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冬至4-1 黄昏の予感



 リコピンシティから東へ東へ遥か遠く、一万キロメートル弱は離れた台地に広がる樹海。本格的な冬を迎えて下界は冷たく乾いた風が流れているけど、台地の上は一年を通して気温の大きな変化はない。うっすらと四季はありつつ常緑樹が中心の常春の楽園。現地民が愚痴る欠点は湿度が高く虫多め。だから洗濯物は魔法で乾かす。干すのは無理。特に夏場は生乾きの匂いとカメムシホイホイの絶叫コンボらしい。


 主に旅するエルフが対外的に呼ぶエルフの里の名はウルフレイ。自分たちの間で使うことはほとんどない。自分たちの集団を国家として捉えていないし、他国と交流もしないからウルフレイという名称を意識することがない。自分たちはエルフ、というまとめ方で足りている。


 エルフは大きく十二支族に分かれ、部族ごとにさらに小さな集落を無数に作り、樹海の浅層に散っている。森の外周は実りが少なく、奥は危険度が上がる。ほどほどの好立地を巡って身内同士の諍いはあるっぽいけどそれはそれ。各部族のリーダーというか名誉会長みたいな、普段はユーレイ部員のくせに肝心な時だけ邪魔なポジションのトゥエルブンは大きな集落に居を構えている。


 古老のひとり、ホットコフィン・トゥエルブン・クロックロック・アーミナーシャは自宅の天幕を出て、(やぶ)や草露に適さないスカートのまま気もそぞろに森を散策し、霧のような雲が流れて晴天の覗く一時、 目の前の立ち枯れた大木に寄りかかって空を仰いだ。


 腰まで届く茶金の長髪はウェービー。白磁の肌は長く見ていると石膏像に変わってしまいそうな儚さに透き通り、長い睫毛越しに濡れる深翠(ふかみどり)の瞳は憂いに沈む。

 絵になる。純情な少年が見たら初恋待ったなしのモデルと構図。もっとも、外見は絶世の美女だが作り物めいているというか、生気がない。


 ただしこれでも最近は人間味が増しているほうではある。本人は歓迎していないけど。

 途方もない時代(とき)を過ごす過程で喜怒哀楽はすり減った。

 そんな彼女が日に何度目かも分からない重いため息をつく。


 アーミナーシャは幹に背をつけたまま腰を落とし、盛り上がった太い根にまたがるように座った。

 かれこれ一年は鬱々としていて、いい加減なにもかもに嫌気が差す。

 原因はアイツ。ソートマワリ・トゥエルブン・テルルルンドゥ・カレオチタ。

 長い年月の中でいつの間にか認識が歪んでいた同輩。


 確かに自分の記憶も古すぎて変質している自覚はある。今はいない友人知人の姿形、エルフ全体が今みたいに淡白ではなく情熱があった時代などなど、明らかに美化されている。

 でも、それでも、絶対に忘れてはいけない暗黒歴史がある。



 私は神代から生きているけれど、始まりがどこかは知らない。

 世界の成り立ちを説明してくれる神はいないし、世界にそんな都合の良くて胡散臭い自称神は必要ない。

 でも神ならいた。何も語らず、こちらの都合に合わせもしない、ただそこに存在する世界樹、ユグドラシル。

 私は神代から生きているけれど、世界は私から始まったわけではなく、普通に両親がいて、周りにエルフがたくさんいて、途方もなく巨大な台地の上の、途方もなく広大な樹海の一角を切り拓いた集落に暮らし、いつも視界には超常的な巨木が映った。


 幹から見上げると視界が完全に塞がれる。どのくらい大きいのかも分からない。普通の木の上から見渡す限りの広さが影に覆われるはずなのに、暖かい陽射しが降り注ぐ。まったく意味が分からない、まさに神と呼ぶに相応しいデタラメな存在だった。


 何度見ても縮尺の感覚が狂い、自分がアリのように感じてしまう。滅多にない、ものすごく空気が乾いて澄んだ夜の、満天の星空をひとりぼっちで見ている時に似ている。そう、何故か夜空が見れた。今思うと不思議だけど、あのころの私は世界樹の下に星が光るものだと疑問も感じなかった。


 世界樹の周りは魔力の濃度が高いのに、魔物は寄り付かなかった。マンドラゴラやユニコーンといった、魔物かどうかよく分からない、とりあえず人に害はないものは寄り付いた。

 世界樹の周りは平穏が約束されて、エルフの黄金時代だった。黄昏に落ちるきっかけはなんだったのか、永い永い時の中で何度も自問したけど分からない。


 気付けばエルフの態度がおかしくなっていた。世界樹を敬い、崇め、世界の中心で守ってくれていると感謝していた……、はずなのに、表面上は変わらないふりをしつつ、やってることは世界樹を便利な道具扱いしていた。


