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小雪1 コワサの分からないハナシ



 ヨセターゲッテの故国、サキーカは冬ざれを超えて死臭が視えそうな瘴気に呑み込まれていた。

 森も山野も一様に、木という木は生気を抜かれたように立ち枯れ、それに引き換え平野は背の高い草は生え放題で(こがらし)にそよいでいるけど、何が潜んでいるか分からない不気味さが一層際立っている。

 現に今も、昼間なのに曇天に覆われた灰色のくさむらに隠れて怪しい光がちらほらと。


 「あーっ、またヤベぇヤツ見えたっ。もう無理ー、もっと離れようぜ」

 「バカヤロ。隊長にどやされるだろが」


 元サキーカ王国国境にほど近い丘から草原を一望していた青年が騒ぎ、数歩離れて別の方向を見ていたもう一人の青年がさらに大きな声で一喝した。

 この二人はサキーカの隣国、アブリ王国の兵士。といっても徴兵されただけの一般人だから軍人の雰囲気は微塵もない。エプロンのような薄い革の胸当てに素人作っぽい短槍という貧相な軽装も相まって、「行けたら行く」くらい頼りない。


 「怒られてもいいよ家に帰りてぇ。この見張りになにか意味あんの? コッチに移動してきたら教えろって、アイツら死んでんだからどうにも出来ねぇじゃん。大体ゴブリンのユーレイってなんだよ。人間のユーレイも怖ぇけど意味不明な生き物が意味不明なユーレイになったらもう恐怖をぶっとばしてギャグだよアハハハて笑えるかっ」


 ビビりすぎて情緒がおかしくなった同僚を見た兵士は逆に冷静になれた。同じ丘に簡易の詰所があって、そこに隊長とは名ばかりの無能上官がいる。本人は待機と言っているがどうせ昼寝でもしているんだろ。無駄話を聞かれてインネンつけられないようにしないと。そう軽く思考を巡らせて、視線は同僚に向けずに静かにたしなめ……、るフリして追い打ちをかけた。


 「ノリツッコミしてるうちは大丈夫だろ。俺もそりゃユーレイは怖いけどさ、ある意味もっと怖い噂、知ってるか?」

 「知らねーよ知りたくねーよオイ話すなよフリじゃねーぞ」

 「ここに派遣される直前に壮行会と呼ぶただの飲み会でさ……」

 「なんで聞こえてねーんだよテメェも怖ぇよ」


 べつに怪談じゃないから構えるなよ。泣きそうな兵士を無視したもう一人のほうは、そんな余裕を見せながら半ば独り言のように話し続けた。

 

 「ちょっと席をはずした隙に別のヤツが混じって盛り上がっててさ、俺も少し酔ってて特に何を思うでもなく他の席に座ったわけ。でもおかしいのがさ、その辺りは徴兵にかりだされた俺らみたいな若者しかいないはずなんだけど、何故か俺の隣りにオッサンがいて、メッチャ馴染んで呑んでた。今思うと変なんだけど、まぁ酔ってたからしゃーない」


 酒場に一人か二人はいる誰も知らない仲間風オッサンやオバサンてどこから湧くんだろな? 知らねーよ、としか返せない謎を投げかけて先に続く。


 「でさ、そのオッサンが誰にでもなく今の俺みたいに独り言っぽく言うわけよ。激動の時代、来てしまったか、とか、すげーカッコつけてさ」

 「領域展開する(かたりはじめる)タイプって高確率でヤベーヤツ混じってるから無視しろよ」


 そう、そのヤベーヤツを今お前も無視出来てないんだけどな。語り始めたら必中だぜ? 意外と自分も他人も把握出来ている兵士は鋭いツッコミを呑み込んで続ける。


 「でもな、俺も薄々感じてはいるんだ。ぶっちゃけこの国、詰んでね?」

 「おいっ、滅多なこと口にすんな。聞かれたらどうすんだよ」


 自分もさっき敵前逃亡ととられる問題発言したのは棚に上げて、詰所を横目に見ながらたしなめる同僚に呆れつつ、マイペースに続ける。どうやら落ち着いたようだチョロいなコイツ、と苦笑を隠して。パニクってる人を相手にした時は付き合わずに付き合わせる。話題をぶん回せ(ガチャすれ)ばいい。


