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白露1 無駄を凝縮して大空へ



 スズムシが鳴き始めたリコピン村。

 まだ空は青いがすぐ赤く変わるわね。ヨセターゲッテはあぐらをかいて丸めていた背を伸ばした。長時間同じ姿勢だったからバキバキだ。

 外にゴザを敷いて一日中作業に没頭していた。成果はそばに並んだ骨製の(やじり)。彼女は今作り終えた一個を陽に透かして眺めた。


 魔力を使った成形はしたことがなかったから、不出来ではある。彼女は身体強化と奇妙な聴覚を持っていて、外に干渉出来ないししようとも思わなかった。なのに少し教えてもらって、というか手本を見せてもらっただけで簡単に出来た事実に驚いた。あなたは十五歳でしょ、魔力の使い方なんてまだまだ伸びるわよ。教師役のチュンリはそう言って笑った。


 身体強化が出来るのであれば、歯ブラシを振動させるように触れた物に干渉するくらいは難しくない。魔力の伝わりやすい骨の武器を使うのも要領は同じ。道理だ。


 陽射しが目に染みて鏃を置く。カルチャーショックの一言で片付くのか分からない。国が変わればこうも全てが変わるのか、彼女は困惑の夢から覚めなくて感情を持て余していた。


 鏃を袋に入れてゴザを丸めて(きびす)を返すと自分の家。そう、彼女は自宅をゲットした。

 この村で暮らしたい。チュンリに素直に相談したら話が縮地した。村内は数ヶ所の井戸を中心に何軒か固まっていて、チュンリの家の近くに誰が音頭をとるわけでもなく村人が集まってサクッと建ててくれた。


 一旦家に入って道具をしまい、再び外へ。庭に革を干していたから取り込む。今は村中がワイバーンの後始末にてんてこまいだったりする。

 つきあいのある村へ大量のお裾分けをしてもなお余る。肉は水気を抜いて塩漬けや燻製に、骨は武器や農具に、そして現在は最も時間のかかる皮の加工が一段落ついて、革を使ったお洒落なモノ作りに没頭する人が多数いるらしい。


 ヨセターゲッテは両手持ちサイズの壺を持って井戸へ向かった。どの庭にも木の杭が何本も打たれ、低い天井のように革が張られていて、まだ木くずだらけの水槽に漬けられた皮もスタンバイしている。なめす技術は雑だとしても、タンニン処理出来るのは文明が進んでいる。技術は発見したもの勝ちだから早い遅いは運ではあるが。


 ワイバーンの革なんてアッチでは権力者のお宝扱いだったのに、コッチではただの素材。ヨセターゲッテは衝動的に笑いたくなって、その感情がなんなのか気になって、井戸までの歩みを緩めながら過去を振り返った。

 価値観の違いを整理して切り替えないと病む、そんな気がして。



 故国の建物は石造りが(アイツ今日もひとりかよ)主で、ハンターギルドの(そろそろ食べ頃じゃねぇの)事務所も広々と、そして寒々(フンっ、小娘がイキっちゃって)としていた。

 誰も読み書き(森に入るなら俺もあとから……)出来ないから、カウンター越しに職員(抵抗するなら始末……)から説明を受ける人がちらほらと。

 ゴブリンやオーク(ひとりなんてアイツから誘ってんじゃ……)は国から駆除の報酬がでるために人気があるが、基本は野生動物の肉に需要がある。


 ヨセターゲッテも他のハンターと同じくカウンターでおすすめを聞く。他人と被ると誰も得しないから素直に職員の采配に頼ったほうがいい。

 もっとも、近くの森は立ち入り禁止。離れた場所にも森はあるが人間が物騒。だからもっと離れた湖で鳥をターゲットにするのが彼女の日常だった。そちらに同業者が大勢向かうようなら別の狩り場に行く。そういう態度を見せて隙を見せないために事務所に顔を出す、と言っても過言ではなかった。


 本当に人間が一番うっとおしい。狩り以外のエネルギーがバカにならない。ヨセターゲッテはずっと、ずーっとストレスに苦しんだ。

 心の声がうるさい。異性は日に日にゲスな内容を増し、同性も、というか同性こそ醜さがエグい。


 ハッ、と気付いた。新しい環境に適応することに集中したり、風変わりな心の声にツッコむことに意識が向いていたけど、この村に来てからは静かだ。自分に向けられる不快な声が聴こえない。

