小満1 謎が謎を呼んで放置ゲー
雲ひとつない空はいつまでも見ていると吸い込まれそうな程あどけなく澄み切っていて、そんな清夏の空からリコピン村を俯瞰すると、手探り無計画に農業をやっているせいで割とカオスな色彩を帯びていた。
米や麦といった穀物は知らないから果物の木が中心。薬草や香草もまばらに。桃の木はショッキングピンクの花を咲かせ、オレンジの木に咲く花は黃に黒の縞が入ってなんか警戒色。
数カ月で木が生え花が咲き果実も実りそうて、全農家にピンポンダッシュ級のフザケた光景だが、リコピン村の面々は前例を知らないからそんなものだと受け入れている。
比較的まともな人格者、ミハイルも広場の丸太に腰掛け色とりどりの周囲を見渡し、何かが変と感じつつもスルーした。真実はいつもひとつ、モヤっとしたら犯人は大体魔力、またなんかやらかしたんだろ? て。
視線を広場中央に戻すと子供たちが遊んでいる。今日はミハイルが保育士係だった。子供は遊びの天才。放っといても次から次へと新しい遊びを思いつく。
「とどろけほうこう(ガオー)、うなれかぎづめ(シャー)、つかむなしっぽ(ニャーン)、ODE KUU OMA エーノ ATAッマー MALU カージリー、びゃっこわんわんおー」
ライ五歳。両手を顔の横ラインに並べて五指を開くとか(ガオー)、右手と左手交互に繰り出す猫パンチとか(シャー)、上半身を倒して腰を高く掲げるとか(ニャーン)、そして合いの手にセナの鳴き声とかっ。
萌え死にするニャン。ミハイル五十五歳はあまりの可愛さに幼児退行しかけた。
プロデューサーのヒメも悶えるミハイルを横目に見ながら深く頷いた。大人の真似して詠唱ごっこ。思い描いた通りにブラボー。
「姉ちゃん、なんかちげぇーよ。かっこよくねーよ。あと恥ずかしーよ」
「じしんもって。セナちゃんとの合体魔法、ぜったいサイキョーだから」
ライは不満顔だがヒメはとりあわない。セナは遊べればなんでも楽しくて鳴き声を上げ続けている。
「オレなんの魔法もつかえそーにねーなぁ。気合いいれてもウンともスンともいわねー。セナや姉ちゃんはいーなぁ」
「気合いは関係ないって。私の軽量化なんて使い所は……、重い木や石を運ぶ時とか? たいして活躍出来そうにない他愛のない魔法だよ」
威力以前に持たない者にとっては持っていることが羨ましい。拗ねるライにセナがトテトテ近付いた。
「にーちゃ、まほう、アルヨ? ガオー」
「おいおい、これは遊びだっつーの」
意味が通じなくて、上手く言葉にならない苛立ちも乗せてセナがブンブン首を横に振ると、ヒメが察して驚いた。
「もしかしてセナちゃんも感じてる? 私の気のせいじゃなかったんだ。あのねライ、ルテイン村のお祖父ちゃんおぼえてる? 無理か。まだ小さかったもんね。えっとね、お祖父ちゃんは『ビースト』って魔法を使うの。一度見せてもらったけど、私にはよくわからなかった。ふつうの身体強化より強そう、て感じたくらいの違いだけど、その変な感じがライにもあるんだよね」
「オレ魔法使えるってこと?」
「たぶん?」
可能性が開けてライは喜び勇んだ。さっきより真剣に詠唱を始め、セナもキャッキャとノる。チョロい。
「とどろけほうこう(ガオー)、うなれかぎづめ(シャー)、つかむなしっぽ(ニャーン)いやまって、コレやっぱちがうって。もっとカッコいいのがほしー」
正気に返るのが早くてヒメは小さく舌打ちした。弟は姉のおもちゃでなければならないのに。
「姉ちゃんはどんなえいしょー考えてんの? オレ見たことないや」
「うーんもっと大きくなって色々出来るようになったら、て思ってるんだけど、ま、いいか」
ヒメは軽く息を整えて構えた。まだ発動はしないけど、魔力を高めて両手を天に掲げる。
「二千にひとつ足りない数、七つの月に導かれて降れアンゴルモアの大王。この世の終わりを予言せし彼の者を讃えよ。隕石に乗りて来たれっ、ノストラBombs」
ライ、ドン引き。なにこの姉? なにが他愛のない魔法だよぜったい進路魔王じゃねーか。どうする親にチクっとく?
