清明2-1 大豆です
木漏れ日が心地良い春の森、リコピン村、いや、リコピンシティのクレイジーヒーラーの異名を持つハペコはひとり奥地まで探索していた。
土筆にタラの芽にぜんまい、山菜の知識は一応あって目にとまりはするけど採集はしない。食べられると分かっている食材に興味は持てない。まだ誰も知らないキノコ、なんなら毒キノコに無限の可能性を感じてトキメキが止まらない。毒はラストフロンティア、どんなに変人扱いされようとこの信念は曲げない。
とはいえそろそろ一つくらいは結果を出したい。合併に伴い新しい付き合いが増えて、少し焦りが生まれて、狩りも戦闘も苦手だけどプチ探索の旅に出た。
街に近い森の浅層は猪や鹿、たまに熊など獣が多め、魔力の濃いエリアで過ごして半魔が生まれることがあるくらい。深層に進むとどこも魔力が濃くなり、普通の獣のほうが少なくなる。獣もヤバい。虫もヤバい。そして植生もヤバい。
カメレオンのように前後に揺れながらゆっくり徘徊している木より高いハエトリグサのようなモノ。半径一メートル、高さ三メートルを超えるウツボカズラのようなモノ。次第に見慣れない、そして明らかに殺意高めのエリアに足を踏み入れたと気付き、ハペコは不敵に微笑んだ。戦いは苦手だが弱いつもりはない。サホーリーのようなバトルジャンキーはもっと奥地、オーガや恐竜が出没するサーチ&ヒャッハーだらけのエリアに出向く。この程度でビビっていられない。
そして見つけた。見つけてしまった。木陰の奥、渦巻く闇の中から虹色に輝いてやがる。禁断の果実に誘惑された原始人も目を逸らしそうな禁忌のキノコ。
ハペコの口は半開きになり、端からよだれが。ハイ美味い。食べなくても分かる。旨味の暴力が視覚にすら訴えてくる。ワタシじゃなきゃ見逃してたね。
百人中百人、ついでに恐竜ですらオーバーキルを確信する頭悪そうなキノコ。
未知の美食の開拓に命のチップを全ベットできる冒険者の中の冒険者。
出会ってはいけない二人?が出会ってしまった。
恐怖ではなく歓喜によって震える手をなだめながら、ハペコは動く木の魔物、トレントの根元に鎮座するキノコをモキュンとねじり取り、なにかしらの粘液にテカる傘の頂点からためらいなくかじり、命に関わる危険信号が快楽に変わってアへ顔さらして失神した。
良い子は真似しないで下さいって言われなくても真似しないのが良い子って失笑したい類の注釈的なトリビア。野生のキノコは毒関係なく虫の居住率高いから確認なしの生食ダメ、絶対。ハペコは特殊訓練を受けた原始人です。
「……、ふぅー、危ない。毒耐性には自信があるのにオチてしまった反省反省……、て、こ、これは」
目が覚めたハペコは戦慄に震えた。周りがお花畑に変わってトレントがいなくなっているとかそんな変化を気にかける余裕はない。
自分のナニかが変わっている! 多分違う、多分違うけどキノコの大精霊が身体に降臨して合一を果たしたような。今まで自覚することもなかった、欠けているピースが揃って不完全な生き物から完全体に進化したような。
「フ、フフフ、フハハハ。……アカシックレコード接続」
しばらく自分の身体を眺め回して両手をグッパグッパしてから、自信に満ち溢れた顔つきで謎の呪文を唱えるハペコ。この世の真理を手に入れて、何をすればいいのか手に取るように分かる。さぁ来い宇宙に蓄積された情報よっ。
「なるほどねぇ。成熟する前のキノコを塩ゆですると酒のツマミに最高、と」
枝豆。
「乾燥したキノコを乾煎りして砕くと香ばしい万能薬味、スイーツ向け」
きな粉。
「マジか。大瓶に大量のキノコと塩を入れて成熟のさらに先まで進むと、上層と下層で魚醤に似て非なる二種類の調味料に化けるのか。帰ったら早速試さねば」
味噌と醤油。
「ふむふむ。キノコを水にさらしてふやけてからゆでてすり潰し、沸騰するまで煮て、布でこした液体と個体、どちらも美味、と」
豆乳とおから。
「さらにその液体にほんの少し、塩を煮詰めて作る際にでる上澄み液を混ぜながら煮ると凝固して、クセのない万能の食材となる。なんだこの作り方は。叡智の結晶ではないか」
豆腐。
「蒸したキノコをわらに包んで熟しに熟すと、見た目も匂いも腐っているけどハマる人はどハマリする健康食へ……? なんという……、それはまるで……、ワタシが追い求めた毒キノコの可能性そのもの」
納豆。
ハペコは瞑目して天を仰いだ。その両の目尻から静かに零れ落ちる涙。
記憶もおぼろな幼いころ、痛いの痛いのとんでけー、と念じて本当に痛みが消えて、自分には治癒魔法が使えると気付いた。
親に褒められ調子に乗って、腰痛に苦しむひいおじいさんだったか、に使ったら痛みがひいてちょっとした騒ぎになった。他人の内部に干渉する魔法は無理とされている、という常識を覆したから。
自分だけの特別感に驕り、破滅まではいかなかったが対人関係に躓き、悩んだ少年時代。
ひとりで狩りを始めたころ、不器用だから罠は不発、不運もあって森の奥深くへ迷い込んでしまい、空腹のあまり、というよりなにもかも嫌になってヤケを起こして毒キノコと分かったうえで口に入れ、当然猛毒に冒された。
神経毒だったらしくなにかの幻覚を視た。すぐに忘れてしまったけど、巨大なキノコに乗って星空の彼方へ飛んだような?
