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霜降1 胡蜂の夢



 秋も深まり、無花果(いちじく)柘榴(ざくろ)の実が散見する、食べられるものしか植えられていない食欲に忠実なリコピン村。

 今日は年に一度のビッグイベントが行われる。

 例によってウグイス嬢の呼びかけで広場にフル装備の面々が集まり、全員揃うと村長がシャウトした。


 「皆の衆、死ぬ気で気合いを入れろ。蜂蜜狩りじゃあっ」


 村中に烈帛の咆哮が轟いた。主に女性陣の低音ボイス、怖すぎる。

 対称的に男衆は緊張に青褪めている。なんとか深呼吸を繰り返して落ち着こうとしているけど悲壮感を隠せない。

 この地域の男の大半は蜂が苦手。一番嫌いと思う者も多い。なんせただの蜂ではない。いやただの蜂もいるけど、リコピン村が戦う相手は蜂の魔物。


 魔力の多い土地は生物に変化をもたらす。小さな虫でさえ。とはいえ所詮は虫。魔法を使えるようになったとしても攻撃力は程度がしれる。単純な攻撃ではあれば、だが。

 例えば毒。普通の毒が充分脅威なのに風を操って散布なんてしたら?

 そしてこの地方のミツバチは、かつて突然変異した女王蜂の系譜に連なり、ある意味最も怖ろしい魔法、精神魔法を使う。


 本来は使い物にならない魔法ではある。例えばハペコの回復魔法が希少なように、他人の内側に干渉する魔法は限られている。それが何であれ誰だって異物は本能的に受け入れない。ましてや精神への干渉なんて、障害を負うレベルはありえない。

 だからこそというべきか、蜂はイヤらしい使い方をする。

 一糸乱れぬ群れによる結界防御。

 蜂蜜を狙う敵は人間か熊、あとついでにゴブリンやオークなど、さらに妖精もいるっぽい。つまり敵はそれなりに知性のある生物。その敵が結界内に入ると、悪夢を見せる。術にかかる時間はほんの一瞬。どんな悪夢を見せるか、蜂は選ばない。虫だから夢が何かを知っているかも怪しい。あくまで結果が悪夢というだけであって、蜂は敵の精神に不快感を与えて追い払おうとしているだけ。

 走馬灯の如く現実の時間は無視して夢は一瞬で効く。蜂が作ったわけではなく、人間が自分で作る自分にとってその時一番嫌な夢を見てしまう。だから最悪。


 女は甘味の欲求と現実的な思考を武器に跳ね返す。それに引き換え妄想(たくま)しく夢見がちな男にはキツイ。ほとんどの男にとってメンタルをやられる今日は鬱回になる。


 総勢約四十人、戦わない隠居組の一部も運搬役として参加。各自が背負子に素焼きの壺を載せて身体強化をかけて高速移動。森の奥へ、恐竜系の大型魔物も出没する魔力の濃い深層へ。


 陽は天頂に差し掛かるころだけど、鬱蒼と生い茂る枝葉に遮られて時間感覚が狂わされる。森の入口は落葉や紅葉が始まっているが、深層は魔力の影響で季節感がデタラメ。


 やがて号令もなく一斉に足が止まる。見える変化はなくても本能が拒否する。この先ヤベェ、と。そして樹木に隠れた向こうから微かに響く潮騒のような羽の音。

 全員隣と顔を見合わせひとつ頷くと、背負子を下ろして武器を構えて深呼吸、身体強化のギアを上げて吶喊した。


 「「「はぁぁぁっ!」」」


 身体強化、すなわち魔力を全身に張り巡らせているから精神魔法はほぼ効かない。しかし、ほぼであって絶対ではない。集中すべきことが多い戦闘中は特に、どんなに気を遣ってもスキやムラはあって、結界を結界たらしめる干渉波を受ける一瞬は存在し、その一瞬で特大ダメージをくらう。


 リコピン村のスイッチヒッター、リキュウルは戦闘が苦手だが、息子のコンが成人に向けて積極的に実戦参加するようになり、カッコ悪いところは見せたくないと多少無理をして前線に出てしまった。

 

 大木の枝にぶら下がる巣は半径五メートルは優に超える威容を誇り、サイズは普通のままだが身体強化をかけた働き蜂が宙空の視界いっぱいに広がり、ちょっと数える気にもならない数の暴力で防衛してくる。

 リキュウルは棍棒を振り回して小刻みにステップを踏んだ。立ち止まると全身に張り付こうとするから(せわ)しなく動き続けなければいけない。一番怖いのは同士討ちだからそこも気をつけながら。などとマルチタスクが過ぎてスキが出来てしまった。



 

