立夏2-1 自由な研究
郊外をぐるりと囲んでブロッコリーに似た白い花が咲き誇るリコピンシティ。秋に収穫予定の地中の人参が固くなるから花は摘んだほうがいいけど、そんな知識はまだ見つかっていない。なんならガリゴリな食感が好まれているから誰も困らない。ワイルドライフなあご無双。
今朝も街中が同じ光景。軒先や庭で泡を垂れ流して歯磨きする人々。
セナ一家も仲良く庭で洗顔。歯の生えていない妹はまだおネム中。
朝が強くも弱くもないセナもぼんやりと歯ブラシを振動させていたけど、視界に奇妙なモノが映ってしばらくフリーズした。
庭によこたわる球根。白ドットにピンクという正気を疑う花弁の開いたチューリップのような花が隣りに散っている。根は均整はとれていない歪な形だけど四肢のように別れていて、目玉はないけど目口のようなくぼみも。
セナは両親の気を引いて謎の物体を指差した。
「かあちゃんとおちゃん、マンドラゴラさつじんじけん」
「あらあら珍しい。生き物は避ける薬草なのに」
「この街、明らかにパワースポットになってるから惹かれたかな」
「この街というかこの木が怪しいわよね」
一家は日照権ナニソレな巨木を見上げた。そろそろ隣り合う家が潰れそう。赤ちゃんがいるからドタバタしたくないと現状維持だったけど、そろそろ建て替えなければ。あとマンドラゴラ殺人事件の小ボケはスルーされた。
「今日はムグナンさんのお宅に世話になるから持って行きましょ。ついでにポーションの作り方を教わるのもいいかもね」
「はーい」
リコピンシティの干し肉ガーディアンの異名から分かる通り、ムグナンは口に入れる加工品を主に手掛けていて、片手間でポーションも作るから材料が持ち込まれる。各人が作ることもあるけど、上手い人に任せるのが一番。安心と実績のベテラン職人、ムグナンこそが縁の下の力持ちである。
そのムグナンの家にマンドラゴラを持っていくと、子供たちはカブトムシくらいに食いついた。ゼロではないけど滅多に見られない、くらいのレア度らしい。
「なつだから、マンドラゴラ」
「なつだから?」
「なつだから」
特に意味はない。「夏だから」をつけるのがハクのマイブームなだけ。
「サビ、ちびっこに説明頼む」
ポーションの授業を親たちに頼まれたものの、ムグナンは饒舌ではないし「見て学べ、てか盗め」な職人肌だから、少しズルいテを使った。ある程度知識があって知ったかぶりしたい年長組に投げっぱなしジャーマン。
投げられたのは最年長、十二歳の少年サビ。影が薄くてリーダーシップには程遠いけど責任感は強そうだから頑張った。不思議植物を囲んでためつすがめつしているセナたち年少組に伝わるよう、易しい言葉を選んで語る。
「えーと、じゃあまずはマンドラゴラについて。森の奥、魔力の濃い場所にいる。奥まで狩りに行く人には珍しくないらしいけど、半魔や魔物の植物バージョンとでもいうのか、動く植物が結構いて、こいつもそういう種類だね」
「さけぶって聞いたことあるけど歩くのかぁ」
「えっ、このコもボクんちのにわに……?」
「うん、多分歩いてきたんだろうね」
「ふぉぉぉ、みたかった」
子供たちがわちゃわちゃ騒いで話が進まないけど、サビは我が強くないから怒らない。教師に向いているかも。
「歩いて心地良い場所を選んで成長する。この時、例えば猪なんかを想定しているっぽいけど、花をむしられたり根っこを掘り返そうとされたら叫ぶ。猿の断末魔みたいな金切り声でうるさいらしい。大人でもあまり聞いたことのある人はいないらしいけど」
「それ知ってる。ギャー、て」
「口に見えても口じゃない。くぼんでるだけなのにどこから声がでるのか不思議だね」
「たべないでー、てないてるの?」
「うーん、分からない。成長しきると自分から地上にでるって、まるで自殺に見える。人間とは考え方が違うような?」
サビの感じ方は正しい。植物には植物の生存戦略がある。マンドラゴラは成育途上で襲われると騒音をだす。これは肉食獣を呼んで、自分を狙った草食獣を倒してもらうため。自分は食われるとしても、仲間が食われるのを防ぐ。そして花が咲いて実が成って、種を撒き散らすと積極的に食べられようとする。栄養や魔力は種に与えて役目を終えて、味だけは良い状態で活動を辞める。最期まで待てば美味しくなってやるから途中を狙うな、という害獣に対するメッセージ。途中で食べるとエグみマックスで復讐する。
「ヘイボスの葉っぱを乾燥させて粉々にして、マンドラゴラの根っこを切り刻んで、二つを水に入れて沸騰しないように弱火で煮て、あくをすくい取りながら水気を飛ばして濾過して完成。ポーションになる」
「おー」
「むずかしー」
「なつだから?」
「なつだから」
年少組はほぼ聞いていないしナニかがツボってケラケラ笑っているけどサビは気にしない。やりきった感の顔でムグナンに投げ返した。