「じゃー次は、セナちゃんのカワイー魔法みんなで考えようか」
ライの怯える視線を無視して、ヒメはご機嫌に振り付けを作り始めた。そんな彼女を片手で押し留める仕草を見せてニタリと邪悪に笑むセナ。オリジナルの詠唱なんて、そんなもの、そんなものっ、とっくに考えているに決まっているでしょうがっ。
「ギョショーにハチミチュ、シオとワインをしょーしょ」
目の前の仮想煮えたぎる釜に仮想材料をポイポイ。
「かきまぜぐつぐつジタンジタン」
両腕をくっつけずに組むようにして、ぐるぐる回す。気持ちスクワットも加えて。
「トリニクダイブ タレインザチュカイ ヌッテハヤイテ ジタンジタン」
両手を天に突き出しその場でクルクル回転。
「いでよテリヤキチキン。食べても食べてもいでよテリヤキチキン。ポンポンペイン」
全てのチカラを正面へドーン。夢と希望と食欲を乗せて、魔力、全・開。
『呼んだ?』
なんか出た。
ずんぐりむっくり丸いフォルムの鳥。セナより少し大きい、つまりかなり大きいスズメ? 全身純白だからスズメっぽさはない。シマエナガ?
「ふぉぉぉ、てりやいていいの?」
『ダメ』
ダメもとで聞いたらダメだった。
スズメ?は丸くてつぶらな瞳を首ごとクイっと斜め上に向けて、首ごと視線をクイっと斜め下の地面に落とすと、また首ごと斜め上を睨んだ。
セナはニコニコしながら見守っている。さっきの自分のダンスを真似している、つまりこのコも照焼きチキンを愛する同志に違いない。
セナの体感五分くらい。スズメ?は斜め上を見たまま結構な時間が経過して、おもむろにセナに相対して、また五分くらい硬直した。
『合格』
「やったぁ」
なにかに合格したらしい。長く苦しい戦いだった。でも諦めなくて良かった。照焼きチキンよ、永遠に美味しくあれ。
ノリ重視で小芝居を楽しむセナを見届けて、スズメ?は出現した時と同じく唐突に消えた。
今のは何? ナニかが現れ消えるまで、セナ以外は全員冷や汗を噴き出して硬直していた。
セナはアレが照り焼きチキンの精霊だと感じたし、ミハイルも察した。いや照り焼きチキンではないし何を司るかは分からないけど精霊だとはミハイルも思った。
セナ以外の者にはアレの言葉は聞こえなかった。姿を見せたり声を聞かせたり、そして加護を与えたり、そうするかどうかを決めるのほアチラの気分次第。精霊とはそういうものだ。そうミハイルは伝え聞いている。
ミハイルを含めて魔法を使えるベテランは感覚で知っている。自分のチカラが自分だけのチカラではないと。いつも見えないナニかに助けられていて、それを精霊と呼ぶ。
まさか姿を見る日がこようとは。ミハイルは安堵と感動の溜息を深く深くついた。セナには驚かされっぱなしだ。
凄まじい存在感だった。ひとりでアレと相対すれば神と信じたかも、いやまぁビジュアルがアレだからビミョーではあるが、セナのように自然体で相手出来る生易しい存在ではなかった。
ライとヒメもプレッシャーから解放されて地にへたり込んだ。腰が抜けた。子供はさらに感覚的に答えを知る。
セナの呪文、そしてあの時間が狂ったかのような間。二人の声がハモる。
「「時短の精霊?」」
「テリヤキチキンのせーれーだよ」
「「おー、ごちそーだぁ」」
子供たちの反応をミハイルは和やかに眺めた。とりあえずご両親とオネー様に報告するとして、セナはシャーマンのような立ち位置にすべきか。今後について考えを巡らせる。
端的にいうと、精霊に気に入られた人を害すると祟る。精霊に喧嘩を売るのと同等となり、どんな形かは曖昧だがなんらかの報いを受ける、らしい。
まぁリコピン村は醜い争いとは無縁だし、過敏に気にしなくていいか。ミハイルはサクッと結論を出して子供たちのもとへ歩いた。そろそろお昼寝させとこう。
植物の大精霊ドライアドに続き、時の大精霊クロノスの加護ももらったセナだが、誰も、本人も気付かない。そして精霊も気にしない。そもそも「植物の大精霊ドライアド」も「時の大精霊クロノス」も、人が勝手につけた肩書きは正しくないし。
見えないモノについて、自分が信じたいフィクションを構築してマウントとりたいだけのくせに、名付けて属性だのヒエラルキーだの、体系立てて細かいことをグダグダ論じる残念な人に大半の精霊は寄り付かない。邪霊なら寄って来てからかうことも。
在るがままに受け入れる、おおらかなリコピン村の人々が多くの精霊に好かれている所以である。