大寒1 簡単なはずだけどムツカシイ
一旦雪が降り止み、気持ち暖かくなる年の瀬。いやリコピン村に暦はないから年末年始も決まりはない感覚の問題だけど、毎年繰り返す気候の変化は流石に学ぶ。まだ春は遠い、油断するな、と。
それでも本格的な降雪はあと数回。それを凌げば春が来る、もうひと踏ん張り。
そんなエネルギッシュなモチベーションから、あと寒さを吹き飛ばす行動を求めて見慣れない建物がちらほら建ち始めた。
魔力による加工は割とデタラメな成果を出す。
柱は石の円柱。柱に縦に刻んだ溝に沿って薄い石板をはめて壁にして、内装は全面木材。屋根は四角錐の枠組みを石で、瓦っぽい板を土で作ってはめ込んだ。強度的にまだ未熟すぎて危ないから二階建てが限界だけど、モノ作りの進化が肩で風を切っている。
さらに外からは見えない変化が。もともと地下が安全快適という環境に慣れていて、そこを変えるつもりはないから絶賛拡大中。もういっそ各家庭を繋げてしまえと地下街に成長しつつある。雪に閉じ込められ、暇と魔力を持て余した連中が夢中になったこの冬、静かにやらかした。
そんな建物のひとつ、村の目玉となるアミューズメント施設、銭湯が完成した。
清潔な環境が健康に良い、というか不潔が身体を壊すことは経験則から分かっているから、風呂とトイレの重要性に対する理解は高い。
ため池から手動で水を汲み、流しそうめんのように水路を通って大きな石の箱へ。箱の上部と下部を繋ぐ石のパイプを熱して温める。さらに番頭役にモアイ就任。現在湯沸かし用の詠唱文を考え中らしい。
もうひとつの目玉は集会所。実験的に屋根をソフトクリームみたいに尖らせたサンドの意欲作だけど、村人の反応はイマイチなのと、子供たちは大好きなマキマキ排泄物の名を連呼するし、制作者は内心落ち込んでいる。
今日はそこに日中から十数人の村人が集まって話し合いをしていた。周辺とくっつくことによるルールは必要か? といった類の議題を、特に白熱するでもなく楽しんでいた。なるようになれ、の精神が強いから気負いがない。
「伝え聞くぶんには、国って面倒そうですけどね」
「ウチがそういう集団になるとは思えんのぉ」
「ですね」
ミハイルと村長の一ラリーで結論が出る。
リコピン村に堅苦しいルールなんてない。例えば名付けに関して、子供はニ音、成人すると自分で足して三音、ひ孫ができると周りが一音つけるルールがあるけど、ではヨセターゲッテをそこに合わせるかというとそんな話は誰もしないし気にしない。
仮に赤ちゃんに長い名をつけたら、それは村のルールに従わない意思表示だから追放案件になるが、他所で生まれ育ったヨセターゲッテの長い名にふくみはあるはずないから。ルールは絶対に従えという杓子定規な考えがない。
国はそういう細かい部分も気にするけど、牧歌的な村人たちには無理な注文である。
「この村は強くなるために何かのルールがないのですか? 一年ひとりでサバイバルしろ、とか」
たまらず口を出したのはヨセターゲッテ。どこのスパルタ国家だよって鬼畜ルールが思い浮かんだけれど、そうでもなければ納得いかないくらいこの村はおかしい。
村人全員が外の世界をロクに知らないから、村の特異性が分からないから彼女の疑問の意図は分からず、逆に彼女の故国はそんなルールがあるのかと慄いた。落ち着いて寝ることもできないハードモードに適応できるのは村でもサホーリーくらいじゃね? そんなささやき声も聞こえる。一応補足しておくと、リコピン村の周辺地域がより周辺の地域からはナイトメアモード呼ばわりされている。半魔でもゴブリン十匹並みに危険な猪が幼子の散歩コースに現れるってそれくらい悪夢。
多少は外を知る村長だけは察してヨセターゲッテに答えた。
「この村の強さが不思議かえ? 儂らからすると、国というものが弱い。強くあるために弱い、とでも言うべきか」
謎掛けのような物言いに全員首を傾げ、村長は軽く笑った。
