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立秋2 ゴブの花道



 残暑厳しい炎天下の平原。

 大気の揺らめく地平線に布陣するニンゲンの軍勢を睨み、ゴブリンキング、王は腕組みして考える。

 算数は難しいから大雑把ではあるけど、コッチは二万、アッチは十万以上。……、こりゃ勝つのは無理ぽ。ニンゲンずるい。数の暴力ひどすぎ。


 十日ほど前、あの日、雨の匂いを嗅いで壁の手前、森の際で待機。日が落ちて土砂降りになってから行動開始。

 土壁はもともと高くないから、切り倒した木を架けるだけで渡れた。アレで防げるつもりって、ニンゲン、やっぱ知能低いな。

 都市の防壁もチョロい。石の成形が得意な連中があっという間に穴を開けた。


 そこからは蹂躙。夜が明ける前に完全占拠した。ここまでは計画通り。なんなら予想以上の成果といえる。ニンゲンの武具も補充出来た。

 以前大量のニンゲンが森に攻め込んで来た時、石より硬い武具を装備していて驚いた。ニンゲン、やるじゃねーか。

 まぁクソ暑い季節、森の中で蒸れまくる重い防具を着て、木が邪魔で振り回すことも出来ない長い剣や槍を持って、密集しながら戦うつもりとか……、アタマだいじょうぶそ?


 勢子(せこ)と呼ぶ誘導役を使って半魔の猪や鹿を突撃させて、囲んで石投げるだけで全滅した。盾を構えたってクルブシに石当たったら泣くよな分かるぅ。

 ニンゲンがテツとか呼んでた素材を大量ゲットして、職人ゴブに成形させて、エリートゴブに配備したけど、まったく数が足りてなかったから補充出来たのは大きい。


 都市を手に入れて、街中の食料を手に入れて、ニンゲンの肉を手に入れて、周辺のハタケとやらに実る美味い草も手に入れて、突撃隣りのごはん作戦は成功に終わった、はずだった。

 次の日にはニンゲンの軍が攻めて来るってドユコト?

 見たことないけど他所の縄張りに俺と同格のゴブがいるとして、俺たちがフルボッコにされたとして、そのゴブたちが助けに来るのか? アリエーナイ。

 ニンゲン、闇が深そ。


 結局攻めて来た軍を野戦で撃退した。都市に籠もって壁沿いに守るっつっても石投げるくらいしかすることないし、広範囲に散った連中を仕切るの無理だし。突撃がラク。

 ニンゲンは腰抜けだ。半分も殺さないうちに悲鳴を上げて逃げ出す。俺たちゴブリンは突撃と決めたら全員死ぬまで止まらない。

 だから野戦も楽勝だった。

 さらに多くのテツを手に入れて、コイツらが来た大元、シュトだかオウトだか言う本拠地に攻め込んだ。これが不味かった。


 流石に迎撃体勢が整ってた。流石にな。だよな。すぐ調子に乗るのがゴブリンの致命的な欠点だよなー。

 結果その都市も滅ぼせはしたが、仲間がゴッソリ死んだ。五万は超えてたのに、三万まで減った。

 そんでニンゲンはまたどこからか十万で攻めて来る。ニンゲンは一匹見たら三十匹はいると思え、て言われているけどホントだな。

 こんなに次から次へと来られたら無理。オワタ。

 それでも俺は王だからな。やるべきことはやってやる。

 とりあえずまだ死にたくない連中は故郷も含めて各地に散らせた。次代の繁栄は任せたぜ。


 にしても……。


 王は平原に仁王立ちしていた。足は肩幅程度に開き、二メートルを超える自身の身長近い鉄の大剣を抜き身のまま地に刺し、柄頭に両手を乗せて、地平線から進軍中のニンゲンを睥睨(へいげい)して。

 夜明け頃は野営を引き払う黒い塊だったシルエットは、そろそろ太陽が天頂に差し掛かる今、ニンゲンの集団と視認出来るほどに近付いている。

 

 今日、これから自分は(たお)される。十万のニンゲンに絶対に勝てない、と思ってはいない。むしろ目の前のアイツらは壊滅させる自信がある。

 ソッチじゃなくてさ、一番強い敵はニンゲンじゃないんだよなぁ。


 王は軽く天を見上げてため息をついた。

 今年の秋はアレをしてない。ここ数日、とんでもない量の血が流れた。ときたら、何が起こるか読めるだろ?

