芒種2 実録! 公共工事
雲がまぱらに広がり陽射しを和らげ、涼風が心地良い午前中。
夏ツバメ 羽根を伸ばして ママトーク
ツバメA「ヅィヅィー(奥さん見て、ニンゲンが何かしてますわよ)」
ツバメB「ズィヅ(あらやだ、虫? エサ増やしてくれるの?)」
ツバメC「ピューヅィッ(オロカ、ニンゲンにキタイするなど)」
????「ぞぞたぅん(隣りのビオチン村でタイムセール、昼まで)」
ツバメA「ピ(?!)」
ツバメB「ヅィヨー(ンな特ダネ聞いちゃー……)」
ツバメC「チョーズズズ(ノるしかねーだろビックウェーブ)」
家々の屋根から同じ方向へすっ飛んでいくツバメを見送り、セナは手応えを感じて拳を握りしめた。通じた気がする。魔力アップ、こういうことかっ。
いちがいに違うとも言い切れないがズレてはいる。
セナたち子供組は村の外れで遊んでいた。隠居組は子供から少し離れた場所で日向ぼっこ。作業組を遠くに見ながらボケーッと。そんな大人たちは涼風の助けもあって余裕を見せながら魔力全開。
「親方ぁ、オッケーでーす」
「おう、離れてろ。……、経る年月と共に形を変えるが自然の理ならば、利を以て形を変えんと欲す人の業に恥じ入れどご寛恕賜れたし。地母神ガイアの名のもとに、クリエイトアース」
身体強化をかけた五人が鋤を使って土をほぐす。これはどこに水路を作るかの目印。上流の川付近から村へ、幅五十センチ、深さ二十センチ、長さ五十メートルの直線が地に刻まれると、ムグナンの詠唱によって圧力がかかったように土が動いた。目印に沿って幅一メートル、深さ一メートル、長さ五十メートルの透明な箱を無理やり嵌めたった、みたいなファンタジー。
多少周囲の土が盛り上がったコの字形が造成されると、ムグナンにモアイが近寄った。なにやら自分の拳に口吻して天に突き出したが特に意味はない。さらに二人のおっさんがモアイの左右やや背後に並び、三人による複合詠唱。
「「「来たれ冥府の番犬ケルベロス、地獄の業火、テュポーンの息吹に乗せて示せハデスの威、フランメ・アーテム」」」
モアイが高熱、二人目が送風、三人目が範囲固定することによって、幅一メートル、深さ一メートル、長さ五十メートルの溝はほんの少しガラス質に輝いた。十代おでこくらいのテカり。素人作の陶器といったところだが、水が染み込まない水路としては上出来だろう。
一瞬の使い方だから低燃費、まだ何発でも撃てる。
打ち合わせ通りに成功してハイタッチを交わす三人を見て、ジダンは面白くなさそうに鼻を鳴らした。ちなみにおっさん二人はモアイ考案の詠唱が恥ずかしかったようだがノリは良かった。思春期にかかるあの病は不治なので。
一方穴掘りメンバーも身体強化をかけてモリモリ働いていた。 スプーンでくり抜かれるスイカ二分の一の如くゴスゴス地形が凹んでいく。
無数の階段を設置しながらお椀形に掘り進めていき、ある程度形が整うとアンミナがウォーキン。詠唱するまでもなく小さな竜巻をやすり代わりに壁が滑らかに。少し離れてサンドが続く。
「土埃は巻き上げて後ろへ排出って器用だな。でも俺はもっと器用なんだよ頼ってみろや。かけまくもかしこき高御産巣日神、天地造成の御業の一端、大前を拝み奉りて、かしこみかしこみ、まバキューんくらふとっ」
サンドが両手をつけた壁面縦横五メートルが組成をいじられて、内実までは不明だが見た目は花崗岩に変化した。厚みは一センチもない表面だけの硬質化だが、モアイたちの工夫と遜色ない。
「あー、久し振りに詠唱つきの変成したけどホントに魔力アップを感じるな。こりゃヤベーわ俺も新術の開発取り組んでみっか」
「ええやんええやん、新しいチャレンジはワクワクすんね。誰か美容魔法編み出してくれへんかな」
「美容魔法ってなんだよ幻覚見せるイカれた発想しか出てこねぇわ、てかいつまで見た目にこだわってんだよ中身イイ女のくせにしょーもねー、健康魔法でも作ってみやがれ」
ガラは悪くて基本褒める合法ショタとポジティブ美魔女の共同作業。脳がバグりそうな絵面のせいで周囲の村人たちは目線を向けないようにしている。何人か腰トントンや伸びをしながら空を見上げた。
スタートダッシュは良かったが、穴が深くなるにつれてペースが落ちてきた。土の運搬は重労働だ。そんな方に朗報です、子供組をご覧ください。
セナ三歳、ライ五歳、ヒメ八歳、コン十二歳。ちびっこに混じってひとり、場違い感に悩む少年が。ひょろ長い身体のせいで余計に浮いている。