「集団をまとめるものは、シンプルに力じゃ。シンプルに見せない工夫はするとしても。この力とは、最終的に自分が殺される可能性であれば何でもいい。例えばカリスマのある人に仲間が百人いて、自分ひとりでは勝てない場合、このカリスマは力になる。同調圧力というやつじゃな」
当たり前のことではあるけど、言葉にすると難しくなる。それが集団の営み。
「例えば細かく作り込んだルール……、法を作ったとして、守らせる仕組みが必要になる。破ったら罰を与える組織が必要になる。この組織は、というか国のトップは、末端の庶民より強くなくてはいけない。弱いと命令を聞かないから。とはいえトップが簡単に強くなれたら問題ないけど、簡単なわけがない。最も簡単な方法は庶民を弱くすること、なんじゃな。具体的には、ヨセターゲッテ、お前さんの故国では、全員ハンターだったのか? この村は全員ハンターじゃ。つまりそういうことじゃな」
全員戦える集団は強いけど、知らない人や嫌いな人も混じる集団、国はまとまらないから末端は弱くして、まとまる強い集団、軍を使ってコントロールする。ただし━━。
「欲望に際限がないからこじれる。文句を言うだけの人も甘やかすから面倒になる。村長の地位が欲しけりゃくれてやる、むしろ誰かさっさと代われ、と思っとる儂は、そもそも集団がまとまらなくても知ったことではない。文句があるならお前がやれ。脅しではなく実行させるから誰も文句は言わない。ウチが強い理由はそのへんじゃろか」
欲望、つまりその根源は━━。
「お金、というヤツが厄介なんじゃな。とてつもなく便利なモノというのは分かるが、最悪の道具でもある。この村に犯罪は起こらない。原因のお金がないから。権力争いも起こらない。誰も権力いらないから。起こるのはせいぜい口喧嘩くらい。ヨセターゲッテ、お前さんの知る国との違いはきっとここなんじゃよ」
そして今のところはこの世界の誰も理解できない根本的な話。そもそも国は外敵、人間を警戒して発展する。どの国も他国に攻められる可能性がある、そうお互い警戒するから際限なく強さを求める。魔物の脅威はあるから強さ自体は求めるけれど、魔物は人間の文明に合わせて進化しない。集団は対人間の可能性を考えなければ現状のままでいい。
リコピン村は食料確保が容易になったから親戚だらけの周辺とまとまるだけであって、他国を警戒なんてないから運営方針を変えるつもりはない。
結局リコピン村の規模が大きくなるだけってこと? なんか一番怖いような。
途中から足腰弱った人向けの組体操開発とか脱線した会合を辞して、ヨセターゲッテは誰かが遊び回って荒れ気味の雪景色の村内を散策しつつ、シンプルな答えに気付いてブルっと震えた。
「チカラが欲しいか? 強くなりたい。賢くなりたい。え? くびれが欲しい。小ジワいらない。美肌、美肌、美肌、どんだけ言う…、あ、はい。脂肪を燃やせ、熱くなれよ。テルマルバート」
通りすがりに銭湯の地下からモアイの声が響いた。浴場は広々とした空間を地下に設置して、換気の煙突っぽい穴がいくつも地上に生えているから反響が凄い。もちろんやや斜めに作られて覗きは不可。
どうやら女衆に詠唱文を改造されて熱湯作りの練習中の様子。
実際ノンキよね。
ヨセターゲッテは銭湯をスルーしてセナの庭に生える大樹を遠目に見て、アレ地下は大丈夫かしら? と不安を覚えながらも村の空気に微苦笑する。
相当な勇気を必要としたけど、変に壁を作って孤立したら詰むからという打算もあって、モアイの告白は好都合と付き合うことにした。ここは皆が家族のような感情を向け合い、それは余所者の自分にも攻撃的なものがまるでなく、ストレスフリーで居心地が良い。
知らない人だらけの環境は、外面はともかく内心は自衛のためにも攻撃的になりやすい。異性と同性で少し質が違うけど、やたら自分を値踏みしてくる不快な故国は一体何だったのか。
この村は強いから、人に優しい。あの場所は弱いから、妬み、蹴落とし、隙を見せられなかった。
強さとは戦闘力か? だったら兵士は優しいはず。そうでないなら違う。
強さとは、きっと、自信。足るを知ること。
欲望に際限がないからこじれる。
のんびり帰路につきながら、村長の言葉が反芻した。




