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第六話

「世界から不毛と呼ばれる土地でさえも、朝日は綺麗に昇るものだな」


「当たり前です。そもそも北の大地は、不毛の土地ではなかったのですから……魔王の封印が、その土地に生ける者に影響を与える為なのです」


 二人のみで魔王が封印される地へと飛竜に乗って向かっているが、魔王を倒そうとする仲間としてなければならないものが、彼らは持っていなかった。


 それは、信頼である。


 二人ともに、相手が自信を信用していないと考えている現状では、空を駆ける竜の背で隣に並び立とうとも、両者の間には厚い壁が存在していた。


 リュカはそれでも良いと考えていたが、フィソラはそうではなかった。


 〝二人きりで日の出を見ながら、空を飛んでいる状況は、関係を修復するのに非常に良いのでは!?〟


 厳しく凛とした表情とは裏腹に、フィソラは浮かれていた。


「ねぇ、少し良いかしら」


「なんだ?」


「私のことを神だと知ったあの時から、貴方は私を毛嫌いするようなになったわ。実はその理由を、貴方に尋ねていないことに気づいたのだけれど、聞かせてもらえないかしら」


「それを、今聞くのか? もうまもなく魔王と一戦交えるという状況なのだが……やはり神を理解することは、到底できんな」


 フィソラの問いかけに、一瞬驚いたように目を見開いたリュカだったが、すぐに呆れ顔になると、息を大きく吐いていた。


「そんなあからさまに嫌な顔をしなくたって、良いじゃない? ここには、私たち二人だけしかいないのだし、誰かに貴方の本心も、私が女神であるということも、聞かれることはないのだから。ね?」


 自分を見ないリュカに対して、目の前に回り込み、あざとく上目遣いで、渾身の可愛い表情を作るフィソラ。


「そんな顔をしても無駄だ。俺が、そんな分かりやすい女神の笑顔で誑かされないことを、まだ分からないのか」


 渾身の上目遣いによる女神の笑顔に耐えられる人の子などいない筈と、分かりやすく媚びを売っているフィソラは、リュカに無碍にされると、すぐに精神を立て直すことが出来ずに、その場で固まっていた。


「どうした?」


「……なんでもないわ。そんなことより、これからの段取りについての話をしましょうか」


 誰にもしたことがない全力の〝私の可愛い顔〟を見せたのに、空振りした恥ずかしさに顔が真っ赤になるのは耐えたが、実はよく見ると僅かに身体が震えているソフィアを、新界から観ている兄が絶賛し、創造神がほっこりしながら神酒を嗜んでいることを、この女神は知らない。


「確認だが、本当に魔王がいたとして、女神が俺の手助けを本気でするつもりか?」


「するに決まっているじゃない。どうして、そんなことを今さら疑問に思うのよ」


「所詮、これ(魔王)とて神の遊戯に過ぎないのだろう? 人に試練を与えるだの何だの言って、高みの見物でもするつもりだったのだろうが」


「は? はぁああああああ!? ふっざけんじゃないわよぉおおお!!!」


 先程まで作ったありったけの可愛い顔を作った女神はどこへ行ったのか、鬼の如き形相でリュカを睨みつけ、怒りに肩を振るわせるフィソラだった。


「リュカ! この私が! この世界の管理者である私が! この世界の秩序を自ら乱す存在を、解き放つなんて! あるわけないでしょうがぁああああ!!!」


「お、おい。ちょっと、待て」


「待ってられるかぁあああ!!! あんのクソジジイの道楽でどれ……だけ! 迷惑こうむってると思ってるのよ! 女神の苦労も知らないで、そんな……そんなこと言わないでよぉおおお! えぇえええん!」


