穀雨5-1 活劇とも言う
厳しさは相変わらずの冬が明け、地がぬかるみ草木が生い茂り、なんとなく、まだなんとなくではあるが、農業に一年を通したルーティンらしきものが生まれ、雨後の筍ならぬハーブの大繁殖にも慌てなくなり、セナたちチビッコ組が「ひじのよこのここをコツンとしたらなんかビリビリする」とか新鮮なリアクションをして大人たちが眩しいものを見る目で見守る、そんな温ぎてヒトをダメにするリコピンシティ。
とうとうカシラが交代した。
オネー様の気力体力が尽きた。本人は昔から辞めたがっていたけど、トップに立ちたい者が一人もいなかった。今もいないけどもうしたいしたくないではなくやれ、とリコピンシティのご意見番四天王、幻影の血だるまのサホーリーが新たなカシラにされた。
サホーリーは一人で危険地帯を放浪するバトルジャンキーだから向いてないと本人はずっと拒否していたが、そろそろ落ち着いて後進の指導にあたるよう、オネー様に叱られて渋々了承した。もっとも、この街に行政と呼ぶような仕事はない。せいぜい公共工事の音頭を取るくらいか。
リーダーの役目を終えたオネー様は、他の隠居組と同じく子守り役を始めた。具体的には語り部と言い換えてもいい。
まだ文字のないリコピンシティは口伝が重要な教育になる。文字がないから記録が正確ではなく、農業のサイクルが未だにグダグダなどの障害もある。
ヨセターゲッテの知識を参考に一応文字の開発は始まっているけど、完全に新しいモノを作るのは時間がかかる。
そして口伝だから、伝言ゲームだから、旧リコピン村の歴史は壮絶に怪しい。
「今日はー、そうじゃの、みんな大好き初代様の話をしようか。実は初代様には謎が多い。名前すら伝わっておらん。ワシの名も誰も憶えておらんだろうからリーダーはそんなもんか」
今日はセナたち男の子だけでなく女の子も集めてオネー様は語り始めた。
「謎というなら歴史は謎だらけではある。ご先祖様たちは放浪していたっぽいんじゃよ。リーダー不在の集団が、どうして安住の地を求めて彷徨ったのか、そこに至るまでになにがあったのか、今となっては誰にも分からん」
「おいおいだいじょうぶか。あまりふかいりするとヤツらに目をつけられちまう」
「れきしのやみにはヤツらがひそんでいるからな」
クウとハクの小声ボケは静かな間に大きく響いたけどスルーしてもらえた。女の子たちの視線が少し刺さるが。
「初代様は唐突に集団の前に現れた。成人の姿で、誰にも理解できない言葉を喋り、誰にも理解できない知識があり、異能のチカラをふるった。結局は強い者がリーダーになる。ひととなりも悪人ではなし、カタコトの会話が通じるころには慕われて、集団をまとめて一人一人を強く育てたらしい」
「つよくって? みんなはよわかったの?」
「らしいんじゃよ。そのころは強くなる方法が常識ではなかったらしい」
オネー様は咳払いをひとつして、低い声音で見得をきった。
『お遊びと違って現実はな、格下と戦って得るものなんて無ぇんだよ。毎日アリを踏み潰して溜まる経験値なんて無ぇ。そんな生き方じゃ強くなれねぇ。むしろ弱い者イジメは品位が下がるレベルダウンって見りゃ分かんだろ。レベルアップしたけりゃ知恵熱出すまで頭を使え。一撃もらえば死ぬ恐怖に震えながら前に出ろ。格上と書いて壁と読む。レベルアップ、壁を超えるってそういうことだろ?』
ちなみに強くなる方法はリコピン以外でも常識ではあるけど、実践できるかどうかは別の問題になる。強者と戦って生き残り続けたら強くなるって、それ、例えば日本史だと塚原卜伝や宮本武蔵や斎藤一のことです。そりゃ現実のレベルアップはそういうことだけども。初代村長の一番のやらかしは周りを焚き付けたココかも知れない。
子供たちから拍手をもらって気を良くしつつ、オネー様は声を戻して続けた。
「食料を得る狩りは戦いではない。狩りに毎回命をかけていたら早死にする者だらけで全滅する。だから生きるための狩りは安全第一がいい。しかし自分がそうしたように、いつか自分が格上に狙われる時がくる。その時狩られるのではなく戦って倒したければ研鑽は怠るな。これがリコピン村の基本方針になって、一人で狩りをできるようになったら一人前とみなされ、一人で狩りをするためには一人で森を探索できる強者にならなければいけない、という考えになったわけじゃな」
要は剣聖の量産。初代ェ。
「先程も言ったように、ご先祖様たちに何があったのかは分からん。ただ、どうも逃げ回る弱者だったらしい。だから初代様の言動に全員惚れた。逃げ腰を否定されて終わりじゃない。戦う術を与えられて誇りを取り戻してくれた」
「まさにカリスマ」
「そうじゃな。そして村長のポジションを決定付けたのがこの土地に辿り着いた時じゃった」
オネー様は重苦しい声音で抑揚をつけて歌うように語りだした。まるで吟遊詩人、もしくは琵琶法師。子供たちは茶化すこともなく聞き入った。
かつてこの辺りは濃い魔力が漂い、最強種の幻獣アースドラゴンの縄張りだった。初代様とドラゴン、対峙すればどちらかが、あるいは両者相打ちの死闘が始まるは必定じゃった……。
