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芒種6-1 考古学クラッシャー



 シャコシャコと複数混じってなんの虫かも分からない鳴き声をBGMに、セナは他所の家の庭に座って土の声と向き合っていた。

 半ズボンから覗くムチムチ素足は虫刺されで無数の赤点がついているけど本人は全く気にしていない。熱病、マラリアの類が怖くないのは免疫力も強化されているから。パラメーターはほぼ野生児。


 今日の保護者役は名人級とまではいかなくても陶器作りが好きということで、子供たちは泥んこ遊びの解禁にはしゃいだ。

 主が森のどこか、断層あたりからいい感じの粘土質の土を持ち帰って庭に盛り上がる小山に子供たちが群がり、思い思いにつかみ取っては水に湿らせてこねまくる。


 陶器は器にするのがメインではあるが、魔力による造形の簡易さのおかげでまねき猫や根付のようなフィギュア文化の兆しがチラ見えしている。瓦の発想は生まれていない。

 子供たちも器なんてつまらない物は作らない。男の子の一番人気は言うまでもなくウンコが不動として、ぼくが考えたサイキョーの武器とかモンスターあたりも定番になる。


 そして今日は陶芸家気取りのセナもクワっと目を見開いて制作に取り掛かった。

 粘土をこねて手でおおまかな輪郭を決めたら魔力を通してグネグネ動かし整える。あとは水分を抜いて熱を与え、流石に固まるほどの高熱は使えないから仕上げは大人に任せて完成。


 作品No.1 〜ガシャドラゴン〜

 先年、オネー様がセナたちに披露した奥義にインスパイアされた空想モンスター。ちゃんと骨状にするほど細かくはないけど溝の陰影で骨を表現したひとつの身体に八つの頭のヘビが口を開く。


 作品No.2 〜橋ポアロ〜

 なんかすげー鍛えられそう、とブリッジか流行って両手を組んで頭で支えるブリッジも編み出して得意気な父。することがなくなった冬の男衆あるある。


 作品No.3 〜エキストラ〜

 母の必殺技、ルビーショコラシンフォニーフラペチーノ、後ろ回し蹴りを食らってくの字に吹き飛ぶ父。おへぇー、と声が聞こえそうなくらい芸術点高め。


 各自が作ったてのひらサイズの陶器フィギュアを持ち寄りごっこ遊びに興じる子供たち。別の子が作った同じく三点倒立する父のフィギュアを合体させると、バックブリーカーされてるのに強がるポアロとかミラクルが起きて子供たちにツボる。

 やがて遊び疲れてお昼寝して、起きて遊んで日が暮れる前におひらき。の前に庭に穴掘ってガラクタをポイ捨て。家に持ち帰るほどの出来でもない。


 空洞ではない素焼きの塊は数千年くらいは軽く超越する。



 「……とまぁ、超古代文明聖闘士(セイント)☆マト共和国がどこにあったのかすら未だに特定できない歴史ミステリーではあるが、証拠がないのではなく、逆にありすぎて候補を絞れない、というのが現状になる。しかも発掘物はどれも意味不明なオブジェ。世界各地に類似の痕跡が多数。これは常識的に考えればありえないし、実際、笑い飛ばすのが良識ある研究者の態度、と(うそぶ)く者も多い。ただ、それならそれで納得のいく説を構築するのが良識ある研究者の態度では、と私は思うのだが悲しいかな、そういう意見は少数派になりつつある」


 講堂の壇上で気難しそうな壮年男性が面白くなさそうに語り、最前列で講聴する優等生っぽい青年が挙手した。


 「教授は笑い飛ばすほうというか、否定的に見えますが?」

 「もちろん否定的だ。超古代文明などと口にするのも恥ずかしい。が、物的証拠を前にして、そんなものは見えない見たくない、という態度はもっと恥ずべきだ。違うかね?」

 「だとしたら、古代人の中にも意味のないオブジェを作る変わり者はいた。そう一般的に広く言われている説が妥当に思えますが」

 「一つ二つならそれで収まるだろう。しかし、大量の発掘物から推測すると古代人は変人だらけ、という結論になるわけだが、これを妥当とするのは強引がすぎる。現代人の我々から見てコレは変だから作った人は変人だったのだろう。これで良ければ考古学はなんでもありになってしまう」

 「例えば宗教的になにかの意味があった、という解釈ができればいいのでしょうか。それこそ宗教的と言ってしまえばなんでもありだと思いますが」

 「ふむ、まったくもってその通りだ。で、君だったらどんな宗教的意義を構築できるのかね?」

 「え?」

 「世界各地から大量に発掘される、どう見ても排泄物のオブジェが君にはどう見えるのか、と聞いているのだよ」


 講堂の他の学生全員が(うつむ)いた。ずっと口にしなかった単語を言いやがった。絶対に笑ってはいけない。無謀にも質問(ツッコミ)を我慢できなかったあの勇者(笑)に全てを任せよう。


