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雨水1 父、トリガーハッピりかけた



 麗らかな昼下がり、リコピン村のシノビマスター、チュンリは魔力操作を解除して一息ついた。今日はこれくらいにしておこう。彼女は額の汗を布巾で拭って辺りを見渡し、満足気に頷いた。


 道以外、自宅周辺の地面はフカフカの農地に変わった。今、村中が農業革命に沸いている。いや、まだ農業と呼ぶのはおこがましいか。せいぜい家庭菜園ごっこ、お遊びの範疇に見える。村長経由でセナの功績が広まって数日、興味を持った多くの村人が栽培の正解を求めて勘を頼りに試行錯誤していて、チュンリもそんなひとりだ。


 にしても、セナちゃんはたいしたものだ。チュンリは家に入って素焼きのコップに注いだ水を飲み干しながら思う。

 森や山を駆け巡り、採取ポイントをチェックして、取りすぎないよう他の村人たちと調整し、常に余剰が何日分か計算しながら糧を得る。そんな生活が当たり前だった。

 欲しい物は近くで育てればいい。誰の目も気にせず欲しいだけ育てればいい。ドラゴン一頭分は目からウロコが落ちた。


 こんな簡単なことに思い至らなかった自分が少し恥ずかしいが、同時に納得もする。天才ってこういうことかと。

 歳をとる毎に当たり前という常識が自分を作り、自分を縛っていく。何に対してもそういうものだと受け流し、疑問も持たず、新しい何も自分からは生まれない。


 きっとセナちゃんの毎日は驚きと発見と興奮の連続なのだろう。子供はみんな天才、きっとそういうことなのだ。若さっていーなぁイヤ私もまだ二十歳ですけどっ、四十ピーって誰だ今言ったヤツ表に出ろ。


 少しだけ、ほんの少し、チュンリは更年ピー障害気味だが、彼女にもまた緑の指という才能が眠っていた。開花し、リコピンシティのガーデニンニンと呼ばれる日は遥か遠く、彼女が七十……、イヤ嘘ですなんでもないです。


 日が陰って肌寒くなったせいか、早めにお昼寝から覚めたセナはくわぁとあくびをしながら上半身を起こし、一分かけて再起動した。

 疲れて寝落ちして誰かに藁布団に運ばれたらしい。何故疲れたのだったか、セナはしばらく頭をひねって今見たボディビルの夢に振り回されながらなんとか思い出した。「八番ニキっ、胸からワイバーン(かえ)っちゃう」の掛け声はいつか使おうと決めつつ。


 母から身体強化の手ほどきを受けて、頑張りすぎた。多分無理だろうけど、そう母に言われた通り、セナがどう足掻いても真似出来なかった。

 

 母、アガサが言うには、当たり前のことらしい。火事場の馬鹿力、という言い回しがある。緊急時に筋肉がリミッターを外して普段以上のパワーを発揮する現象だが、逆に言うと普段は全力を出せないような(かせ)があるわけで。魔力も同じらしい。


 幼子が、ましてや赤子が偶然でもなんでも身体強化なんて出来たら事故る。だから身体が出来上がる十代半ばあたりまではおあずけとのこと。

 その代わり、セナのように身体の外に魔力を放出するセンスは想像力豊かな幼いうちに発露しやすいらしい。ただしこれも幼いうちは使える魔力の総量にリミッターがあって、殺傷力の高いことは基本的に無理とされている。


 付け加えておくと、セナが使う魔力の糸は特別凄いことは出来ない。自分ひとりの重さを引っ張るとか、草の罠のように手でも出来ることを早く出来るとか、土に魔力を浸透させてしばらく金属のように硬くするとか、物騒な魔法ではない。


 物騒な魔法、例えば先日の大猪に対し、地面から硬くて巨大な土の槍を出して突き殺す、といった真似はセナには出来ない。出来る大人がリコピン村にはいるが、それだって集中力と自分なりに確立したルーティンを必要とする。


 要は抜き身の刃物を一生握ったまま生活してただで済むか、というハナシ。自然体で無詠唱の攻撃魔法を気軽に使うとはそういうこと。ただの指差し点検を怠るダメ作業員だ。強いチカラを使うには安全確認を始めとする相応の手順を踏まなければ、まともな人の脳は拒否する。そうでなければ、いずれ酔ったり寝惚けて魔法暴発からの家屋全焼による焼死とかって類いのオチしかない。


 そして、だからアガサは感嘆した。セナには猪を倒すチカラはない。猪を倒すほどのエネルギー、重量と速度は猪のもの。自滅するように仕向けただけ、その()()が尋常ではない。 