 この差はなんだろう。井戸に釣瓶(つるべ)を落として水を汲み上げながらぼんやり考えていると、珍しく自分に向けられる心の声が。


 (ヨセターゲッテさんこんにちは、村は慣れましたか。困ったことがあればなんでも声をかけてくださいね。そうだ、森の案内なんてどうですか。いい狩り場を知っておくと便利ですよ)


 ヨセターゲッテにとっては馴染みのある、下心ありありの声。ただし彼女の知る男どもは、この口調で話しながら心の声は、森に連れ込めばコッチのものグヘヘ、といったお約束だから彼女には新鮮に感じた。

 もちろん心の声は聴こえていないテイで、横から聞こえる足音に首を向けると、セナとヒメとライを連れたモアイが近付いて来ていた。そして何故か繰り返す心の声。


 (ヨセターゲッテさんこんにちは、村は慣れましたか。困ったことがあればなんでも声をかけてくださいね。そうだ、森の案内なんてどうですか。いい狩り場を知っておくと便利ですよ。さあ言え、ヒヨッてんじゃねぇぞ)


 「こここここん、こん」


 嘘みたいにアガってた。


 (おまっ、おまっ、お前バグってんのかっ。こんにちはすら言えないってなんだよ。口ぃ、裏切ってんじゃねぇよちゃんと動けぇ)


 硬直するモアイを尻目に、ライはシーズン終了だとは思うがカブトムシを探して走り出し、セナは近くの草むらにしゃがんで何かを観察していて、ヒメだけは恋バナの予感をキャッチして、邪魔しないように離れつつもガン見していた。


 「あ、あの、ああの、あの」

  

 (いーやー、ムーリー。て諦めんな。そろそろ婚活シーズン、あのババァに相手を強制される前にっ、結果を出さなきゃマジでヤベぇ)


 かつてモアイは村長にカリ・ユガ(※手押し相撲)を挑んで敗れ、強制見合いが課せられている。強制といっても狭くて広いコミュニティのしきたり。これで上手くいく面もあるから続くわけだが、流石に成人したての若者はちょっとくらい夢を見たい。


 そんな事情は知ったことではないヨセターゲッテは、少し不機嫌になった。いや打算まみれなのは自分もだからお互い様なのは分かっているけど、もう少し、こう、真っ直ぐな気持ちを伝えようとかって思わないの?


 (えぇ、とべないの? じゃあ、そのハネはなんのために……。コイのウタ? そっかぁ、ハネはとぶため、だけじゃないのか)

 (そうそう恋の歌くらい歌って……、てなんで幼児とスズムシの会話のほうが色気があるのよっ)


 ヨセターゲッテは脱力して、軽く考えをまとめてから口を開いた。


 「あの、モアイさん、でしたよね。私、そろそろ狩りをしてみたいんだけど、ここの森は初めてだから、よければ注意点など教えてもらえると助かります。あ、もちろん手の空いた人たちも誘って、ですが」

 「へっ? あ、あああの、そののの」


 (ゴォォォォル、じゃなくて、ちゃんと返事しろ俺。ハイ喜んで、誠心誠意、案内を務めさせて頂きます。初めて見た時から、その、陰りのある表情が気になってたんです。故郷で大変な目にあったのは察するけど、ここは、この村は、エンジョイ&エキサイティングをモットーに楽しく暮らすことを至上とします。貴女も笑えるようになるといいですね、て言えよ俺ぇ)

 (モアイにいちゃん、このおねえちゃん、おもってることきいてるよ。だから……)


 ヨセターゲッテは鳥肌が立った。今まで誰にも、親にもバレたことはないのに、こんな小さな子にバレた? まさか他の人たちも心の声が聴こえている? そんなバカな。


 (こういうときこそスカイラブハリケーン)

 (なんっ、でやっ、ねーん)


 「すっ、す、スカイラブハリケーン」

 「お前も言うんかーいっ」


 ヨセターゲッテは物心ついてからずっと被っていたネコを大空へぶん投げて素で叫んでしまった。地面に泡を垂れ流す歯磨き百回分はスッキリした。


 暮れなずむ夕焼けのリコピン村に響くスズムシの合唱。こころなしかキーが上がって祝福しているような。

 


 

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