処暑4-1 アンデッドにならざるをえない
濃い緑に紅に、茶色に黄色、桃色藤色露草色。
一年で最も目に鮮やかな季節。
リコピンシティは絵の具を撒き散らしたような色彩に包まれていた。
大自然の店じまい感が賑やかな秋。
野原をメインにしつつ、道ばたにも咲くピンク系のベゴニアやナデシコもそろそろ見納めだぞと散歩を楽しむ住民にアピールしている。
芸術と秋になにか関係があるのかは不明だが、多くのリコピン住民が閃くままにわがままにファッションを創作しては着飾った結果、他の方面にもデザイン性の革新が波及してきた。
魔力を使ってあとから加工できる、というお手軽な常識がズルい。例えば建物。石の壁に渦巻き模様だの棒人間の集団が恐竜を襲う拙い絵だのはまだ可愛いほうで、素焼きの原寸大の松を四方に生やした家とか、屋根に枯れ草を凝縮して作ったトサカの生えた家とか、黎明期はそんなものとはいえ、全員が一斉に迷走して景観がカオスを極めている。
他に家具や食器や武器など、より多くのいいねを求めて改造が留まるところを知らない。
きっと過熱が収まれば原点回帰する。今は見た目重視だけど機能性重視に落ち着く。良識ある一部の大人はそう楽観しているからまだ熱は続きそう。
とはいえ眉をひそめる者のいない、成功した発明品もちらほらある。
女の子が喜んだ物は人形、またはぬいぐるみ。このあたりもまだ黎明期のごちゃまぜが激しくて区別が難しい。木で作った木の魔物、ミニチュアトレントとか、とりあえず作ってみたという物だらけ。
魔力の素養に性別は関係ない。子供は魔力を使った加工を遊び感覚で楽しむ環境も相まって、女の子の間では空前の着せ替え人形ブームに沸いていた。少ない魔力と材料でもドールハウスのような小道具は作れる。友達と材料やアイデアをシェアして作れる。完成品も友達とシェアしてごっこ遊びがはかどる。ハマるに決まっている。
もちろん人形なんて売ってない。店がない。まずお金がない。作るところから始まる。誰が? 素養はともかくモノづくりの好みに性別は関係ある、かも知れない。女は合理的。自分で作れるならそれに越したことはないが、上手い人がいるなら任せればいいと考える。男はロマン信者。泥団子や森に落ちているただの木の棒のように、意味も実用性もなくてもナンカイイカンジの物に夢中になる。
じゃあ男が作れよ、となる。センスが問われるような、人任せでは納得いかない物があれば自分で作るとして、自分より上手いと思う人がいれば任せる。おそらくはモノづくりの分野に圧倒的に男が多い理由。
そうして女は男を転がす術を磨き、歯が生え変わる時期に入って前歯が抜けてバカ可愛さが増したセナも、さらに幼い妹に転がされた。
「にいちゃ、ニンギョー、つくって」
舌足らずにおねだりされたら持てる力の全てを注ぎ込むしか。頼られずにいじける父を尻目にセナ、生まれて初めて限界に挑戦する。
まずはガワの作成。母、アガサに自然な姿勢で立ってもらい、セナは指先から極小の魔力の糸を無数に伸ばした。
日々活発に遊び回って神経網は発達しているけれど、それでもまだ身体が出来上がったとは言い難く、指先が器用になるのはもっと時間がかかる。子供のモノづくりは魔力頼み一辺倒になる。
無数の糸をアガサにメッシュ状に張り付けて型を取る。魔力だから肉眼では見えないけど、やってることは骨折患者にギプスをはめる工程ぽい。
アガサの表面を覆ったら固めて、頭から足下まで横に割って身体の前と後ろ、二つのパーツを作る。
あとは型の内側を魔力の網で覆っては固めて、を繰り返して、全長十五センチメートル、十分の一スケールのアガサの型が完成。
「ほぉぉ、しゅごい」
妹、トナの称賛に頬を緩めながらセナは作業を続ける。トナがいつもより舌足らずに喋っているとか気付かない。コロコロコロ。
歯ブラシに使われる植物をアツゲショウという。茎を乾燥させるとゴムのように柔らかくなり、武器の握りや水筒のパッキンにも使われる。
この茎の表面を削って何度も何度も無数の糸で巻き切り、半液体のドロドロになったら型に流して乾燥するまで放置……、するほど根気強くないから魔力で水分を抜く。
少し抜いては型に圧をかけて表面が歪まないように注意しつつ、完全に乾燥する前に二つの型を合わせて空間魔法も使い、空洞になった内側から全方位に圧をかけて乾燥させて、ビミョーに緑がかった半透明のフィギュアの出来上がり。ソフビに近い。
あとはポアロが作って備蓄してある、濃い茶色に染めた木綿の糸を一本一本頭に植えて完成。
まあまあ。まあまあ。本当は目や色もつけたいけど、目の細工は難しすぎるし、肌色の着色は発見すらされていない。カラフルな自然の中にも見当たらない。
子供の工作としては常軌を逸しているレベルだしトナも普通に喜んでくれたけど、セナとしては思い描いたイメージには届かなかった。
それから数日、セナはトナの要望を聞きながらミニチュアの服や小物作りに励んだ。
トナは初めてといっていい兄を独占できる機会にすっかりご満悦。セナもモノづくりの楽しさにどハマリして、そんな兄妹を両親は優しく見守っていたけど、穏やかなリコピンシティに珍しい事件が発生した。
「キャオルが帰ってきたってよー」