 葉は万病に効く薬になる。枝は最上の弓と杖になる。樹液は魔力と親和性の高いコーティング剤になる。実は天上の食料になる。そして本体は最強の砦になる。落ちた葉や枝や実を拾って加工する。樹液が垂れていれば昆虫と仲良くシェアする。そんな伝統がいつからか変わって直接採取するようになり、遠慮がなくなっていき、幹をくり抜いて内側を住居にするようになった。


 三百年……、あるいはもっとか。エルフの人口は数える気も起きないほど増え、世界樹は見るも無惨に穴だらけになった。ウロ、なんて自然の穴ではなく人の手で抉られた傷跡。

 当時は今こそがエルフの黄金時代と豪語する者が大半だったけど、それ以前を知る私には不快だった。宿主と共存する気もない寄生虫、最悪に醜い。でもそういう少数意見を、しかも当時すでに若いエルフからは年寄り扱いされていた私が口にしても反感を買うだけと諦観していた。せめてもの抵抗の意思表示として、少数意見の者は世界樹から離れた場所に家を建てた。


 そしてある日突然罰が下った。あの日の光景は網膜に焼き付いた。


 とてつもなくゆっくり歩くと、それを見ている他人は歩いていると認識できない。あの時の世界樹と、そこから数百年前の世界樹と、二つを絵に描いて見比べたら誰でも気付ける変化が、あの時の誰も気付けなかった。

 

 いつからか、不思議でもなんでもなく、幹から空が見えた。

 樹液が採れなくなった。それを愚痴る者は無数にいたのに、それが何を意味するのか誰も指摘しなかった。


 私の視界いっぱいに映る世界樹がぺしゃんこになった。世界樹よりさらに大きい視えない巨人に踏み潰されたように、一瞬で地面に、いや、地中にまでめり込んだ。

 

 ほとんどのエルフは巻き込まれて潰れた。私のような世捨て人と陰口を叩かれる者、狩りや散策、他所の地域との交易に出かけたなど、たまたま世界樹から離れていた者だけが生き残り、あの光景を目にした者は等しく正気を失いかけた。


 何が起きたのかしばらく処理できなかった。始めに空が悲鳴を上げたと感じるような、ナニかが軋む音が響き渡り、嫌な予感に青ざめながら出処がどこか探そうとした矢先、生まれた時から当たり前にあったものが消えた。おびただしい数の同胞の命と共に。一瞬とはいえきっとあの時全員狂った。悪夢に違いないと笑いながら内蔵を吐きたい気分だった。


 現実の悪夢は続く。

 世界樹は粉々に砕け散り、クレーターに変わった。今は湖にでもなっているだろうか? 確認できないししたくもない。

 世界樹のあった場所、樹海の中心は自分の死に気付かないアンデッドだらけだから。もとより永遠を生きるエルフ。ひょっとしたら今も彼らは普通のエルフと思い込んで樹海を徘徊しているのかも知れない。


 安らかに眠ることもできない、数える気にもならない数の同胞の悲惨な末路を目にし、生き残った私たちはしばらくむせび泣き、もうなにもない空に向かって、本当は誰もが気付いていた世界樹との関わり方を懺悔し、途方に暮れ、もうここにはいられないと区切りをつけられた者は離れた。つけられない心の弱い者はアンデッドの一員に加わった。


 世界樹が消えて、魔力の濃い地に強い魔物が生まれたり集まってくる。樹海の中心は最も危険な場所に変わり、そうでなくても私たちは罪から逃げるように外周に移住した。


 この話をあとの世代に語り継ぐかどうかは意見が分かれた。私は教えるべきと思った。今も思っている。歴史は同じ轍を踏まないためにある。歴史から教訓を学べない者は過去の誰かと同じ過ちを繰り返す。

 しかし、隠すべきという意見のほうが多かった。


 『エルフは傲慢によって自滅した愚かな種族。そう自虐する未来は明るいのか?』


 一理はある。一から生活基盤を作ろうと必死だったあのころ、当時はもう疲れてアンデッドになってもいいかとやけを起こす手前の人だらけだったし。ネガティブな話題を避けたい心境はよく分かる。

 だから歴史を隠す方針には同意して、代わりに二度と同じ過ちは繰り返さないよう、自然と共生するスタイルの尽力に同意させた。


 上手くいった、つもりだった。エルフを健やかな方向へ導いたつもりだった。

 後ろ暗い過去を全員黙ったから、共有しなかったから、記憶が改変してしまう者がいるなどとは想像もしなかった。


 リコピンシティ、と言ったかしら。


 アーミナーシャは報告を思い出した。世界樹が発見された街とのこと。そことここは急いで旅をしても半年かかる距離が離れている。

 とりあえず暴走だけは防ごうと、まずは冷静に情報収集でしょうと説得したけど、往復にかかる一年が経った。

 なにやら都合の良い思い出に変えてしまった彼がなにをしでかすのか、そして自分はどうすべきなのか、彼女は連日クセになってしまったため息をついた。


 物思いにふけっている間に真っ赤に染まった空。冬茜は吉兆か凶兆か。



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