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芒種1 チームワーク



 北の山脈から吹き下ろす乾いた風、北西から平野を渡る清涼な風、南西の海から漂う湿り気を帯びた潮風、三者が交わってやんのかステップの螺旋を描きながら風薫るリコピン村。


 最近村人全員の魔力が上がった。

 ミハイルはもとより、彼から一部始終を聞いた関係者は例の精霊のおかげと知っているが、大半の聞いていない者は突然の能力アップに困惑気味だった。


 体感二割増しくらい。体力と違って魔力は気力のようなものだから調子によって変わるけど、おおよそ今までより使えるようになったらしい。おや、洗い物がメンドくさくないだと……? くらいのレベルアップ。

 それでもアップはアップ。強さに貪欲な村人は内心ニヤけたし、その高まったモチベを村長は見逃さなかった。


 『躍進の時キタコレ(プルスウルトラ)、治水フェスティバル』


 リコピン村の必勝ウグイス嬢、スキマが高らかに叫ぶ謎のフレーズで広場に呼び出された村人たち。ちなみにスキマ二十歳(圧)は腹話術の使い手であり、気が向くとセルフエコーをかける。

 老若男女、全員集まったのを確認すると、村長は厳かに語り始めた。


 「(みな)の衆も知っての通り、今や空前の農業ブーム。クワ、スキ、カマ、タカエダキリバサミ、新たな道具が次々と生まれ、草や骨や生ゴミを一定期間地中に封じることで堆肥も生まれた。このブームが終わる兆しはなく、果てしなく続く農耕ロードが約束されておる。ならば今、この村が総出ですべきは何か、分かるな?」


 分からなくてざわつく村人を睥睨(へいげい)し、村長はしわくちゃに隠されたまぶたをカッと開いた。


 「雨季がそろそろウキウキ、魔力高まり胸高まる衝動、行動しなきゃ変わらぬ光景、問題見えてないならよく聞け本題。地を耕す、地を潤す、あとは雨が降ればあっぱれ、さらなる豊作は造作もない。有為転変は世の常、浮き沈みを憂いつつもじきに雨季。勝ったな」


 村長、いや、リコピン村の弾幕ウィッチは呪詛のように滔々と語り、喜ばしいことのはずなのに陰鬱な投げかけを受けた村人たちは動揺した。あと韻を踏まれて少しイラッとした。

 

 「どうした? 勝ったな、とフッてあげたのじゃから、ああでもおおでも返すがいい。……返せんのじゃろ? そろそろ雨が降ると誰が決めた? 未来は誰にも分からん。最高の未来しか思い描けない幸せな人は何もしなくていい。何も考えず黙って命令を聞く家畜であれ。じゃが組織のトップや責任感のある者は最悪を想定する。今日も明日も魔物に襲われる可能性があると思っているから皆に強さを求める。いつ食料が不足しても誰も飢えないよう備蓄を怠らない。そして近日中に雨季がくるはずじゃが、雨が降らなくても降りすぎても作物はダメになる。じゃから……」


 小柄な老婆のどこにそんなエネルギーがあるのか、村長は大音量で檄を飛ばした。


 「川から水路をひき、ため池を造る。最悪な未来をぶち壊すツワモノよっ、今日、限界を超えてみせいっ!」


 おお、と村人ノッてきた。ぶっちゃけ話半分も理解してないが、ノッたモノ勝ちだ。


 「ええとオネー様、具体的にはどう……?」


 相変わらずこういう場面では一番に質問する潤滑油、リコピン村の見切りビビラー、ガシュウが声を上げた。

 村長が見て頷いた相手はミハイル。トップは指針を示し、計画を立てるのは下の者。苦労人ミハイルは溜息をついて仕切った。


 「西の川上流から村へ、さらに下流へ溝を掘り、村付近に巨大な穴を掘る。規模がどれくらいになるかは皆の頑張り次第だな。溝掘りはムグナン、五人はいたかな? 魔法使いを率いてくれ」

 「おうよ」

 

