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処暑1 ツッコミがドンブラコ



 スココココン。森の中から時々響くノック。せっかちなキツツキが越冬のために南下して、早くも家造りに勤しんでいるらしい。

 

 スココココン。アタタタタタ。

 いやなんでやねん。空耳だとしても気合いがこもりすぎる音に自然にツッコミながら、ヨセターゲッテは目を覚ました。


 知らない天井はココ数日で慣れた。全て石材でおおわれた、広々とした地下室。家主が言うには、夏涼しく冬暖かく、何より魔物の襲撃を気にせず快眠できるとのこと。いや気にしろよ。

 ちょっと言葉の壁があるから本当にそう言ったのかは自信がないけど、チュンリと名乗った家主は裏表がなくて意思を汲み取りやすい。

 

 ヨセターゲッテは起き上がると左腕を触ってみた。多分三日か四日前は折れていたのに、もう痛みはなく治っている。

 ゴブリンから逃げ回り、一か八か瀑布に飛び込み意識を失い、気がつくとココにいた。

 リコピン村。なんなんだココは。見知らぬ行き倒れを無償で助ける優しさも珍しいが、なんといえばいいのか、目にする全て、耳にする全てがビミョーにおかしい。何がおかしいのか分からない。おとぎの国に迷い込んだような非現実感らしさ。


 彼女は急な階段を登って一階に出た。地下と一階を隔てる上げ蓋は、日中は開きっぱなしだから外の音は聞こえるが、上に行くと他の五感も刺激を受けた。地下室とは一変して、木の柱をおおう藁。干し草の匂いが熱気と共にムアっと。


 涼しい早朝に起きて外に出て慣らさないと体調を崩しそうね。じわりと滲む汗の不快感にそんな感想を抱きながら外に出ると、チュンリが草むしりをしていた。地に両手をつけて魔力を流すと、周辺の草がウニュっと絞り出るように地面に横たわるソレをむしるとは言わないが。


 「おはよー、WmafO%♪」

 「オハヨ、ござマす」


 まだ分からない単語が多くて意味を拾えないけど後半は、顔色良くなってきたわね、といったところか。魔物や動物相手もそうだけど、ヨセターゲッテの能力は感情を読み取る部分もあるから、自分なりに翻訳して伝わることもある、というのは彼女にとっても新たな発見だった。言葉の通じない外国人とのコミュニケーションは初めてなもので。


 「顔洗っといで、ごはんの用意しとくね(意訳)」

 「はい」


 チュンリは気安く挨拶して家の中に入った。

 庭には木組みの屋根付き棚が置かれていて、洗面道具など雑多な小物が並んでいて、ヨセターゲッテは自分の歯ブラシにウォッシュとかいうゼリー状の液体をかけて口に入れて、まだ慣れないけど魔力操作を頑張った。どうでもいいが彼女は食前に歯磨きする派らしい。


 ヴィィィン


 大量に口から溢れ出る泡。地面に豪快にボトボト落ちる絵面。ヤバイこれ楽しい。口の中も気持ちもスッキリする。

 ヨセターゲッテにとってリコピン村の習慣はどれも目新しいものばかりだけど、戸惑うことだらけだけど、おおむね好ましかった。


 「そろそろ事情を聞いてもいいかしら。食べ終わったら村長のところに行きましょ。貴女が流された川の上流にいるっぽいゴブリンについて、ウチの村も気にしてはいるから」


 ヨセターゲッテに後ろ暗いところはないけど軽く緊張した。あのゴブリンの脅威はこの村にとっても他人事ではないのか、と。

 言葉も早く覚えたい。故国は亡んだし、彼女はもとの地域に戻る気はなかった。まだ村を見て回ってはいないが、弓矢を使った狩りは普通にあるようだから居心地は良さそう。近くに森もあるとか最高。


 言葉の問題は、不思議なことにチュンリも、怪我を診てくれたらしいハペコとかいう人も、まるで気にしない態度だ。

 チュンリ曰く、「ありがとう」「頂きます」「スカイラブハリケーン」の三つを使えれば日常生活に支障をきたさないとのこと。ホントかよ。

 日常会話の大半は無駄な内容だから、その大半を無駄な一言にまとめておけば楽、という理屈らしい。ちなみに女子はスカイラブハリケーンの代わりにカワイイでも可。


 運用例

 『おーい、コレ』

 『ありがとう、頂きます』

 『ウィーッス、スカイラブハリケーン』


 もともとリコピン村の面々は独自の方言を作りがち。これは伝説の初代村長(当時二十四歳)の、「カブったら負けかな、て」の名言が悪影響を与ている。


 朝食を終えてチュンリに連れられて村長の家へ。その途中。


 (……えますか? いま、あなたのアタマのなかに……、チョクセツはなしかけてます。もしもきこえていたら……、……うーん、……、……しゃくれてください)

 (なんでやねんっ)


 ヨセターゲッテは内心全力でツッコミながら心の声が聴こえた方向へ振り返った。

 五メートル離れた場所に立っていたのは三歳くらいの男の子。目の前の木を見上げて、よく見るとセミを注視している。


 (相手ソッチかいっ)


