春分2-1 リコピンシティ
すっかり雪が溶けて新緑が目に鮮やかなリコピン村はリコピンシティに改名して、一年前とは景観が大きく変わった。サイズはともかく他より明らかに存在感の違う大木の枝に雲雀が数羽、羽を休めて見下ろしながらさえずる。
雲雀A「ピュルルル(メッチャ緑増えてんじゃん)」
雲雀B「ピュビューイ(アハ体験ってやつか?)」
雲雀C「ヒュルイ(畑にミミズ大漁、笑いが止まらねぇな)」
???「ぴゃらわらわら(これがホントの草生える)」
雲雀B「ピューウ(ひずがんがんがんがん)」
雲雀C「ピッピュ(お・おっ、お・おっ)」
雲雀A「プヒュウ(ちっ、違う、今のカエシ俺じゃない)」
セナは隠れていた幹から半身を出すと、混乱して飛び立つ雲雀を眺めてニヤリと笑った。しばらく見送ってから、雲雀がいた近くまで歩いて眼下を一望する。
果樹園多めだから森のようにこんもりしつつ、石造りの建物がまばらに覗く。建物の様式というか屋根の形に統一感はなく、土がむき出しの道はうねうね曲がっている。区画整理とか細かいことを考える人はいないせいもあってシティ感より集落感が強い。ただし地下深くはアリの巣のように通路が入り組んで早くも迷宮化を始めている。
春の到来と共に他村が合流してきて、現在の人口は約五十人から二百人に膨らんだ。もう何回かに分けて整備する、大雑把な気風といえど流石にそこは慎重に進めているから特に問題らしい問題は起きていない。親戚一同が会したけど知らない人多数だからよそよそしい空気。しいて問題を挙げるならその程度だが時間が解決する。
ちなみに周辺の全ての村がリコピンシティに合流するわけではない。農業拠点としてこの地域の中心にはなりそうだけど、食料生産の重要な拠点はもうひとつというかもう一種類ある。海沿いに点在する漁村だ。海洋性の魔物は沖より先にいて、浅瀬は比較的安全だから漁村のほうは合併がどうとかいった気運はない。リコピンシティの変化にあてられて何かしたそうではあるが。
「セナぁ、行くわよー」
「はーい」
母、アガサの声が母屋から届き、セナは大声で返事した。ほんの四メートル程度だが、父、ポアロが枝にくくり付けてくれたロープを伝って地上に降りて母のもとへ駆けた。魔力どうこうというより日常的に動き回っているせいだけど、四歳の幼子にしては運動能力が高い。
セナは母に抱っこされた妹、トナを見上げて微笑みながら保護者役の家に向かった。アガサも散歩を兼ねた送迎を楽しむが、目下運動不足にお悩み中。戦闘から離れすぎて身体が疼くらしい。
今日の保育士は新しい住民、子供好きの好々爺が当番になり、親子連れが続々家に集まる。
少しルールが変わった。まず老人が増えたことで子供の世話を優先的に任せることになった。次に子供が増えたことで男女に分けることになった。今のところは十人未満のグループが二つで問題ないけど、子供が増えたらさらに分けるかも、という方針らしい。
庭にたむろして世間話に花を咲かせる親をよそに、ラグナロクごっこなどに励む子供たち。当然今までとは少し違う。
コンは従来のフワっとした通過儀礼、単独の狩りを済ませて成人した。一人暮らしとかお見合いとか特別な何かはないけど、今後はサコンと改名して大人扱いされる。最近は遠慮なくインフラ整備や発明にのめり込んでいるらしい。
ヒメは前述の通り女子グループのほうへ。
おはよー、とセナは目につく人に次々と挨拶する。顔ぶれが変わって半月ほど経ち、特に人見知りしないどころか人懐っこい性格だからすでに馴染んでいる。
「「らぐなろく、せっつ。さーいしょーはキリンっ、らーぐなーろくっ」」
セナと同世代の新しい友達、クウとハクがじゃんけ……、ラグナロクで遊んでいた。