普通は死ぬ。隙を見せたら終わる森の中で毒は詰みだ。
しかし生き残った。自然治癒力を爆上げする魔法を本能が勝手に発動したらしく、常軌を逸した速度で免疫がついた。そしてあとには……、口内に極上の旨味が残り、ハペコ青年は悟った。自分の魔法は生死の境を越えて毒の向こう側へ行くためにあるのだと。誰もが避ける毒キノコの理解者となり、究極かつ至高のキノコを見つけてやろう。「このキノコが美味しいって発見した人絶対変態だよね」「まぁそういう名もなき変わり者の先人のおかげで食卓が豊かになったのさ」「食いしんぼアザッス」とか後世を想像すると誇らしさで胸が熱くなる。
未知の毒を口に入れるリスク? 一度やったら二度も三度も同じ。
天を仰いだまま、ハペコの意識は抜けるような青空に溶け込んだ。駆け抜けた半生を振り返って涙と共に流してしまえば思考も視界もクリア。
ラプラスの魔。所詮この世は全て書き終えた虚構か。だとしてもワタシは━━。
かすかな地響き。ハペコが空から地上へ視線を戻すと、人の身長を軽く超える亀が歩いてきた。
「ちょうどいい。チカラを使いこなす訓練に付き合ってもらおう」
ハペコは亀に向かって駆け、徐々に加速していき、風景が歪むほどスピードが乗ったところで天高くジャンプした。
雲に手が届くほどの高みから急降下。防御に自信のある真上が実は抵抗すらできない弱点。ワタシを倒したければ地下にマグマのトラップを設置して甲羅にトゲをつけてカウンターくらい狙ってみなさい。
ズドンとスタンピング。重い一撃を受けて亀は頭と両手両足を甲羅に引っ込めた。一軒家サイズのヘタレたかたまりにハペコはケンカキック。甲羅は氷のリンクを滑るが如く遠く彼方へ消えた。
ふと足下を見るとネオンのように点滅する一輪の花。ハペコは草花に食指を動かしたことはないけど、躊躇なくむしって口に入れた。もう知らないことはなにもない。この花を取り込むとなにが起こるか。
地平線から迫る甲羅。なにかに反射して返ってきた。遠近感が狂いそうな勢いで視界を覆う巨体にハペコは右手をかざす。
「ファイヤーボール」
掌から炎のかたまりが撃ち出されて、目の前まで迫った甲羅は爆散した。
渦巻く熱気が掻き消えると森は息を潜めた。まるで自分を怖れるかのように。
ハペコは━━、微笑んだ。一切の迷いなくこれからの進む道が見える。
さぁ、あらゆるキノコの魅力を布教しよう。争うな? 崇めろ? 友愛? ハッ、言葉は不粋。ただソッとキノコを差し出して食べさせれば良い。さすれば遍く人類は旨味に感銘を受けて類似の我が弟へジョブチェンジするであろう。
「フフンフンッ、フフッ、フンッ↑、フンッ↓」
全世界大ヒット間違いなしの讃美歌を口ずさみながら、ハペコは庭と化した森を散策した。
「ウフフ、スーパーハペコブラ……」
「なぁやっぱコエーよ置いてかね?」
「黙って歩け」
モアイがジダンの背に泣き言をぶつけるも、無情に返された。二人は回収班。狩りをしていた住民の通報を受けて、というか悲鳴をあげながら街へ逃げ帰ってきた住民から事情を聞いて二人で回収にきた。ハペコを知らない新入り住民にとってハペコの奇行はホラーに違いない。ハペコを知るモアイでもキツイ。なんせ━━。先頭を歩き、後ろ手にハペコの両足首を持つジダンはマシだろうさ。モアイは幼馴染に内心毒づいた。
後方を歩き、ハペコの両手首を持つモアイは鳥肌が収まらない。目は見開き瞳孔は拡散。口の端から泡をブクブク垂れ流しながらブツブツなにかを呟くハペコは完全にイッてしまっている。一番マシだから手首を掴んでいるけど本当は手首も嫌だ。触りたくない。脇のあたりを持ったら喰われそう。
滅多に見ないのと、名付けて区別する必要もないほど一目で激ヤバと分かるから、狩人の間では有名だけど名のないキノコ。まさかアレを食べる狂人がいるとは。
「俺、トレントがドン引きしてるの初めて見た」
「あぁ、幹の部分の人面瘡が動くとは。またこの人のクレイジーな伝説が増えたな」
言うまでもないが、のちに正気に返ったハペコが試行錯誤してもキノコの新ジャンルは開拓されなかった。
まず菌類は熟さない。




