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第三話

 世界の首脳会議より一ヶ月後、王都に飛竜護送隊三十機が約束通りに舞い降りた。


「リュカ! 久しいな! また強くなっているじゃないか!」

「シン! 当たり前だ! それにお前も身体がまたデカくなってるな!」


 王都正門前の広場に降り立つと、すぐさま一人リュカへと駆け寄った男がいた。


 朱色の全身鎧は、まるでレッドドラゴンの様であり、それを纏う男もまた鎧に負けない巨躯であった。しかし、その口から発せられる言葉には、リュカへの親しみが溢れんばかりであった。


 二人は、リュカの修行時代に手を合わせた仲であり、リュカには及ばなかったものの、シンも十二分に〝英雄〟と言える存在だった。そして二人は、他国の英雄同士であったが、親友と互いを呼べる程の仲でもあった。


「今回は、本当にすまんな。うちの婆ぁが、毎度同じようにリュカの所に迷惑をかけちまって。千年も前の事を、今も引き摺りやがって。もしかして、ボケてんじゃねぇのかと思っちまう」

「俺の代わりに口にしてくれてるんだろうが、シンが護送隊の隊長という立場で、それを言ったら不味いだろうに」

「良いんだよ、今だに千年も前の事をグチグチと言ってるのなんざ、うちの国じゃ婆ぁくらいなもんなんだ。俺の部下達も、むしろ〝鬼神〟と共に旅して、魔王なんていう化け物と戦えるかもしれないと楽しみにしてるくらいだぞ?」

「それは、心強いな」

「あぁ! 任せておけ!」


 がっしりと握手を交わす二人だったが、シンがリュカの背後を一瞬目を向けた後、小声で話を続けた。


「それでだ……あの異常な魔力を持つお嬢さんは、誰なんだ? 正直、初めてリュカと会った時みたいに、背中に冷たい汗が流れるのを止められんのだが」

「あぁ……フィソラは、俺の婚約者だ。我が国の公爵令嬢なのだが、魔法の腕は国内随一の使い手でな。今回の調査団に参加することになったんだが……」

「だが?」

「つい先程、俺もそれを知ったところだ」

「なんじゃそりゃ! はっはっは! リュカの婚約者とも共に旅が出来るとは、また面白そうだ。それならば、旅の最中は二人用の寝床を別に作らねばな。安心しろよ、ちゃんと遮音仕様にしておいてやるぞ? くっくっく」

「やめてくれ……」


 満面の笑みで面白そうに笑うシンとは対照的に、リュカは渋面を作り、思わず嘆息を吐いていた。


 二人はその後も軽く近況報告を互いに済ませると、互いの実務担当者を呼び寄せ、調査に付いての会議をする為に、王城へと向かったのだった。


 北の大地へと向かう出立日を明日に控え、その日の夜はドラウンド王国飛竜騎士護送団の壮行会が王城にて開かれた。調査団として北の大地へと向かうニッフォン王国調査団二十名、ドラウンド王国飛竜騎士護送団三十名、総勢五十名は出立前に互いに親交を深め、明日に備え英気を養うのであった。


「おい、ノア。フィソラの件だが、どうなってるんだ。良い加減に、団長である俺もこの日までフィソラが参加する事を知らなかった理由を教えろ」


 丁度、バルコニーへと風に当たりに出ていたノアを捕まえ、リュカが目を細めながら詰め寄っていた。互いに酒が入っているものの、出立を明日に控えている状況では、嗜む程度にしか飲んでおらず、二人の間に流れる空気は決して浮かれている雰囲気は全くなかった。


「大いなる力が働いたと言うしか……実は、シアサ陛下とクモリ公爵様が、正に飛竜騎士団が到着する直前に、フィソラ様を調査団に加える事を決定致しました。そしてその事をリュカ様には黙っていろとのご命令でしたので、お話しすることが出来ませんでした。申し訳ございません」

「父上とクモリ公爵が……その時の二人の様子は、いつもとお変わりなかったか?」

「え? あ、はい。いつも通りのお二人だったかと」


 リュカの反応が予想と異なったのか、ノアは若干困惑しながらも、リュカの問いに答えた。すぐにリュカの問いに答えられたのは、特に王と公爵の様子に違和感を全く感じなかった為であった。


