雨水3-1 子供の仕事は遊ぶこと
小川からため池にお裾分けされた雪解け水も温くなり、リコピンシティ全体が陽気に浮かれてざわめきが絶えない。
まだ花が咲き誇るには早いけど、芽吹き始めた緑の匂いも立ち込めて、誰もが春を実感している。
大人たちもワンフレーズ熱唱にハマる者多数。要は狩りを始めるのはもう少し先だから暇を持て余しているだけだが、周りが忙しそうだから自分も何かしよう、と全員同時に思う故の、春先の珍風景である。
そんな大人と違って子供たちは他人の顔色関係なく今日も全力で遊ぶ。他所の家の庭で、何を犠牲にしようと躊躇なく遊ぶ。
「あおはあいよりいでてあいよりあおくブルー・オン・ザ」
「スカイラブハリケーン」
どこからか巻き起こる風に黒髪を逆立たせて、クウがなんかそれっぽい詠唱をしながら両手を広げると、すぐ目の前、地面に小さなつむじ風が出現して土埃に色付いた。ほんの三秒間、扇風機の『中』くらい。魔力の未熟な子供だから威力はまったくない。見えるくらいには風を操れるだけでもたいしたものではある。
そのつむじ風にセナが必殺技っぽく叫びながらジャンプして乗り、数メートルも高く翔んだ。風にセナを乗せるほどの密度はない。もちろん弾き飛ばすチカラもない。
これはワイヤーアクション。魔力の糸を庭の木の枝に巻いて翔んだだけ。セナひとりのチカラであってクウは意味がない。が、遊びだから合体技っぽさに意味がある。
セナが手を伸ばした先、木の中ほどから生えた枝に実るびわ。まだ青く小さな果実をもぎ取り、勢い良く背後にノールックパス。というか冷たい皮に驚いて投げ捨てただけだが。
「させるかっ」
ライと同世代のツナが寝転び両足を天に向けて砲台役になり、ライが跳んで足裏同士を合わせると全身のバネを効かせて吹っ飛んだ。男の子はみんなコレ好き。七歳になったライは、運動神経の良さが一際目立っている。
実は少しずつ身体強化の魔法がかかり始めている。弱肉強食の環境だから身体の成長は早い。半ばミラクルとはいえ、幼いセナが半魔の猪を倒すことがありえるくらいには早い。ただ、それが普通だから、全員そうだから、魔法のおかげと認識されない。大人の身体の完成に向けて十代前半から覚醒する、と一般的には思われている。
三メートルはバイーンと跳んで、ライは未熟な果実を捕獲しようとした。が、タイミングが合わずにこぼした。
そこへ同じくライグループの一員、マヨがダッシュで近寄りヘッドスライディングしてきた。
セナグループよりライグループは二年ほど年上だから、運動能力の差はいかんともしがたい。
しかし、セナグループは魔法に長けた子が多い。
「せいしんせいい、まいどありー」
「またのおこしをー」
ハクが手足をウネウネ波打たせる奇妙な振り付けで踊りながら歌って隣りのトロにバフをかけて、トロは威力の上がった強風をマヨに吹き付けた。上がるといっても扇風機『強』くらい。歌詞と同じく意味はない。
くっ、とかカッコつけてマヨは急ブレーキ、顔を両腕で守った。
ポトリと地に落ちた果実。
「ゾーンプレスっ」
ライは着地するなり踵を返し、叫びながら果実にダッシュした。ゾーンプレスがなにかは本人も分からない。
そろそろお察しだろうか。恐るべきことにコレ、スポーツでもなんでもない。即興劇である。
勝ち負けはなく、なんらかの熱戦を繰り広げてるゴッコ。周りと息を合わせながらそれっぽい台詞を咄嗟に繰り出し雰囲気に酔う。コツは恥ずかしがらないこと。
「Eeee、いやっほぉー」
セナ本人はワイルドなにーちゃんになりきっているけど、舌足らずな可愛い雄叫びをあげながら、枝に絡めた魔力の糸を振り子にして地面すれすれを滑空し、果実を片手で拾い上げ……、ようとして失敗。ただ、ライはまんまとひっかかって遠ざかろうとするセナの背中を追った。
背中には届かない。が、支点の糸なら。
ちょっと危ないかも。とライの脳裏に不安が横切るけどそれも一瞬。子供は無茶してなんぼ。
「グッバイ、セナ」
ライは糸に手を触れ、糸を構築する魔力を消した。セナに気付かされてから、魔法を消す魔法の使い方が上手くなってきた。
「ひゅえ」
「セナっ」
「くっ、せいじゃくなるかぜのころも━━」
慣性に流されスポーンと地面からやや斜め上にすっ飛び、タマヒュン系の変な声をだすセナ。
仲間が焦り、クウがなにか詠唱を始めたけど間に合わない。どうせ間に合っても意味ないし。
セナの目の前に果樹が迫る。ぶつかっても少し痛い程度だけどそれはそれ。冒険者的ななにかをロールプレイ中のセナは大ピンチと認識した。
時の静止した世界。変わったのはセナの思考速度ではあるが、セナから見ると周りの速度が止まった。
いとをだしてどこかにつなぐ? まにあわない。
しゅんかんいどう? ダメ、ぜったい。
かんがえろ、こたえはきっと、シンプルだ。
背後に自分の魔力を感じ、セナの全身に電流が走った、気がした。
ライに消された糸は一部。他はまだ枝に絡まり宙を揺れている。自分の体から離れた魔力はまもなく消えるけど、まだ残っている。
セナは目視してなくても背後の糸を空間認識して、右手から糸をだすと同時に距離を無視して両者を繋いだ。右手の先と枝から下がる糸の先に二次元の小さなワープを設置して繋いだわけだが、他人から見ると━━。
時が動き始めた。
ほんの一秒の光景とはいえ、右手を伸ばしきり、果樹の幹にほぼ垂直に足をつけ、下界を睥睨するセナ、になれたらカッコよかったかもだが、残念ながら飛んだ方向的に地上のみんなに見せたのは背中になった。
しかしインパクトはあったらしい。午後の陽射しを浴びて逆光に暗くなり、我が生涯に一片の悔いなし覇王ぽさ。
「「おぉー、ウルトラプレイきたー」」
「コラぁっ」
そして保護者役の大人に怒られるまでがお約束。食べ物を粗末にした罰として、酸っぱくて硬い未熟な果実を一口食べさせられて、あまりの不味さに涙目になってもう果実は使わないと反省する。庭の地面ボコボコは反省しない。
これがリコピンシティのプルスウルトラ。レベルアップとは、格上と命をかけて戦うことだけではなく、成長そのもの。日々自分がどれだけ真剣に考え、壁を越えられるかが運命を決める。
一方女子は。
「このドロボウねこっ」
「はっ、とられるほうにモンダイあるんじゃあーありませんか」
「あらあらオネェさまったら、みぐるしくてよ」
「おだまりっ」
「ちょっとみんなぁ、ケンカはやめよーよぅ」
「アンタそうやっていいコぶってるけど私しってんだからね」
「……、へぇ、な・に・を?」
恐るべきことにコレ、修羅場でもなんでもない。即興劇である。
個々の例外はいくらでもあるとはいえ、基本魔法のある世界は精神的だけでなく物理的にも総じて女が強いし、リコピンシティではより顕著である。