クウはセサミン村の暗黒騎士の異名を持つ、と本人は自称する。まぁアレだ。あの病気にしては珍しく先天性らしい。黒髪に茶金の瞳、色味はセナに似ているけどツリ目と役者ぶった喋り方のせいで似ていると感じることはない。
ハクは天パの銀髪に赤目、両親から受け継いだ特徴であってアルビノではないけど本人はアルビノと思い込んでいる。こちらは中身がセナに似ているかも。我が道を行く天然系。
二人はまず両手を斜め下にピンと伸ばし、しゃくれながら「キリン」と宣言した。麒麟……、大地の精霊の一種と信じられている想像上の幻獣。実物は誰も知らないから咎める人もいないけど、何故か子供の間ではしゃくれた馬になっているらしい。
そこからクウは猫パンチをだしそうなポーズ、ハクは一本足で立つ鶴のようなポーズを決める。少し間があいて、二人で首をかしげた。
「えーと、せーりゅーはすざくに勝って、すざくはー、……?」
「びゃっこに勝つからボクの勝ちー」
「あれっ、じゃあげんぶって」
「……、なんだっけ?」
無駄を削ぎ落としてじゃんけんに洗練されるのはまだ時間がかかりそう。
「あ、セナちゃんおはよー」
「トロちゃんおはよー」
二人の勝負を見るとはなしに見ていた子供がセナに気付いて挨拶すると、セナも返す。
トロは緑の髪にアクアマリンのような溶け込んだ青碧の瞳を持ち、優しさオーラが尋常ではない。とろんとしたタレ目も相まって、春の陽気のポヤポヤ感を周囲に振りまいている。
セナ、クウ、ハク、トロ、数え年で全員四歳。最近のセナは専らこの三人と遊んでいる。
ライも近くにいるけど、彼も今年六歳、同世代の新しい友達ができておしゃべりしている。疎遠にはなっていなくても数が増えるとグループに分かれるのはしょうがない。
大人たちはまだ他人行儀な距離感を作っているけど、子供たちは一瞬で仲良くなった。子供はそういうものと言ってしまえばそうだが、新しい流行が一役買った。
「えんたくがうまったところできいてくれ。けさもしっこくのつばさがまいおりたのさ。いくぜ。『ぜつぼーごときりさくダークスラーッシュ』……、どうよ?」
クウがおもむろにワンフレーズ歌った。持って回った言い回しは天性の素質だからスルーして、この歌が最近子供たちを中心にアツい。ワンフレーズ、サビだけ作って熱唱ごっこ。一曲まるまる作るのは難しい。しかしワンフレーズだけなら特に考えることはない。さらに副次的なメリットが。もともと詩吟とでもいうか、『かごめかごめ』のような抑揚の小さい節回しを歌としていたけれど、ワンフレーズを熱唱するにあたって自然に多様なメロディーが生まれた。これが人々にとって目新しくてウケたらしい。
もとより呪文の詠唱を自作する文化圏だし、先んじてメロディーっぽい歌を作ったモアイの音楽性でぎりイタい人扱いくらいだから、オリジナルソングに対する忌避感も風当たりの強さもない。
なんでもウケるかというと人それぞれだか。
「きのうの『やみおちムーンライっ』のほうがすきかな」
「そだねー、きのうのほうがキャッチーだねぇ」
「でもクウちゃんすごい。よくそんなにたくさん思いつくなぁ」
セナとハクが精一杯オブラートに包んで否定して、トロが如才なくフォローする。歌詞の方向性が同じとは誰も指摘しない。してはいけない。
ちなみに子供たちが一瞬で仲良くなったフレーズは、『うんちドラゴンブレぇス』幼子にとって時代も世界も関係なくこのキラーワードを超えるものなし。
そして今日もなにかしらグッとくるメロディーを求めて子供たちは歌う。
『しゃっくりがぁ、とまらなくてぇ』
『ざんねんだったな、それはカマキリだっだっだっ』
『たましーのかわきをいやしておくれぇ』
『ふりそそぐー、うんち』
そして今日もグッとくるワードはこれだった。キャッキャと爆笑が止まらない。
もううんちだけでいいんじゃね。




