幼馴染の激闘を観戦していたが、たまらず声をかけた。


 「モアイ、お前はもう少し考えろ。アンミナ姉さん、一対一(サシ)じゃ勝負にならないからハンデは必要でしょ。俺も参戦します。いいですよね?」

 「アツいじゃない。ええよええよ。ほなアンダー十九は一時間後に広場集合ー、ゴブゴブパニック片付けに行くでー。見てる連中伝えときー」

 

 アンミナは逡巡もなく快諾した。器のデカさもスーパーモデルっ。ちなみにアンミナはジダンの姉ではなく、村のみんなは家族同然だから呼び方も親しくなるだけのこと。あとリコピン村に時計はなく、時間はテキトーに流れている。通称オキナワタイム。


 「チッ、礼は言わねーぞ」

 「フン、(ひょう)が降るからいらねーよ」


 モアイとジダンは互いに顔を背けながらグータッチ。アオハルってた。


 ところで他の村人、特に男はモアイの懇願、酒の増産に同調しないのは何故か?

 ムラ社会は団結した女性が強い。魔力のなんやかんやで男女の戦闘力に差がなければなおさら。つまり、それなりに歳をとった男衆は波風立てていいことないと知っている。

 しかもベテランの長に手も足もでなかったくせに、ベテランのアンミナに勝てると思っているとか、失笑を禁じえない。

 他の男衆に生暖かく見守られて気付かないモアイとジダン、まだアオく、まだハルだった。


 

 

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