 さて、セナは身体強化出来なかったことを思い出して軽く再挑戦、体内に魔力を巡らせるイメージでいきんでみたが手応えなし。無理と知って切り替えた。セナにとってこんなのはアレだ、弓と同じ。今は出来ない、大きくなったら出来る自信しかない、だから平気。


 弓といえば、とMCセナはトークテーマを移行した。セナの父、ポアロは猟師に近いことをしていて、弓を得意とする。近いという変な言い方になるのは、リコピン村には専門職の概念が薄いからだ。ないわけではないが、各自が長所を伸ばして苦手なものは任せる助け合いをしつつ、基本は家も服も自分で作れ、食べ物も自分で探せ、となる。

 

 村長のように老人は知恵袋の係だから専門職といえるだろうか。ポアロも(もっぱ)ら鳥を仕留めつつ、山菜採りも忘れない。母ちゃんにしばかれる。まだお互い二十歳に満たない夫婦ながらガッツリ尻に敷かれていた。


 そんな父は今、入口近くの外にゴザを敷いて胡座(あぐら)をかいて、日向ぼっこを堪能しながら弓矢などの仕事道具の手入れをしていた。息子の昼寝の邪魔をしない配慮らしい。豪気な嫁を補うように気遣いスキル高め。


 セナは口数少なく穏やかな気性の父も大好きだ。トテトテ歩いて近寄り、縄や弓弦の腱などを観察する。お互い一言もないが、お日様のぬくぬくに包まれている。


 ふと思い立って、セナは家の裏手に回ってすぐに戻った。まだ多少残っていた猪の骨を抱えて。例によって魔力を浸透させて震わせて、骨を粉々ではなく一欠片に割って、おにぎり感覚で押し固めながら整形していく。


 「とおちゃ」

 「おぉ、セナはスゴいな」


 セナが父にドヤ顔で披露したのは(やじり)だった。セナと同じくポアロも魔力を利用して道具作りをしている。というかセナが真似しているのだが。


 父の持っている花崗岩を押し固めた鏃とそっくりな骨の鏃。セナはその鏃を両手の親指と人差し指でつまみ、少し離れた樹、村に点在する一本の樹に近寄り、鏃を起点に魔力の紐を左右に伸ばして樹の根本の向こう側で結び、紐の性質をゴム状に変えてむにっ、むにっと後退り、引っ張られるチカラがしんどくなったところで指を離した。一言で言うとゴムパッチン誕生。


 チッパスッ


 空気を切り裂く音に続き、鏃は深く樹にめり込んだ。魔力の紐はセナから離れるとすぐに霧散する。指を離して一瞬引っ張られただけだから速度はたいしたことはないが、その割に威力が高すぎる。


 人間のくせに見た目も技能も雰囲気もエルフっぽいのになんか諸々足りないからついた異名はリコピン村の残念エルフ、ポアロは目を見張った。徐々に驚愕が大きくなっていく。息子の見せた骨の可能性に気付いて。

 興奮気味に震える手をしずめて、自分もセナに断りを入れて骨を譲ってもらい、骨の鏃を作ってみる。もうこの段階で確信した。今まで使ってきた石の鏃より上だと。魔力の通りが石とはまるで違う。


 骨の持ち主、猪は半魔だった。つまり本能で魔力を巡らし身体強化出来ていた個体なわけで、その骨は普通の動物の骨より、石より魔力の通りが良くて当たり前。何故今まで考えなかったのか。今まで見向きもされず捨てられた半魔や、もっと強力に違いない魔物の骨がどれほどあるのか。ポアロは目眩を覚えた。


 完成した鏃を石の鏃と交換する。魔力で膨張の度合いを変えて木の棒にナカゴを嵌めてゴニョゴニョしてセット完了。

 弓をつがえて息子と同じ的に射る。ポイントは弓を持つ左手、その人差し指を鏃にそえて魔力を注いで硬化。ついでに「シルフの先導」一言詠唱して空気抵抗をなくすソニックブームを付与。ポアロはドキドキしながら発射した。

 

 ゴパァーンッ


 幹が爆散して木の上部は倒れ、矢は五十メートルも離れた地面に刺さって小さなクレーターを作った。

 ポアロは自分のしでかしたことを見届けて呆然とし、実感が伴うとニタリと口角を上げた。


 そんなポアロの背後にアガサが一瞬で現れ、シノビマスター直伝の首トン。


 「なにしてんの、危ないでしょ」


 気を失い崩れ落ちた父を放置して、母子は家に入った。



 

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