 「まだまだあるぞ。およそ現代人の妄想すら凌駕するクリーチャーの数々、通称『百鬼夜行』とか、君の言う通り宗教的に解釈される『プロレスの神様』とか、笑わせる以外になんの意図があるのか全く理解できない『人文字』とか。七支刀や蛇腹剣やドリルサックなど実用性からかけ離れた『ロマン兵器』とか。我々考古学の研究者を狂気に追い詰めるこれらに君はどんな救いを見出すのか。ホラ、早く聞かせてくれたまえ。ホラ、ホラ」

 「ヒッ」


 講堂はテロリストに占拠されたような緊張に包まれ、学生全員、声だけ聞いて顔を上げられなかった。ヤベーよ今アイツ絶対目が血走ってるよ。


 「……数十年前、私がこの道を志した学生だったころの考古学はまともだったんだよ。普通に遺跡を発掘して、普通に古墳や廟を調査して、普通に文献を漁って、古代ロマンに想いを馳せながら当時の暮らしや風習を浮き彫りにしようと議論を重ねる。そんな至ってまともな学問だったんだよ」


 学生たちの想像を裏切り、教授は穏やかな声音で語った。それがかえって怖い。ひとり思い出にトリップしている。


 「もちろん昔からマトやリコピンといった名称は散見した。もっとも古くて約五千年前、古代シャベリッパの石碑を筆頭に、いくつかの地域で数百年前の文献に載っている。ただ、誰もが魔法を使っただの、都市が空を飛んだだの、年末は精霊とぶつかり稽古だの、いわゆる神話のカテゴリーだった。崑崙(こんろん)蓬莱(ほうらい)地底王国(アガルタ)あたりと並んで聖闘士☆マト。荒唐無稽なお伽話。この星マークってなんだよ胡散臭ぇよな」


 じわじわと教授の口調が砕けてきている。室温が上がった? それになんだか息苦しい。学生全員嫌な汗が止まらない。


 「あれは()が修士課程を終えるかどうかくらいだったかな。キャレンダの山岳のどこか、建築の基礎工事かなにかで地中深く掘っていたら偶然途方もなく古い遺跡が見つかった。当時は世界中がこのニュースに沸いたし、俺も周りもそりゃ興奮したさ。しかもどうやら世界各地で伝承をヒントに今までよりずっと深い地中を調べるとまだまだ遺跡が見つかりそう、となってちょっとした埋蔵金ブームのような熱にみんな浮かされてさ。若かったなぁ」


 もう講義に聞こえない。アレだ。さっきご飯は食べたでしょ系おじいちゃんの武勇伝の空気だ。教授は不惑くらいなのに存在が惑ってらっしゃる。


 「出土品が一つ二つのころは良かった。君の言った通り古代にも変な人はいたんだろうって笑える範囲だった。精巧なドクロの陶器とかって類いの『用途は不明だけどなんか凄いもの』もまだ分かる。古代には水晶ドクロなんてもっと不思議なオーパーツも存在するからな。しかし、片方の先端が少しハネたかりんとうに似たナニカ。こいつが次から次へと発見されて、考古学は白い目で見られるようになる。コレなんの便利グッズかお前らが責任もって考えろよ、て大喜利押し付けられた。かりんとうでいいじゃん。かりんとうにしとこうよ。超古代から砂糖がメッチャ作られて古代人の大好物だったことにしよーぜ。宗教的、ああ、実に宗教的だ。スイーツが正義。スイーツは世界を救う。雁首並べてかりんとうの陶器を握りしめて左胸に当てて教会的な建物で讃美歌ならぬ甘味歌でも歌ってたんじゃねーの。知らんけどっ!」


 ハイ、学者がそれ言ったらおしまいの「知らんけど」頂きました。


 「挙句の果てにっ」


 教授はギュルンと反転して背後の黒板にカッカッカッカッと憎しみを込めて書き殴った。


 『( ゜д゜ )彡』


 「粘土板に刻まれたコレなによ。伝わるけど受け取りたくねーよ。なんでやねーんて声が脳内に響くけどコッチの台詞だよっ」

 

 しはらく沈黙が続き、学生たちが恐る恐る顔を上げると教授は背中を見せたまま固まっていた。すーっ、と静かな講堂に染み渡る深呼吸ののち、教授は絶叫した。


 「誰か真面目な説を考えて下さーい」


 この道は止めておこう。未来ある若者たちは考古学の深淵を覗いて覗かれる前に引き返した。


 

 

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