 だとしてもなんなんだ。この村はなんなんだ。ボケが渋滞してやがる。


 なんか気力を消耗して疲れつつ、ヨセターゲッテは村長の家に入った。

 家には他にも四人の年配者があぐらをかいていた。ご意見番四天王と呼ばれているらしい。もうその程度じゃツッコむ気にもなれない。

 あと年齢は二十歳で打ち止めルールも聞いているから、年配者と心の中で思っても口には出さない。この村の永住を決めた最初の一手かも。いちいち年齢を気にしない、最高じゃない。


 「ヨセターゲッテ、言葉を選ばなくていい。話したいことだけ話していい。無駄話、大いに結構。儂らは暇を持て余しとる。川に流されるまでに何があったのか、教えてくれんかの?」


 チュンリは案内が済むと回れ右して去り、室内は六人。ヨセターゲッテの前にもお茶が置かれて、全員が彼女を注目する、ということもなく談笑している人もいて、落ち着いて話せる雰囲気が作られている。あと何故か室内がヒンヤリしていて快適。

 ヨセターゲッテは目を伏せて回想しながら独り言のように滔々と語った。




 サキーカ王国の、ゴブリンへの対応のまずさ。そこから始まる時限爆弾。

 先日爆発して、サキーカはあっけなく亡んだ。

 ただ、国が亡んでも人は生きる。支配階級や兵士、戦う力を持つ人は壁となり、多くの民は隣国に流れ込んで難民となった。


 隣国、アブリ王国もサキーカと大差ない国力。難民の処遇だけで危急存亡の(とき)なのに、ゴブリンをどうにかする術などない。

 だから周辺国に頼った。ウチが亡んだら次はおたくだぞ、て脅迫に等しい援助要請ではあるが、一国で臭いものに蓋をして手遅れになったサキーカよりはマシか。


 軍の移動なんて計画を立ててなお時間がかかるものなのに、ゴブリンが次にどう動くか予測出来ないからとにかく速度を優先して、旧サキーカ王国の国境に連合軍を結成したけど、当然烏合の衆だった。


 ヨセターゲッテもこの戦争に斥候として参加した。避難したけどサキーカ出身というだけで肩身が狭く、撃退しなければ先がないと判断して。

 彼女が所属するハンターギルドは国際組織でも何でもなく、国に認可された同職の集団というだけの意味しか持たないが、一応土地鑑もあって斥候に適しているという判断材料にはされた。

 大抵の人が隠し持つ醜い一面に晒される彼女にとって、群れは苦痛でしかないから少数で行動する斥候は助かった。


 そして彼女たちが周辺の警戒にあたりつつも見守る戦場にて、ゴブリンは見たこともない魔法を使い、噂に聞いたこともない戦闘力を奮って人間側を蹂躙した。

 しかし、それは時間制限があったらしい。普通の人がペースを無視して全力疾走すれば十秒でバテる。そんなドーピングだったらしい。


 戦闘開始から一時間ちょっと。始まりから終わりまで総力戦のどつきあいという、どちらも狂っているかのような凄惨な光景だったが、人間側が勝利した。

 負けたら自国が亡ぶ。勝つ以外に生き残るルートはない。連合軍はそう追い込まれていたからどれだけ絶望的な戦局でも逃げなかった、というのが勝因だった。


 とはいえ、二万のゴブリンに連合軍十万で当たり、生き残った人間はたったの二万。勝利とは呼べない脱力ものの結果だった。誰も勝鬨(かちどき)を上げず、血の池と化した戦場に呆然と立ち尽くしていた。

 そこに突然、さらに上回る悪夢襲来。


 初めに気付いたのはヨセターゲッテたち斥候組。戦場は静まり返っていたから余計に、離れた位置から何人かの悲鳴、身も世もなく泣き叫ぶような震え声が注意を引き、魂が抜けたかのような兵士たちも斥候組を見て、つられて遠い空を見上げて、同じく、否、感情の抜け落ちた能面で涙を流した。


 悠然と編隊を組んで飛行してくるワイバーン。

 

 ヨセターゲッテも絶望に崩折れそうになったが、近くにいた仲間の悲鳴にビクリとこわばった。

 役目を忘れ、長く戦場に気をとらわれて警戒をおろそかにしたツケ。戦争に参加しなかったゴブリンは斥候組の輪の外側にいつの間にか大勢いて、スキだらけの人間に復讐するかのように一斉に襲いかかってきた。


 そこをどうしのいだのか、ヨセターゲッテはロクに憶えていない。棍棒の一撃を喰らって腕が折れて、夢中で逃げ回り、ゴブリンに食われるぐらいなら、と半ば自棄(やけ)になって川に飛び込んだ。すぐ先は滝壺と分かったうえで。


 そこで意識が途切れて、現在に至る。どうやらこの村はゴブリンの本拠地がある樹海を挟んでサキーカの反対側に位置するらしく、この人たちもゴブリンの動向を監視していて、監視拠点は利便性を考えて川の近くに作るから、流される自分を発見したらしい。助かったのは運というより必然ぽいが、この恩は決して忘れない。


 思いを込めて語り終え、彼女はずっと閉じていたまぶたを開けた。分からない言葉はいくつもあったはずだが、上手く伝わっただろうか?


 オネー様と呼ばれている村長は、しばらく胸の内で吟味するかのように瞑目して、おもむろにポツリと呟いた。

 

 「つまり……、リコピン秋のワイバーン祭り開催か」

 

 ナンデヤネン

 



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