小雪3-1 残念だったリアルエルフ・真打
リコピンシティから東へ東へはるか遠く、一万キロメートル弱は離れた地に広大な台地がそびえ、上は隙間なく緑があふれて樹海と成している。
台地の面積は軽く五十万平方キロメートル。伝える気が一切ないモノに置き換えると週刊少年誌を縦に並べて多分十兆冊。ネタと化しているだけのモノに置き換えるとドーム球場約千六十万個。少しは伝わりそうなモノに置き換えると日本列島の1.5倍。始めからそう言え。
台地の周囲は数百から最大千メートルを越える断崖絶壁。山脈まで内包して水源は豊か。朝など少し冷えると森の中を霧のように雲が通り、滝のように崖から流れ落ちる。自然が造ったダイナミックな景観。下界を見下ろす天然の要害。
なるほど、こんな森に暮らすエルフは、自分たちが超常的な存在に守られた特別な種族と信じて傲慢にもなる、のかもしれない。
ちなみに当然の話だがこの世にまだまともな地図はなく、大陸の形も配置も誰も知らない。人々にとって『世界』とは自分が数日歩いて回れる程度の土地であり、その外は文字通り人外魔境と怖れる。
そんな中、足の向くまま放浪する者の多いエルフは地理に関して他種族より抜きん出ている。さらに上をいく旅好きなグラスランナーと呼ばれる小人族もいる。ちなみにもっと気の向くままに放浪するケット・シーと呼ばれる妖精族もいるけど、地理に興味はない。猫だから。
エルフはかつてのリコピン地域のように少人数の集落をいくつも作り、樹海の中で狩猟採集を営み暮らしている。森を切り拓くことすらしないほど自然との共存を徹底している。いい感じの距離の木と木の間にロープを張り巡らせて、目の荒い麻布で覆い、さらに蔓草を何重も被せる独特の住居文化を築く。風通しと防水を工夫しないと湿気がすさまじいから。
樹海は庭、という親しさとは少し違う。樹海の大半は魔物が跋扈する危険地帯だから、エルフの生活圏は外周の一部、ほんのわずかではある。もっとも、エルフに限らず人間や他の種族も同じ。魔境秘境は避けて比較的安全なエリアを生活圏にする。世界は人類のものではない。
そのエルフたちは最近浮足立っていた。
きっかけは数年前、全てのエルフが、あるいはもしかすると全ての生命が、異常な魔力を感じた。それこそ『神』が降臨したと言われても信じられるくらいの。
そしてエルフにとっての神とは世界樹である。
エルフには寿命がない。外見は二十代までは普通に成長し、そこからは永遠に変わらない。リコピンと違って無理のない『オネー様』がうじゃうじゃいる。
ただ、精神まで永遠に生きられる構造かというと全然そんなことはなく、ほとんどのエルフは千歳未満で疲れて実質的な自殺をする。ポピュラーなオチは樹海の奥深くに旅立つ。
退屈は神をも殺す。代り映えのない日々が何百、何千年も続けば精神が死ぬらしい。
変化を求めればいい? 例えば現代も残る原始的な部族というものを想像すると分かりやすいが、人の集まりは野心さえなければああなる。少人数で千年でも二千年でも変わらない暮らしを続ける。
金でも権力でも宗教でも理由はいくらでもあるが、他所を征服したい野心を持つから、あるいは食糧難を筆頭とする問題の解決策として他所から奪おうとするから、そしてそういう歴史の結果敵を作って攻められる恐怖があるから、集団はより大きくより発展を目指すわけで、普通に生きる場合は変化を求めて競争なんて面倒なことはやってられない。
リコピン村は娯楽の一種として発展が始まり、リコピンシティに膨らみはしたけど、誰も国家に成長させる気はない。エンジョイ&エキサイティングの訓辞が実は最も重要とか、流石は伝説の初代様。
エルフが同じ道を進まないのはセナのようなきっかけがないのと、時代を先取りしすぎたリーダーが不在なのと、年功序列で見た目は若いまま永遠に指図する年寄りという超絶老害のせいらしい。
永遠に生きられるらしいと推測できることから分かるように、全てのエルフが早めにリタイアするわけではなく、神話の時代から生きているエルフが十二人いる。総人口一万人程度の中の十二人は多いのか少ないのか答えはでないけど、とりあえず彼らはトゥエルブンと呼ばれている。トラブルンと陰口も叩かれている。トラブルンダークネスといじられてもいる。えっちぃエロフはいない。
トゥエルブンは語る。暦がないから正確な年数は不明だけど数万年前(※多分桁を間違っているけど自覚なし)、この樹海には世界樹という雲をつき天を覆うほど巨大な木が屹立していた。
生命を感じるモノの中で最も長命らしきモノ、木の頂点が世界樹。同じく長命であるエルフの祖はこの木から生まれた。そう信じるほどエルフは世界樹を敬い、共存共栄していくと思われた。
しかしある時、世界樹は朽ちて、始めからなかったかのように消えてしまった。
原因は分からない。エルフは嘆き、過去を懐かしみ、世界樹消えしのちの世代のエルフは古老の話を聞いて幻想を抱き、誰が言い出したのか、いつかきっと世界樹はどこかに現れて、またエルフと共存する日を夢見ている、そう夢見るようになった。
