冬至1 冬将軍のおなーりー
満天の星がきらめき、赤、青、紫の星雲がグラデーションで彩り、普段は存在を主張する大きな青い月は姿を隠し、代わりに小さな赤い月はおどろおどろしく輪郭が揺らめいている。
身体と心の背筋が伸びそうなほど清冽な夜。セナは息を吐いては冷気に溶かし、星雲に混ざっては散りゆく銀河に長い間見とれていた。
「セナ、冷えるから入っておいで」
やや遠くから聞こえる母、アガサの声に我に返り、セナは一度夜の奥を覗いてから屋内へ、暖かい地下室へ戻った。
地下室にはいつもの子供組、それから年寄りが数人。要は戦闘除外組が集まっている。
基本リコピン村に暦はないからいつなにをするかはフィーリングだけど、今夜は別。
毎年冬の今頃になると、数日かけて青い月が小さくなって、完全に消える一日があり、その日の夜にあの御方が降臨する。
冬将軍
身の丈三メートルを超す巨人。吹雪を引き連れ北の山脈から突然現れ、全身に氷の鎧をまとい、同じく氷の装甲で全身をかためた巨大な馬らしき動物にまたがり、一メートル近い氷柱状の穂を持つランスを軽々と振り回す武者。
冬の厳しさを体現する精霊。
精霊だから、自然そのものだから、ただ畏怖して崇めるだけでも構わないし、リコピン村以外の地域ではそうする。冬将軍の到来を目視できる地域がほぼないけど。
ただし、なにもしなければ、冬将軍が去ったあと、その年の冬の厳しさは生き残れた者全員に皺を刻む。他所は生命力の足りない親しい者との別れを強制される季節。
「いつもはみんなのためだけど、今年はお前のために行ってきます」
「へー今年は私とセナはどうでもいいと」
「ちっ、ちがっ」
アガサの膨らんだお腹をさすりながらカッコつけるもしまらないポアロは、それでも闘気を漲らせて静かに出立した。
今夜、村の戦える者は、冬に俯かない者は全員出払っている。
「冬ショーグン、ひびきがいいよな。オレは夏ユーシャ。おお、なんかいい。リコピン村の夏ユーシャ。しょーらいのとおり名はコレにケッテー」
「ボクも傍観は今年で最後だからね。戦う才能はないけど役に立ちそうな兵器とか考えてみようかな」
「セーレーってなんだろ」
毎年のことだからライは呑気にはしゃいでいるし、対称的に内気なコンは悲壮感を漂わせている。セナも特に怖さは感じない側。誰にとはなく素朴な疑問を口にして、応えたのは年寄衆のひとり、リコピン村の生き字引、グリグル。膝が逝って歩くのがやっとのご隠居さんである。
「答えは誰にも分からんよ。多くの者に目撃される精霊様は冬将軍くらいだからのぉ。あとは虹の精霊様もか。これは空を泳ぐ姿を見るだけだから除外して、おそらく、で良ければ教えられることもある。聞くかい?」
「はーい」
「聞きたーい、けどむずかしいのはナシでっ」
「ホッホッ、ライちゃんには可哀想だが難しいのは諦めておくれ。所詮分からないことをあーだこーだ言うだけだからの」
グリグルの対面周りに子供たちが座る。サンダーゴートと呼ばれる静電気を武器にする風変わりな魔物の毛皮を敷いているから、毛足の長いモフモフに沈む床は暖かい。
他の老人が気を利かして火鉢を人の輪の中心に置いてくれて、グリグルは礼を述べて、「はぁ、んっ、ん」とたんの絡む喉を整えてから語り始めた。
「冬将軍は喋らない。そして、成長しない。去年の戦い方に対応される、という展開はない。あったらちょっとお手上げだの。ここから分かること、精霊様は生命体ではない。いや、大きな目で見れば生命になるのかの? それこそ命とはなんぞやって難しいテーマだからおいとこう。生きているように見えるが、儂らのような思考はしない。生命体でなければ何なのか。おそらくは、魔法、じゃな」
セナは小首を傾げた。葉っぱを着たねーちゃんも大きく丸い鳥も喋ったぞ?
ただ、魔法と言われると納得できそうな気はする。
「魔法とは、想いの具象化。人に限らず世界中の生き物が、冬の厳しさを想うことで冬将軍は生まれる。人の想いが強いほど人型になりやすいのかもしれん」
『木』は老人、花も含めた『植物』だと優しげな美女。『虹』は天空を舞う不条理の塊なドラゴン。『時』は自由な、そして何を考えているのか分からない鳥。イメージが精霊を作る、という答えの方向性はあっていそう。ただ……。
「イメージで作られたから生命がない、とはならんからのぉ。むしろ多くの生き物に想われたのなら大抵の生き物より賢くても不思議はないし」
「冬ショーグンとたたかったらさむさがマシになるってなに?」
「ライちゃんが今から明日まで遊ぶ気でいて、付き合う周りはシンドいから止めてほしい。そこで難しい話をしてライちゃんをおねむにしてしまえ、ということじゃな」
実際夜も更けてきて、子供組は眠気が強くなってきた。
セナもなにかの答えに触れた気がしたけど、言葉になる前にスコンと落ちた。雁の類の水鳥の羽根をしこたま詰めた木綿。希少な羽毛は少なめだから羽毛布団ではなく羽根布団だが、わりと高級快適な温もりを約束します。
大人組は抱っこで動かして並んで布団に包まれる子供たちを眺めて微笑み、ひとしきり和んだあと、隣部屋に移って表情を引き締めた。
冬将軍は自然を相手にするに等しい。本来人にどうこうできる存在ではなく、流石に猛者揃いのリコピン村も油断すると死人がでる。
だからこそ、身体能力はおちても魔力は豊かな自分たち老い先短い者が最期に役に立ちたいと忸怩たる思いがあるけど、彼らは、リコピン村は笑えない犠牲を認めない。
だからせめて祈ろう。想いが精霊に届くならコレもきっと。
「吹雪いてきた。そろそろじゃな」
一転、セナたちのいるリコピン村からは満天の星空が地上を照らしているのに、ほんの数十キロメートルしか離れていないここ、北の大山脈手前は吹雪によって上どころか前後左右の視界が閉ざされていた。
しかしそれもつかの間。やがて周囲は明瞭になっていく。遠くは吹雪いたまま。台風の目に入ったかのよう。
暴風の中心は誰? 決まっている。
毎年この辺りで挑むから木の一本も生えていない、むき出しの荒地に硬質な馬蹄が響き、近付き、全身白銀の威容が姿を現す。
人が思い描く自然の擬人化。立ち塞がる者は全ての熱を奪う冬将軍。
「毎年言っておるがの、誰一人死ぬことは許さん。皆の者、今年もこの御方にこの地で暮らす人間のチカラを披露せいっ」
村長の号令を受け、巨人と対峙するリコピン村の面々の顔つきが変わった。
肉の確保が優先のワイバーン退治なんて『狩り』ではない。
一対一の誇りをかけた『戦い』でもない。
正真正銘死力を尽くす『神事』。
リコピン村の戦士に弱兵なし。
いざ推して参る。