未成年扱いだし実際身体強化も少し出来るようになってきた程度の子供ではあるが、狩りを訓練中ということもあって、有用な手伝いくらいは出来るつもりのお年頃。コンは何か手伝いたくて、でもちょうどいい感じの役目が見つからなくて、大人たちを見ながらソワソワしていた。
身体強化はなくても魔力の扱いは長けていて、まだ本能的な制限はかかっているけど、サンドに似たモノ作りの才は周りからも知られている。本人も自負しているから何か役に立たねばと勝手に焦っているのだが。
そんなコンを眺めていたセナがピコンと閃きテトテト近寄った。
「にーちゃ、こう」
セナはコンの足元にしゃがみ、石を握って地面に絵を描いた。
大きくTの字、そこに重なるようにUの字を描き描き。そしてウームと険しい顔で首をひねった。
いや何故お前が悩む。内気なコンはツッコみたい衝動を抑えて暗号解読を試みた。興味をひかれてヒメとライもトットコ近寄りウーム。
セナの頭の中ではスリングショットという投擲兵器のイメージが思い浮かんだはずなのだが、上手く表現出来ないまま霧散した。今せっせと掘っている穴の底から外へ岩をポーンと投げ飛ばすイメージ。セナが思い浮かべたのは人が装備する兵器だし、もしもスリングショットを作れたらそれはそれで新発明ではあるが、ちゃんと言葉にするとスリングショットではなく攻城兵器な。いろいろ無理があった。
「あ、オレわかったかも。兄ちゃん、とりあえずつくってみよーぜ」
ライが閃き、大きさや形状を伝えて、コンが土を操り試作する。高さ二メートルのTが立った。とりあえずでサクッと作れるコンもたいがい将来有望ではある。
「で、セナはここにたって、魔力のひもをアッチまでのばしてー、そうそう」
Tの端から上を通って反対方向に魔力の紐を伸ばし、ライはその紐を握って言った。
「姉ちゃんもてつだって。セナをひっぱりあげよー」
結果は失敗。溝もなにもないから紐が滑り落ちてセナは少し持ち上がっただけだが、コンは理解した。ついでにピョコっと浮いたセナは喜んだ。
「穴の底から土を運ぶのか。面白いアイデアだね。紐がズレないよう溝を、いや……、あれ? えうれかっ」
定滑車降臨。コンは興奮気味に土を操り凹型の車輪を二つ作ると、Tの両端の下にくっつけた。あと不安定だから土台をしっかりと。堅実こそモノ作りの基本。
もう一度ちびっこたちに同じ遊びを頼むと、今度は魔力の紐がズレることもなく、ヒメとライに引っ張られてセナは少し浮いた。セナは大喜びだがコンは首を傾げた。自分でもセナを引っ張ってみて唸る。予想と違う。
重い物を持ち上げるのは楽になる。自分の体重も利用出来るから当然ではある。でも予想ではセナがもっと軽く感じるはずだった。どこがおかしい?
二個つけても定滑車だから重さは分散しない。当たり前の物理だけどコンには、というかリコピン村の誰にも分からない。
「二個つける考え方は間違ってないんだよ……、多分。増やす、いやそうじゃない。あれ、ナニコレ、そんなまさか、ナイナイナイえうるるるれぇぇかっ」
動滑車降臨。興奮しすぎてラテン系巻き舌。
ここからは魔力の紐は維持が難しそうだから、コンはダッシュで自宅に帰って縄と木材を拝借してきた。
コンのテンションにつられてちびっこも魔改造ごっこを楽しみ、なんやかんやでお昼前。
穴掘り組からどよめきが上がり、何事かとサンドやアンミナも周りを見て、周りが見ている方向を見上げて口をあんぐり開けた。
やや逆行で隠れた黒いシルエットが男心をくすぐる、四輪荷車に固定されたクレーン。旋回も可。滑車は木製、他は土だがセナが金属並みに硬くしたことで細身に。全体にヒメによる軽量化が施されていて機動力も抜群。
穴の底へ、棒の先端から降りてくるフックのついた動滑車に土の塊をセット。塊にしたのは声をかけられた村人。重さはざっと百五十キログラム、大丈夫?
不安そうな人々を尻目に、ハシゴを登ってTの先端から垂れるロープにぶら下がるヒメ。次いでライ、セナと続いた。ほぼライがセナを肩車しているっぽい。
これだけで八十キロ近くは重量が相殺されたから、コンが余裕で引っ張って、村人に旋回を手伝ってもらえば運搬完了。どよめきが喝采に変わった。
またひとつ、文明が進み、村長の読みより早く治水工事は終了した。
さらに翌日にはもう、村の井戸に定滑車が設置された。
どこの世界もアルキがメデスったらヤπんよ。