ポーションの作り方は、まだ最低限の手順しか確立されていない。新薬の試行錯誤は病気や怪我をした実験体が必要になるわけで、村の規模から生まれようがない。
ムグナンも思うところはあるのか、子供たちに創作ポーションというテイで遊ばせた。ハペコと違って毒は扱わないから心配ないし、ムグナン宅の作業場は各種ハーブが大量に仕分けられているから子供たちもアガる。
「セナちゃんのうちにきたこのマンドラゴラは、魔力が抜けてポーションにはむいてないね。その代わり美味しいなにかにはなるかも」
「ポーションにつかうヤツはとちゅうでひっこぬくの? さけばれる?」
「えーとどうだろ。ムグナンさん?」
「……、反応される前に茎を蹴り飛ばすとショック死する」
脳筋だった。ちなみに別大陸の伝説だが、イニシエにウィーカンとかいう植物を崇める宗教団体がマンドラゴラを優しく抜いたら叫ばれてショック死したらしい。
「なつだから、けんきゅーしよーぜ」
「なつだから?」
「なつだから」
「ダークマター……」
ハクはノリで言っているだけで研究する素振りはない。セナとトロは研究に乗り気。韻を踏んで言うだけ言ってみたクウはスルーされたが本人は気にしない。ダークマターに続く雰囲気のある台詞を考案中。
年少組の欠点は、全員ボケ担当でツッコミがいないこと。遊びすぎてまとまらないこと梅雨の天パの如し。
「マンドラゴラゴラ、マンドラゴラゴラ「「マンドラゴラゴラ、マンドラゴラゴラ「「「マンドラゴラゴラ、マンドラゴラゴラ」」」
セナがワンフレーズ歌いだすと他の子ものっかり輪唱っぽくなりながら研究ごっこ。セナはマンドラゴラの根の一部を魔力の糸で切って水気を抜いて粉々にして小皿に盛ってみた。ここからどうするかは未定。トロは根を切り刻む包丁さばきを披露して他の子たちに一目置かれている。トロは料理が好きらしく、理解ある親の方針で刃物の使い方を教わっているのだとか。ハクは歌っているだけだしクウはセナの小皿に手をかざしてフウインがどうとか何かの小芝居をしている。
ムグナンは眉間のシワを少し強めて耐えていたけど、ふいに気付いて大声をだした。
「ちょ、待てっ。えーと、ハクちゃん、か。お前さん、歌に魔法が乗ってないか?」
「え、なにそれ?」
「そだよー、ハクちゃんおうたまほーのつかいてだよ」
「なんで本人知らずにセナちゃんのほうが知ってんだよ」
思わずツッコんでしまったが、ムグナンは驚愕した。まぎれもなく精神魔法だ。この辺りでは幻覚によるトラウマを植え付けてくる蜂の魔物、メリバッチしか使い手が確認されていない都市伝説級の魔法になる。
セナだけではないのか。ムグナンは根拠の不透明な戦慄を覚えた。この幼子の世代がいずれ時代の分岐点になりそうな予感。例えば神と呼ばれるような、見えない何者かの作為を感じずにはいられない。ぶっちゃけ不快ですらある。運命だろうと何だろうと、この子たちの不幸は認めない。
「ヘイ、ボース、フンフンフンフーン」
セナは鼻歌を歌いながら作業場に置かれたヘイボスの粉末を、自分の両手で持てるサイズの小壺に水と一緒に入れて、小皿を傾けマンドラゴラの粉末も入れてかき混ぜた。
さらにしばらく作業場を見回し、目当てのブツを発見。
「ウォーッシュディスウェイっ、「「「ウォーッシュディスウェイっ」」」
ノリノリでワンフレーズ歌いながらアロエスミスの皮を剥いて、すり鉢に入れてすり潰し、小壺に投入。
「いまだトロちゃん、でんせつのおりょうりまほーでぐちゅぐちゅにるのだ」
「え、なにそれ?」
「だからなんで本人知らずにセナちゃん知ってるの?」
「あー、あつくすればいいの? あったかくはできるけど、にるってできるかな」
「ハクちゃんのおうたまほーがきいてるからできるっ」
「クッ、チカラがあるならこたえろよ、いまめざめなくて、いつつかうんだよー」
「おー、あつい。ことしのベストバウトにノミネートされたぜっ」
ライたちちょい年長組もはしゃいで収拾がつかなくなって、ムグナンには誰が何を言っているのか分からないけど、雰囲気から察するに、ハクは歌による精神的補助、バフをかけるっぽい。そしてトロは熱を操る系、か? それは珍しくないからどのへんが伝説かは不明。あとクウは台詞がウケてご満悦。
「マンドラゴラゴラ、マンドラゴラゴラ「「「マンドラゴラゴラ、マンドラゴラゴラ」」」
土間の地面に置かれた小壺から湯気が立ち昇り、ブクブクと泡立ち、セナが叫ぶ。
「トロちゃん、ここでいっきにひやすのだー」
「えっ、う、うん」
「はんてんじゅつしきだと? ムチャしやがって」
バフのおかげか、スンっと冷えた。泡とアクだらけの上澄みをすくい取り、小壺はライに持ってもらい、セナたちが四角を持った木綿布にかけて濾過して下の壺に入れて完成。それはシュワシュワと漆黒に輝く━━。
「マンドラゴラゴラ、まんとらとらコーラ」
夏だから、コーラ、始めました。
「「「なんだコレうめー」」」
ムグナンは思う。神だろうと運命だろうとこの子たちなら大丈夫か。