住民はほぼ全員起床しているけどまだ早朝の時間帯、近所から誰にともなくかけられた大声にアガサは首を傾げた。
「誰?」
知らない人だから新住民なのは分かっているけど、狩りに出かけて帰りが遅くて心配されたとかって事情も想像つくけど、なにやら他の区画でも誰かが大声で伝えていそうだし、そんなに大袈裟に騒ぐことか? アガサは困惑した。
ちなみに不特定多数に情報を伝える役目は元リコピン村の必勝ウグイス嬢スキマだったけど、大きな街になって流石にお役御免となった。今は人が集まってからの司会や実況を請け負っている。各区画にいる声をかける人はなにか? カメラ前までダッシュして勝訴の紙を見せたいタイプはどこにでもいる。
「確かー……、リコピンシティのカラス細工師、だったかな。光り物中心にアクセサリー作ってたから女性は結構依頼してたっぽい。なんで俺のほうが詳しいんだろ」
ポアロが説明してから自分にツッコんだ。おしゃれに真剣なのはもっぱら未婚の、つまり若……、だからポアロもそれ以上は踏み込まなかった。地雷を踏みやすい体質だけどノンデリではない。
「ちょっと気になるし他のみんなにも挨拶がてら行ってくるわ」
「ああ……、うん。行ってらっしゃい」
何故か留守番と決められて、強く反発することでもないからポアロは受け入れた。セナとトナの手をそれぞれ繋いで出かける妻を見送る夫の背中が煤けている。
他の住民の流れを追って広場につくと、百人は越える野次馬に囲まれて、ひとりの男が地に組み伏せられていた。
その男の薄汚れて緑がかった肌を見てアガサは理解した。
「なるほど帰ってきた、ね」
誰が見ても一目で分かる。男は死んでいる。腐乱まではいってないけど、死後数日は経っている。
おそらくは深夜に街に来て見張りに発見されて、住民が起きるまで待たされていた、というところか。
セナは、そして当然トナも初めて見る動く死者、アンデッドに目を白黒させている。
見世物状態ではあるけれど、野次馬から嘲笑だの憐れみだの蔑みだのといった昏い感情は向けられていない。
話は通じず生前の知性理性は感じられない、野犬より上くらいの危険度だから男二人に取り押さえられてはいるけど、すぐに始末してしまえ、といった類の暴力的な考えはないらしい。
なんなら「アンデッドになっちゃうくらい故郷が恋しかったんだねおかえり」とかハートフルウォーミングな空気すら漂っている。
アガサは近くにいた知り合いに訊ねた。
「ご家族は?」
「子供が巣立ったあとは別れて独りだったみたい。あ、あそこで眺めてる人が息子さんっぽいわね。なんで引いてるのかしら」
夫婦の別居や離婚は特に珍しくはない。従来は仲人がノリで選んで当人たちもノリで受け入れるから失敗は多く、解消は互いの同意だけで即刻成立する。集落にとって結婚は子作り、人口維持の意味があるから流石に結婚してすぐ離婚とか、閉鎖社会の和を乱す真似は慎むけど、別れ話がこじれることはほとんどない。前提が恋愛感情の結びつきではないカップルが多いから、朝日が目に染みるほどスーパーにドライ。
やや遅れてカシラ到着。この名称は馴染みがなくてまったく定着しそうにない。オネー様呼びがデフォだから誰も気にしないが。
「元ルテイン村のキャオルか。惜しい人を亡くしたが帰ってこれてなにより。声をかけておやり。終わったらひとおもいに眠らせて弔ってあげよう」
「えーとオネー様、あの、なんつーか、変、なんス。親父ってこうなるイメージがないっつーか。なぁ? おふくろ」
「そう……ね。他人どころか家族にすら無関心って人だったわね。気難しい職人肌だから息が詰まって離れたけど、それも頓着しなくて。そんな人が人里恋しくてアンデッドって違和感しかないわね」
カシラの言葉を聞こうと周囲が黙ったせいで会話全部が誰の耳にも入った。
キャオルも聞いて理解したかは謎だが、しばらくおとなしかったのに急に暴れ出した。
「もしかして家に帰りたがってないか?」
野次馬の誰かが言った言葉に全員納得した。確かにそう見える。
しかし暴れるアンデッドを放すわけにはいかない。やや腐臭を放つ両腕を拘束されたまま、キャオルは自宅に連行されて、暇を持て余した野次馬もついて行く。
自宅が見えてくると、何故か今度はイヤイヤと首を振って両足を踏ん張って抵抗する拒否ゾンビ。なんなんだ一体。周囲は不思議がるも意思疎通なんて無理だから強引に引きずられた。
そして同じく放すわけにはいかないから有志に囲まれたキャオルが自宅に入り、外から野次馬が見守る中、しばらくして屋内から有志一同のドン引きした悲鳴が上がった。
こころなしか先程までより厳重に拘束されたキャオルが外に出て、野次馬の見守る中、有志のひとりが両手にひとつずつ持った人形を掲げた。
この環境にしてはという但し書きがつくが、精巧な美少女の着せ替え人形。ありていに言うとR18。
「中……、メッチャあった」
人形を持った有志がげんなり言うと、周囲からうわぁとざわめきがハモり、キャオルは電池が切れたようにうなだれて止まった。
セナを含めてほんの一部の人は一瞬、キャオルの身体からキャオルのようなナニかが、首を掴まれた猫の子のような姿勢で上空に浮かんで消えたのを視た。
文化や価値観は時代や世界によって多種多様。でも死ぬに死ねない男の事情は古今東西共通らしい。