 野太い声で応答したのはご意見番四天王のひとり、リコピン村の干し肉ガーディアン、ムグナン。土を操る能力は村一番の腕を誇る。

 魔法使いはもっといるのに何故五人なのか、おそらく他の作業に回すつもりか。ムグナンは察するとモアイやジダンなど、土への干渉が可もなく不可もなくのメンバーを呼び集めた。


 「まさか一日で片付けるつもりじゃないよな。締め切りは?」

 「三日で良かろう。五日は頑張りすぎ、ってとこだな」


 ムグナンの察しのいい質問にミハイルは淀みなく答える。村長ともそうだが、このへんは長い付き合いからくる阿吽の呼吸だ。


 もっとも、と内心ミハイルは溜息をついた。治水工事なんて半年前から計画を立てて十日費やす、くらいの慎重さが欲しいというか当然だと思うが。

 農業フィーバーの始まりが五、六十日前あたりだからしょうがなくはある。今年は運に任せて来年工事しようと思っていたら魔力の上がるイベント勃発でチャンス、という流れか。

 瞬発力の高さがオネー様らしい、と苦笑しながらミハイルは続けた。


 「幅一メートル、深さ一メートルの溝、上流と村と下流を繋いで……、八百メートルくらい。イケるよな?」

 「若いもんに頑張ってもらうわい。おう、いくぞ」


 ムグナンは短く応えるとずんぐりむっくりの身をひるがえして歩き去った。親方と呼びたくなる立ち居振る舞い。


 「土は苦手だから、新術作ってみっか」

 「バーカ、失敗するオチしか見えねぇわ」

 「あぁん?」


 親方の後をついていくモアイとジダンは今日も仲良し。

 ムグナン一行を横目に見つつ、ミハイルは所在なさげな他の村人たちに向かって声を張り上げた。


 「身体強化メインの者は村南西、手つかずの荒地で穴掘りを頼む。半円のくぼみになるように、アンミナ……」

 「はいよ、指揮ったるわ。あんたら聞いたね。クワ、スキ、スコップなんでもいいから掘れる道具、あとスマイルとドリーム持ってあっちに集合駆け足ー」

 「サンド、穴壁面の硬質化を」

 「俺ひとりでやれって? ケッ、人使いが荒すぎんだろ信頼の証が重いだろうが久し振りに本気出すぞコノヤロ」


 それぞれ打てば響く反応の良さを見せて仕事に取り掛かる。最後にミハイルはまだ残っている子供組を集め、親たちは見届けてから行動を開始した。


 「セナ、いいコにしててね」

 「あいっ」

 「あー、お前さんはおめでたなんだろ? 安静にしておきなさい」


 ミハイルは慌ててアガサを止めた。そう、彼女は妊娠が発覚した。悪阻(つわり)がひどくなかったせいで気付くのが遅れたが、おそらく年末あたりに出産予定が見込まれる。外見はまだ変化なし。


 「心配無用。適度な運動はしたほうがいいのよ」


 アガサは手のひらを振って行ってしまった。身体強化は筋力や神経に限らず、免疫力や治癒力すら高める。つまり医療の未発達な環境において、乳幼児や老人の死亡率は高めではあるが、出産リスクは低い。


 村長はクツクツと笑って見送った。女は強く、母はもっと強い。威風堂々としたアガサの後ろ姿に比べて、彼女のそばで右往左往する心配性なポアロの滑稽さよ。まぁアレで上手く釣り合いのとれた夫婦なんじゃろ。村長はどこを見るとはなしに全体を見回した。


 「ほんに良い村じゃ」


 リコピン村は共同作業に慣れている。耐久力の低い藁葺きの家を建て直す時、狼や猿の半魔やゴブリンのような集団の脅威を察知した時、保存食をまとめて作る時などなど、頻繁に集まって問題に取り組む機会がある。だから━━。


 「三日も必要あるまい」


 非常識と分かった上で村長は確信していた。リコピン村って非常識だもん。


 

 

 

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