寒露1 ラブソング
暑さ寒さも彼岸まで。朝晩は冷え込むようになり、昆虫はぼちぼち冬支度に入る。
リコピン村もワイバーンの処理が終わって一息ついているけど、イベントはまだいくつか控えていて忙しい。
次にくるのは未婚の成人にとって最大の関心事、婚活祭。
悲しいかな、運命共同体の環境で「独身貴族がいいっス」は通じない。「個人の自由は世捨て人になってから求めろ」と追放される。相手がまったくいない、なんて状況以外は強制的にでもくっつけられる。
ただし成人即結婚、というほど急かされるわけではなく、数年の猶予はある。その期間、伴侶を見つけるための場が年末の婚活シーズンになる。
同じ村の人間は家族の感覚だから、ゼロではないけど恋愛対象になりにくい。近親婚も危ないし。そこで近隣の若者が一同に集まるイベントを開催する。
草花は枯れ、木の葉は舞い散り、森の動物は省エネモードに入る季節。保存食を作り終えて手が空く時期に集団お見合いをしてカップルが成立すればそのまま結婚、という流れになる。
今年は隣村に集合となって、リコピン村では出発準備が進んでいた。婚活対象はモアイとジダンの二名になる。ヨセターゲッテは来たばかりだから急かさない。なので大半は無関係ではあるが、今年は少し事情が異なる。
簡単にまとめると今年は変化がありすぎたから、近隣一帯のトップ層も集まって会談するらしい。農業の知見やファッションに関してすり合わせたいとのこと。いつの時代も報連相は大事。
師走な大人たちを尻目に、子供組は今日ものんびり遊んでいるし、のんびり付き合う大人も大勢いる。
「医者はかんけいなし?」
「ないねぇ」
保護者役のハペコにライが尋ねると応えはそっけない、と本人も気になったのか宙を睨んで軽く唸りながら続けた。
「薬と食べ物はね、人体実験の積み重ねだからホイホイ先に進まないんだよ。周りからどんなに変人扱いされようと未知に挑む冒険者の一歩が未来に通じるのさ。毒や失敗を恐れて挑戦しなくなることを私は恐れる」
ニヒルに微笑みカッコつけているけど、ハペコはまだ新発見をしたことがない。今のところは毒を口に入れて悶絶するのが趣味の変態だ。他の村人から食べられるキノコかどうかの質問に答えられるから一応役には立っている。大抵の毒キノコは「でしょーね」の見た目だが。
なんの感銘も与えていない「へー」の視線を受けて、ハペコはうなだれた。
「セナちゃんが面白い毒抜きを見せてくれたけど、これでも完全に毒がなくなりはしないんだよね」
ハペコは籠から一本のキノコを手に取った。日焼けしすぎて水膨れした肌から色素を抜いたような、禍々しく白いキノコ。テングタケ類はやめとけって。
以前セナが見せたように、ハペコはキノコに魔力を通すと水分を抜くように毒素を抜いた。土器のお椀に溜まる乳白色の粘液を見ながらため息をつく。
「セナちゃんの発想は面白いし、薬効の抽出とか今後進歩しそうなんだけど、食べ物に関しては手詰まりなんだなぁ。完全な毒抜きは出来ないから危ないままだし、なにより毒は旨味ってこともある。折角食べられるように加工出来ても不味かったら台無しでしょ?」
キノコの魅力が分からない子供組は首を傾げ、ハペコはいっそう深くため息をついた。
「美味しいものをもっともっと見つけて食べたい。これってそんなに変かなぁ」
「食べられるキノコを探すより、いま食べられると分かってるモノを美味しく調理するレシピを研究したほうが喜ばれるんじゃない?」
「グフッ」
ヒメの正論パンチがボディに入ってハペコは崩折れた。他人の自然治癒力も高める希少な回復魔法が使えるから医師役の立場だけど、彼は薬の調合も料理も、こまごまとした作業が下手だった。