 「この任務ってそこそこ重要じゃん? ガチに何が起こるか予測不能の危険地帯じゃん? なんで俺らみたいなぺーぺーが任されてんの? おまけにアレはコレだし」


 聞かれても問題ないよう、アレと言いつつ指で詰所のほうをクイっ、コレと言いつつ自分の頭を指でつついてからパー。


 「つまりさ……、もうそんだけ人がいなくなってんだな」

 「ちょ、やめろよー。俺らもうすぐ死ぬの?」

 「ああそうじゃねぇよ。ここがヤベぇ、じゃなくて、国がとっくにヤベぇつってんの」


 男は言ってから深々とため息をついた。分かってはいるけど多くの人が鈍い、と。ちょっとありえないくらいの惨事がすでに起きているのに、まるで理解していない。もっとも、おかしいのは自分のほうか。そう自嘲もする。教育がなおざりなせいで知性に関してピンからキリまでの振れ幅がエグい。


 「……、お前も知っての通り、先日そこで連合軍が全滅したじゃん?」

 「ああ」


 怪しい光がこちらを伺っているような草原をあごで示すと、おとなしくなった相方は草原を直視しないように顔を背けながら頷いた。

 おびただしい数の人間が死んだ。改めてそう思うと錯覚と分かっていても錆びついた血の匂いが漂ってくる。腐敗臭は……、ひょっとしたら錯覚ではないかもしれない。大半は実体のない幽霊だけど、動く死体もいるらしい。


 「軍に限らず組織ってさ、二割もいなくなったら機能不全になるんだよ。まぁそれでも二割なら立て直せるかも、ってラインだな。三割でお先真っ暗。それ以上はムリムリカムサハムリダー。で、ここは比喩なしに全滅しちゃった。だから俺らみたいな喋るカカシでもいないよりはマシと使われてんだよ」


 問題は、だ。男はそう呟くとシリアスに天を睨んだ。


 「俺らをあごで使う連中はとっくに店じまいの準備をしてるっぽいってこと。具体的にはさ、酒場にいたオッサンの噂話で繋がったんだが、ウチだけでなく周辺国もみんなまとめて合併するかも、って状況らしいぜ」


 下っ端はなんも教えられないってムカつくよな。そう言うと男は振り返って笑ったけど、聞かされている男は困惑した。ムツカシイ……?


 「お前の言う通り、ユーレイなんてどうにも出来ないじゃん? ところが、どうにか出来る国が興ったらしいんだとよ。メッチャ胡散臭ぇけどな」


 神聖魔法だとよ。いかがわしい宗教臭がプンプンだなオイ。やれやれと男は肩をすくめたが、いい加減聞いてるほうも反論したくなった。


 「国が大きくなるって良いことじゃねーの? ユーレイをなんとか出来るならそれは凄く良いことじゃねーの?」

 「良いこと、なんだろうな。お前みたいに変化を素直に喜べるヤツって無敵だと思う。羨ましいわ。俺はあの謎のオッサン側なんだな。激動の時代を予感して不安になる、真のビビりさ、下らねぇ」


 言われた男は少し照れながら巡回に出た。褒め言葉を皮肉と受け取ることもない。本当に素直なヤツが一番得だよな。残った男は内心のみで呟く。さっきまでの臆病さがもう消えている。神聖魔法とやらがなにかは分からないし、噂が正しいわけでもないのに、ユーレイをなんとか出来ると聞いて俄然勇気が湧いたらしい。なんという単純なヤツ。


 「気のせい、だよな? 国が大きいほど欲深いクズが多そう……、だとか。今までアンデッドの恐怖が愚かな行為の抑止力になっていたっぽいのに、アンデッドを処理出来るようになったら……?」


 本当に勘弁しろよ人類。恨みを残して死んで復讐に動くアンデッドはもう怖くなくなったから、遠慮なく人間(てき)は殺してしまえ、とか。いくらなんでもそこまで人間は頭悪くないよな? フリじゃないぞ。マジで『戦争』なんて、ジョーク用の言葉が現実に起こるとか、絶対に止めてくれ。


 男は草原を眺めながら祈るように呟きはしたけど、その瞳には虚無が宿っていた。

 人間がどれほど愚かか、確信していたから。


 草原に蠢く人間とゴブリンのアンデッドなんて、生きている人間に比べたら可愛いもんだ。

 

 アブリ王国及び周辺国にはこの男のように、先を視て憂う名もなき知者は幾人かいたが、流れを変えるほどの賢者はついぞ登場しなかった。


 本格的な冬はすぐそこに。



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