旅するエルフが一定数いるのは、刺激のない暮らしに飽きて刺激を求めて、という理由が大ではあるが、もともとは世界樹探索の意義がある。そしてここ数年はそっちが本命に代わった。異常な魔力の波は西から広がるように感じた、という漠然としたヒントを頼りに多くのエルフが旅立ち、ついに世界樹発見の報がもたらされた。
「そうか、身体強化をかけて健脚にものを言わせても片道半年か。遠いとは思ったかそこまでとはな。よくぞ見つけてくれた」
ケイシュフツ・カランコロプス・テルルルンドゥ・ハッファンは無言でかしこまって敬礼のように頷いた。
胃が痛い。内角をえぐるように痛い。樹海の一角、ひときわ大きなテントの中で、ケイシュフツはひとり目の前を半円状にトゥエルブンに囲まれて緊張が限界突破しかけていた。本人的にはワンミスで火炙りされる異端審問と同列になる。
数日前に帰還して報告は終えたのだが、数日かけて樹海の各地から集まった古老の前でもう一度質疑応答させられている。
ケイシュフツにとって今回の事態は踏んだり蹴ったりだった。
世界樹探索の任を帯びて西へ旅立ち数年、同様のエルフは無数にいるのに自分が見つけた時はなんかもうドリームなジャンボに当たったくらいイキそうになった。
明らかに存在感が神懸かっている巨木。出会えた興奮と、まるで敬意を感じない現地民への憤り、さらに言葉の壁のもどかしさが綯い交ぜになって、今思い返すと我ながら頭おかしい人格に変わった。
精霊が視える、声が聴こえるなんて、どうして嘘をついたのだろう? 現地民を屈服させたい欲求から暴走した、という感じだろうか。
おそらく、本当は姿を視たことも声を聴いたこともない精霊を信じていなかった。信じているつもりなだけで、信じきれていなかった。
一瞬視えた、アレが本物の精霊様。思い出すだけで膝が震え、腰が抜けそうになる。
そして今でも毎晩のように悪夢にうなされる、怨敵に飛び掛かりそうなあの眼差し。知覚できなかったとはいえ神の御前で恥知らずな嘘をつき、罰されるとは。穴があったら入りたい。
穴といえば……、いや、何もなかった。何も憶えていない。
気絶から覚めると街の外に放り出されていた。薄情だと現地民に怒る気力もない。むしろなんかいろいろ……、見なかったことにしてくれて感謝。
なにはともあれ帰還を急いだ。この世は魔境だらけ。森を迂回し、渡れそうな浅瀬を探し、隊商に混ぜてもらって岩石砂漠を越え、時にはヒューマンより強大といわれる魔力のゴリ押しで難所をクリアして、半年かけて仲間たちに伝えることができた。
本心は隠したい。そりゃそうだ。あんな失態、誰に蔑まれなくても自分が許せない。
全てのエルフが永年恋焦がれてようやく出会えた神にファーストコンタクトをミスって敵対心を持たれましたとか、たちの悪い冗談にもほどがある。俺がトゥエルブンだったら魔力全開の助走をつけて俺をぶん殴るね、間違いない。
隠したいけどあんなに目立つ木、森に隠したって無駄だ。遠からず他のエルフが見つけるに決まっているし、その時先日の自分と同じかもっとひどい態度をとることが容易に想像できる。それだけは絶対にダメだ。一度目は、俺はひと睨みで許された。二度目はない。
だから同じ轍を踏まないよう、恥を忍んで正直に報告した。
質問もそこに切り込んできた。
「精霊様の意思を汲み取れる我々エルフが世界樹を管理すべき。そう主張したら他ならぬ世界樹の精霊様が現れてひと睨みで気絶した、と」
ケイシュフツは口の端をキツく結んで頷いた。
「……愚かな。我ら神代から生きているエルフにとっては精霊様の実在など信じる信じないではなく分かりきったこと。だから精霊様に関する言動はどれだけ慎重であっても過ぎることはないのに。若いエルフにもっと忠告すべきだったか」
「まぁ待て。済んだことを責めても不毛ぞ? 大体そこの若者の主張は何も間違っていない。世界樹は我々が管理すべき。当たり前ではないか」
「なっ!」
「さらに現地民も快く譲ると言ったのであろう? 凡人族にしては道理を弁えておる」
「おいっ! 言動は慎重にと今言っただろう。自分が何を言っているのか分かっておるのかっ」
「もちろん分かっておる。世界樹をどういう手順で確保するか、という話だ」
ケイシュフツは総毛立った。アレ、もしかしてコイツヤバくね? 気絶直前の俺と同じこと言ってね? あの神様は人の手に負えない。まぁだから神と呼ぶんだが。俺は視せられて畏怖を刻み込まれて愚かさを自覚できた。コイツも実は精霊の次元の違う存在感を知らない、視えてない側じゃね?
そのヤバそうな古老をたしなめた古老は、もっと愕然とした。
今となっては自分たちトゥエルブンしか知らないこと。トゥエルブンは知っている、というか憶えているはずのこと。
かつて世界樹が枯れたのはエルフのせいなのに
その大罪に慟哭して、猛省して、自然と共存する道を模索して、ここまで導いてきたのに。
コイツまさか、自己を正当化したくて、過去を美化したくて、都合の良い記憶に改ざんしてないか?
リーダーが肉体的には若く健康なまま精神的には呆けていたらどうすればいいのか。
エルフ社会崩壊のカウントダウンが始まった。