「ハイをいれたみずでにるといい、かも?」
セナは籠の中の極彩色なキノコを観察しながら呟き、ハペコたちは少し間をおいて灰と理解した。
「おぉ、皮のなめしと同じようにか。試す価値はありそう」
タンパク質を溶かすアルカリ性水溶液につけたら大抵のモノは変化する。その変化が良いのか悪いのかまではセナには分からないから言った本人も自信なさげ。植物から灰は悪と怖れる声が聴こえた気がしただけのこと。灰汁かも。
植物によっては灰を利用して神経毒を中和出来ることもある。ただし基本キノコの毒は殺意高めだからちょっと無理。まず菌類は植物じゃないし。キノコ好きのハペコはのちに肩を落とすが、野菜山菜のエグみを取り除く調理法が広まるきっかけは一応生まれた。
灰を入れた熱湯で煮たツキヨタケ類にあたった冒険者がトイレにダッシュしたころ、村長の家にモアイが神妙な顔をして入った。そのまま流れるように村長の前で土下座。
「どうした?」
「オネー様っ、俺にあてがわれる結婚相手の件、取り下げてもらえませんかっ」
「とっくにキャンセルしとる」
「村の掟をないがしろにしたら道理が通らないのは分かってるけ……ど……?」
モアイ、新学期に寝坊した三年生が二年の教室に駆け込んだ、みたいな顔に変わった。
村長はもとより皺だらけのせいで表情が読み難いが、それでも分かるほどつまらなさそうに見下ろして話した。
「今となってはもう無関係だから名は伏せるが、先方には断りを入れてある。想い人、出来たんじゃろ? 社会ルールとは最大公約数の幸せのためにある。掟といっても、半ば強制といっても、誰にとっても不幸なルールは迷わず破棄に決まっとるわ」
「オネー様……、ありがとうござ」
「勘違いするな。スベリ止めをキープしながら本命に告るとか、そんなダサいヤツはこの村に必要ない」
スベリ止め扱いされた人にも失礼の極みだし。との言葉は村長は飲み込んだ。モアイもそれは分かっているから頼みにきたわけで、むしろ仮にヨセターゲッテにフラレてからなにくわぬ顔で婚約を進めたら軽蔑ものだ。
つまり実はモアイは筋を通せるか意気地を試されていたのだが、見事合格したらしい。と本人は気付かず心配事が消えて安堵している。
「お前はさっさと告ってこい。フラレたら気不味すぎるから他所の村に行け」
「ハッ、もとより全部背負って勝負してやらぁ。情緒ギャンブラーとか、どいつもこいつも本番に弱い俺を笑い者にするけどよぉ、一生に一度、これだけは絶対に勝つ」
ハイハイ、と村長は興味なさげに手を降って追い出した。ひとりで盛り上がって誰に決意表明してるのやら。
明確なルールではないけど、この地域は男女の別なく気になる人に歌を贈る。歌の在り方は人それぞれ。ライムやフロウを感じるものもあれば、詩、あるいはもっとストレートに想いを朗読する例もある。
要はクリエイティブな積極性が好まれがち。尖りすぎると理解されないのは何でもだが。虫も鳥も山野の動物も自分なりの求愛を頑張る。臆病は悪くないが恋愛に関して虫以下は情けなくないか? と煽られるという、引っ込み思案には地獄のような文化かもしれない。
モアイはシャキッと気合いを入れて歩く。前方にジダンが。
「今日くらいは応援してやるよ」
「おう、サンキュー」
すれ違いざまにグータッチ。苦笑しながら振り返って背中を見送るジダンに村長が近寄る。そもそも負けたら強制結婚の賭けは、アンミナ対モアイとジダンだったような。
「グリシン村の夢オチベアクロー、ウオーズがお前の相手じゃ。準備しとけ」
ジダン、マークシートを塗り潰す解答欄が一個ずつズレていたことをテスト終了間際に気付いた、みたいな顔に変わった。