 まさかと思うがニンゲンはこのテの予測も出来ないのだろうか? いっそ哀れだな。俺たちゴブリンも、お前たちニンゲンも、今日終わりなんだよ。


 にしても、二万も残るか? 覚悟を決めてる俺ですら、逃げて再起する誘惑が何度も頭をよぎるのに。

 王は気持ち背後をチラ見して声をかけた。


 『これが最後のチャンスだ。意地を張って命を散らす俺に付き合う必要はないぞ』


 『おーいイッチがフッてきたぞー』

 『バーカひとりでカッコつけてんじゃねぇ』

 『ここは任せて先に行け、て嫁に言った定期』

 『背中の傷は父の恥、て息子に言ったンゴ』

 『意地を張れないゴブはただのゴブだ』

 『テメェらのゴブは何ゴブだぁっ』

 『『『『『『意地イッチゴブリーチ、卍・解』』』』』』


 『ククッ、ククク、お前ら、最期までソレかよ。いーよ最高だ。王は御輿に担がれて後ろで見てろ? そんな作法はクソ喰らえ。最初から最後まで、俺が先頭だっ。ついて来い』


 王は大剣を抜き取り、真横に構えると、一歩目からフルスピードで敵陣に突撃した。両陣営の距離は二百メートル。瞬く間に縮み、弓兵の配置など調整しようとしていた人間側はやや動揺してしまった。


 『アカ・マナフよ照覧あれ。貴方様の忠実なる下僕、ゴブリンを統べる王の名のもとに、魂をくべて咲かせて散りゆけ戦の徒花っ。バーサク・デスマーチ』


 王は黒い炎に包まれ、その炎は背中からマントのように揺らめき広がっていき、付き従うゴブリンたちも同様に燃え盛った。

 しかし誰も熱は感じていないらしく、火傷などのダメージも受けていない。

 ただ、情熱という意味でのボルテージは一気に最高潮に達した。


 『『『おおおーっ、これがホントのアットホームと書いてブラック』』』


 黒いゴブリンの大軍は吶喊(とっかん)をあげながら敵陣と衝突。(くさび)を打ち込んだように陣形を分断して、横に広がり、前進も止まらない。


 『ニンゲンっ、俺の首、とれるものならとってみろぉ』


 王の咆哮に人間側の兵士は怯え、絶望的な表情を浮かべはしたが、逃げることなく意味をなさない叫びを上げて立ち向かい、嵐のように唸りを上げる大剣に巻き込まれ、盾も鎧も剣も槍も、手足も首も胴体も関係なく泣き別れになっては宙を舞う。

 王の背中を守るゴブリンたちも、人間の知るゴブリンではなかった。全員狂戦士。

 脳内麻薬の大量分泌により、仮に生き残ったとしても明日には廃人確定。火事場のクソ力も強制発動。

 どのゴブリンもハイになって狂気の笑みを浮かべ、死を恐れず弾丸のように敵に迫る。迫り続ける。


 その戦場はまさに地獄絵図だった。


 そして、ただでさえ連日のようにおびただしい血が流れて広範囲に匂いを撒き散らしているのに、新鮮な匂いが加わった。


 全長十メートル、翼を広げた全幅七、八メートル。伝説級のドラゴンは別格として、人類にとって最も身近な空の脅威。知能は低いが風と重力の魔法を本能で身にまとい、地上を這いずる物はエサとしか認識しない、好戦的かつ獰猛なハンター。城壁に拠って魔法や飛び道具に頼らなければお手上げの魔物。

 

 戦場から遠く離れた雲海のすぐ下、ワイバーン十一頭が編隊を組んで悠々と飛行しながら鼻をひくつかせた。


 さらなる地獄絵図に塗り潰されるまであと僅か。




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