 ……働き蜂の朝は早い。

 日の出前にハチコフは目を覚まし、あくびを噛み殺しながら伸びをしてプルプル震えると、ハニカム構造の部屋からブーンと羽ばたいた。

 空中で一回弧を描いて東を確認すると、まだ太陽は尾根の向こうで待機している。

 姿勢を戻すと眼下の森は青みがかったモノクローム。


 ハチコフは世界が色付く前のこの景色が好きだ。静謐な絵の中に入り、背中の振動に生を感じ、寒々しさと自由が去来する。


 ひとりはみんなのために、みんなは女王のために


 同志と別れる時など挨拶代わりに使う言葉。あれっ、前半いらなくね? と思わなくもないがハチコフは深く考えない。考えたら闇堕ちしそう。


 森には所々、魔物同士の縄張り争いによってぽっかりとひらけた花畑がある。

 そんな花畑のひとつが見えたころ、陽が稜線を越えて差し込み、ハチコフは朝露にきらめく宝石の湖に見惚れて羽ばたきを忘れた。

 七色の光に引かれるままに降下すると、ピンクや紫の花が眩しいフジバカマが咲き乱れる一角、草葉の陰で眠っていた蝶、アサギマダラが身じろぎして羽を広げた。


 毛先だけ茶に染めた長髪が風にそよぎ、払暁の空色をちりばめたドレスは奇跡を引き当てた万華鏡のように神々しい。

 音のない朝を色とりどりの詩が祝福し、その蝶は胸を反らすと空気を吸い込むついでのように、宙を滑り落ちるハチコフに気付いて流し目で後を追い、ハチコフは我に返って羽音を立てると反対側、花畑の隅に逃げた。

 

 アサギマダラ。ほどほどに暖かい土地を求めて風にたゆたう永遠の旅人。攻撃力は皆無。捕食者から逃げる速さも持ち合わせていない弱者の中の弱者。それなのに隠れることを良しとせず、逆に万人の目を惹きつけようと美しさに磨きをかける。伴侶以外に誰ともつるまず、臣下もいないのに優雅に舞う孤高の女王。


 俺たちの女王とは何もかも違う。ハチコフはうつむいた。比べてどちらが上か下かなんて下らないことは考えない。ただ、無い物ねだりと分かった上で、危険(リスク)と引き換えに世界の広さを知るたった一匹に嫉妬が芽生え、蜜を吸い取り一目散に逃げ帰った。数十万もの仲間が待つ巣へ。


 危険はいつでも、どこにでもある。


 今日と同じ明日がくるなんて夢だ。


 恐怖も後悔もない。この命は一滴残らず女王のために。


 同志たち。俺が毎日集めた蜜を食べて女王を頼む。


 でも、ああ、これは果たして裏切りだろうか。


 最期の最期に想うのはソッチの女王かよ。


 なぁニンゲン、地を這うケモノ、あるいはケダモノ。


 お前たちを駆り立てる理はなんだ。


 お前はなんのために戦う。


 はぁ、俺の(しとね)五月蝿(うるさ)く……、汚ぇ……、な……



 「こんなんズリぃよぉ」


 リキュウル、はなみず垂らして号泣しながら戦線離脱。寡黙で一途な騎士道に小さじ一杯の背徳とかっ。自分で自分に精神攻撃をするようなものだから当然だけど、ピンポイントに弱点をつかれた。

 安全な後方でしゃがみ、まぶたを抑えて涙を止めながら思わず口に出してしまう。


 「俺……、何のためにここにいるんだ?」


 スパァン。後頭部を叩かれたリキュウルが見上げると妻、スキマが般若モード。


 「蜂蜜のために決まってるでしょ。全ての生き物は他の生き物を殺して食べ物を得て生きている。命を頂くことを感謝はしても迷うなぁっ」


 仮に自分が何も殺していないつもりでも、それは自分の代わりに誰かが手を汚してくれているだけのこと。リコピン村のウグイス嬢なだけあって、スキマの大声は戦場全体に届き、多くの女が後方にサムズアップし、コンは母が新米(じぶん)に聞かせるために怒鳴ったと理解すると歯を食いしばって棍棒を振り、多くの男は「んぎっ」て正論アッパーをくらって背筋が伸びた。

 

 こうして蜂の防御を突破すると、各自が壺に巣のかけらを入れて持ち帰り、濾過して一年分のマイ蜂蜜を確保する。もちろん女王を倒したりはしないし、根こそぎ奪ったりもしない。全滅でよければ魔法を使って一瞬で片付く。毎年必要な量を頂く加減が大事。


 そして食卓は少し豊かになり、誰もが頂きますの言葉に心を込める。どうでもいいけど嘘か本当か、男衆の蜂蜜は甘じょっぱいそうな。



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