「いやないないない」
「おぉー、ドラゴン程度では死闘にすらならないと」
「なんてタフな漢だっ」
「ねぇ聞いて?」
森に入って間もなく、木々が一直線に吹き飛んだ。
驚き後ずさる初代様率いる集団の前に、巨体に似合わない俊敏な動きで突然現れ立ち塞がるは神話級の怪物アースドラゴン。
縄張りに侵入した不埒者を即座に発見して追い払いに来る神経質な態度、至近距離まで迫って睥睨する眼差しはやや小物感が匂うが、ドラゴンはドラゴン。人の敵う相手ではない。ましてやタイマンなど正気の沙汰ではない。
「は? タイマン? キミタチナニヲ逝っちゃっテルノ」
「おぉー、これはアレか? アレ言ってるのか?」
「オレなんかやっちゃいましたw」
「かぁー、戦う前から舐めプ宣言頂きました」
「「「ゴチでーす」」」
「え、ナニコレ? 言葉の壁がハイジャンプ」
初代様は意味の分からない言葉が多い。周りの者はすっかり慣れて、いちいち聞き返さない。分からない言葉はカリスマ補正に任せて好意的に受け取ってあげればなんでもオーケーなのだ。
「いや道を訊ねる外国人を褒めちぎっても何も解決しないからね、ってウヒャあ」
舐められていると感じたドラゴンが大きく口を開けて弾丸のように首を伸ばした。
初代様の上半身が食われた。野次馬にはそう見えた。しかし初代様を信じ切っているみんなはそう見えているだけと知っている。
「おやおやドラゴン様はカスミを食べる仙人でしたか優雅ですねぇ」
「ちょっ、外野が煽るのやめて?」
初代様は残像の下で背中を地面に寝転ぶと、上を通り過ぎるドラゴンの首めがけ、両手と全身のバネを効かせて蹴り上げた。
虫けらサイズのくせに反撃が想像を遥かに超えて重く、ドラゴンは軽い脳震盪とむち打ちに混乱した。
その隙を初代様は見逃さない。死なない精霊やアンデッドに無駄な物理一辺倒ならともかく、基本的に殺し合いは一瞬で終わる。相手が頑丈なドラゴンでも、だ。
「こいっ、ミリオンワンワンチャン」
初代様が天空蹴りのモーションも終わらないうちに両手を重ねて印を結ぶと、周囲にいくつもの魔法陣が浮かび、大人を余裕で乗せられそうな巨大な狼が次々と飛び出してはドラゴンに噛みついたり引っ掻いたりした。百万は大袈裟だが百匹は登場した。
どの狼も一様に艶のある黒い毛並みをなびかせてドラゴンを静かに見据える。
これがワンマンアーミー、黒犬騎士団の異名の由来。並の人間より知性を感じるブルーアイに統率のとれた集団行動はまさに正規軍。
ドラゴンは無数の連打を浴びてさらに上空に仰け反ったが、牙や爪では鱗に守られた身体に深いダメージを与えることは出来なかった。
それでも数の暴力に狼狽え、距離が開いたのをさいわいに、出し惜しみなく必殺技を選択した。
人類に絶望を贈る魔物最大最強の理不尽、ドラゴンブレス。
虫けらが足をコチラに向ける不思議な格好を残虐な瞳に映して、ドラゴンは緩やかに、これみよがしに鎌首を上向けて息を吸い込んだ。来るっ。
「いかん、逃げろぉ」
「くそっ、ここまでか」
「待て、あの人のポーカーフェイスを見てみろよ」
「こんな時でも冷静とか、くわぁーっ」
「プロや、戦闘のプロがおる」
「……」
カリスマ補正を外すと虚無顔ともいう。機動力を失う空中は悪手。初代様が編み出し熊の武ーさんに受け継がれるすり足の歩法に繋がる。が、それはのちの話。上空、足を向けた先からドラゴンブレス三秒前、現在スローモーションで宙を降下中、ブレス前に着地はするが回避は間に合わない。かつてこれ以上の絶体絶命があっただろうか、いやない。
アオーーーーン
そして真に頼れるのはワンちゃんたちだった。百匹近くの半数が一斉に宙に遠吠えをすると、初代様の足からドラゴンの頭にかけて何重もの魔法陣が現れ光輝いた。
残り半数は口から魔力の紐を発射、初代様の両足首に絡みつく。そして即座にドラゴンの左右に跳躍した。
「え、嘘やん」
初代様のポーカーフェイスが崩れて修羅の決意がっ。
股間からコンニチワでリトル初代様が死なないようありったけの筋力で股を閉じ、衝撃と大気摩擦でリアル初代様が死なないようありったけの魔力で足下を中心に全身を防御。
膨大な魔法陣のトンネルを潜り、加速、増幅、電磁波変換、重力逆転、時空圧縮、狼の応援肉球などなど、あらゆる理不尽を身にまとって人間レールガン、ファイヤー。
「ないないないないないなーい」
カリスマ補正とドップラー効果グッジョブ。
「エンジョイ&エキサイティング」
「ここで座右の銘をっ」
「なんてタフな漢だっ」
「アンタ……、最高だよ」
「……のちに村人たちが呼んだ名は、真・スカイラブハリケーン・惨。ドラゴンは跡形もなく爆散し、初代様は第二宇宙速度(秒速約十一km)を超えて青い月まで飛んだそうな。この歴史の教訓は、戦いだとしても戦利品ナシはツラタン。折角のドラゴン素材が……、勿体ない。みんなも狩人としての基本は外さないように」
「「「はーい」」」
リコピンシティの歴史は、活劇と言ってもいい。