「おい、本気でどうした? 情緒不安定すぎないか? 泣くな、おい。頼むから。今から魔王を二人で倒しに行くんだぞ?」


 人の身の身分もあり、本当の意味で二人っきりになれる機会など、そうそうになかった為、フィソラは本当にこの二人だけの魔王討伐作戦を喜んでいた。


 念入りに鏡の前で、一番自分が可愛く見える角度を練習し、二人きりならリュカも異なる態度をとってくれるのではないかと密かに期待していたのだ。


 そんな想いを勝手に抱き、期待して落胆する姿は、完全に恋する乙女のそれである。


 フィソラは女神ではなく、恋する乙女になっていたのだ。


 一方、英雄リュカは人生で一番と言って良いほど狼狽していた。


 女神が人の姿をして、自分たちを弄んでいる。否、自分の気持ちを弄んでいると考えているリュカは、こんなことになるなど予想だにしていなかった。


 その為、彼にしては非常に珍しく慌て、汗をかき、あれほど完璧な戦士である筈の英雄が、目の前の女性が予想外の反応をして、大泣きしているという事態に対応できずにいた。


 妹が女神であることも忘れ、一人の男の為に取り乱す姿をみた兄の神は、神界でその様子を覗き見ながら、感激のあまり大創造神に絡みに絡みまくりながら神酒をあおっていた。


 そして兄は、思ってしまった。


 〝あれほどまでに感情を殺し、仕事一筋に生きてきた妹が、人の姿をとっただけで、こんなにも可愛らしい反応を見せてくれるのか。ならばもっと……〟


 結局のところ、創造神系統の神族というのは、とくかく面白いことが好きなのであり、ましてや、それが妹の恋路ということであれば、これ以上ない暇つぶしとなるのが、兄だとて〝神〟という存在の業であった。


 女神の兄は、大創造神と盃を何杯も交わしながら、あるお願いをすることにした。そして、その願いは〝面白そうだ〟という理由で、即答で受け入れられたのだった。


「おい、そろそろ泣き止んでくれないか? もう、瘴気がもっとも濃い場所の真上なんだぞ? おそらくこの真下に、お前()が用意した魔王が……」


(女神)が、貴方にそんな意地悪するわけないでしょうがぁああ!」


「えぇ……」


 リュカにしてみれば、女神の神託のせいでこんな事になっている訳であるため、フィソラの怒りは理不尽でしかない。しかし、彼は思わず吹き出してしまっていた。


「くくく……あっはっはっは」


「何がおかしい……のよ?」


 リュカが突然笑い出しので、馬鹿にされたのだと思い一瞬怒鳴りかけたフィソラだったが、リュカの顔を見ると毒気がさっと抜かれて、見惚れていた。


 そこには、彼女が惚れてしまった彼の屈託のない純粋な笑顔があったからだった。


「まるで、子供の頃のフィー(・・・)じゃないか。全く、君の信徒が見たら幻滅するどころじゃすまないぞ」


 笑顔からの愛称呼びは、もうフィソラの限界を突破させた。顔は真っ赤になり、瞳は潤み、その表情は蕩けていた。


「うるさい……リュカは、私の信徒じゃないから、別にいいでしょ」


「確かに、俺はお前(女神)の信徒ではないが……女神の素顔が、フィーと変わらないと思わなかったぞ」


「威厳を示さないと女神っぽくないでしょ……それに公爵令嬢、というより貴方の許嫁として相応しい振る舞いをしていなければならないんだし……」


「それに、今回の魔王騒動が女神の仕掛けでないというのは、本当なのか?」


「あ……うん。私はこの世界の管理をしているのだけれど、この世界に干渉出来るのは、私以外にも前任の神と大創造神ね」


 人の子に話して良い類のものでは、間違いなくないのだが、大創造神に敬称をつけない時点で、今回の件や他にもこれまでにちょっかいを出されている事もなり、神界の事などどうでもよくなるほど怒っていたので、躊躇なくフィソラは話していた。


「……それでは、千年前の管理神は……君か?」


「千年前は、私でなく、前任である私の兄ね」


「そうか……そうだったのか……ははは……なんて、俺は愚かだったのだ。アレ(・・)は君ではなかったのか……」


 リュカの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ち、それをみたフィソラは絶句していた。リュカのそんな姿をフィソラは、これまで見たことがなかったからだ。


「……リュカ?」


「あぁ、すまない。とんだ勘違いをしていたようだ。千年前の俺を殺したのは、君じゃなかったんだな」


「……今、〝千年前の俺〟って……そんなことは……え?」


「なんだこの光は!? フィー!?」


「リュカ!?」


 突然、二人が乗っている竜が二人ごと、地上より伸びてきた光の柱に包まれた。咄嗟に脱出しようとした二人だったが、時すでに遅く、魔王の身体を触媒にした神級魔法の発動により、一瞬にして二人はこの世界における生を終わらせられたのであった。


 そして異なる世界にて、二つの新たな命が、同じ日、同じ時間に誕生した。


 月日は流れ、その二人は高校の入学式を迎える日となっていた。


龍志(りゅうじ)! あんた、入学式から遅刻なんてするんじゃないよ!」


「はいはい、あと一分は余裕があるんだから、そんなに言わなくても大丈夫だっつってんだろ」


 この物語は、神の戯れのために殺され、異なる世界に転生し高校生となった二人が──


「お嬢様、出発のお時間となりました」


「えぇ、今行くわ」


 運命という名の神の悪戯に翻弄されながら、用意されたレールから外れようとする神への叛逆を記したものである。


 『序章 完』

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