「そうか……」


 一言呟くと、リュカはノアから視線を外し、バルコニーから見える星空を見上げた。


「リュカ様、如何されました?」

「いや、何でもない。フィソラの魔法の腕は、父上も知る処だったからな。クモリ公爵から、調査団への参加の承諾を得たのだろう。俺に話さなかったのは、婚約者を同行させる事に、俺が反対するとでも思ったのだろう」

「そう……ですか」

「急な人員変更で、お前には苦労させるが、よろしく頼む」

「いえ、フィソラ様の魔法の腕前は調査団員の全員が知る処。戦力として考えた場合は、これ以上なく心強い方です。寧ろ、我が国一二を争う強者であるお二人が、共に国を抜ける事へと不安の方が大きく感じております」

「確かに国の防衛力という意味では、俺とフィソラが国外へと出向くのは不安だが、首脳会議で決めた調査を狙って他国が攻めてくる事は、流石に考えにくいだろう。ドラウンド王国も自国の英雄であるシンを、今回の護送団の団長に就かせたくらいだ。あの幼い婆ぁも、この国に対しては今は動かんだろう」

「幼な婆ぁとは……ドライヴァルーナ女王を、そんな風に言えるのはリュカ様ぐらいですが、公の場でうっかりその呼び名を口になさらないで下さいよ?」

「それは保証できかねる。本人を前にしたら、躊躇なく言える自信が、俺にはある」

「外交問題になりかねませんので、本気でやめて下さい」


 呆れ顔で嘆息を吐くノアだったが、実際はそこまで心配している訳ではなかった。リュカとは、幼い時からの付き合いであり、リュカと付き合いの浅い者には伝わりにくいが、彼が冗談として言っていることは分かっているからだ。


「今回の遠征ですが、リュカ様は本当に北の大地に〝魔王〟なる者がいるとお考えですか?」

「間違いなく居るだろうな」

「リュカ様がそこまで迷いなく仰るほどに、ドラウンド王国の魔力探索能力は、高く信用できると言う事ですか……」


 迷いなく即答したリュカの様子に、ノアは北の大地の魔力の揺らぎを感じ取ったドラウンド王国の広域探索能力の高さに、驚きを隠せなかった。ノアは、まさかリュカが断言するとは思っていなかったのだ。


 そして、二人は明日からの旅路の事について、少し話をした後で会場に戻ると、丁度その時に美しい歌声が響き渡った。


 二人は思わず足を止めると、リュカは目を見開き、ノアに至っては驚くだけではなく、瞳に涙が浮かんでいた。


「何という……美しく、そして何と穏やかな気持ちにさせる歌なのでしょう……」

 ノアの呟きに、リュカは一人嘆息を吐くと、会場の中央で女神の様な歌声を披露するフィソラに目を向けると、この会場でただ一人顔を顰めるのであった。


 壮行会も終わり、調査団や飛竜騎士達が宿舎へと戻った後、リュカは一人王城の鍛錬場に出向いていた。その腕には彼愛用の大剣が握られており、その瞳は今から果たし合いでもするかの様な鋭さであった。


「女神フィリアソラよ! 我が呼びかけに応じ、その姿を現せ!」


 大剣を鞘より抜き、闇に向かって突き出すと、リュカは自らの覇気を声に乗せ、必ず応えがあると確信している様に声を張り上げた。


 数秒の静寂の後、月明かりの当たらない鍛錬場の出入り口の影から、一人の女性が現れた。


 公爵令嬢にして、第一王子の婚約者フィソラ。そして、それは人の身体に自らを転生させた女神フィリアソラであった。光り輝く神の気を纏うその姿は、まさに女神の降臨と表現する他ないほどの神々しさを持っていた。


「神を呼びつけるとは、不遜にも程があるわ。人の子よ、身の程を知りなさい」

「そんなお決まりの言葉など、俺言っても意味がないことを知っているだろう」


 リュカの言葉に、分かりやすく嘆息を吐く女神フィリアソラだったが、リュカの言う通りに、それを咎めたところで、彼が何も変えることがないことは明白であった為に、それ以上の小言を言うことはなかった。


「それで出発の前日に、こんなところに態々呼び出して何の用? 貴方の神に対する暴言は、聞き飽きているのだけれども?」


 そして彼女は、公爵令嬢の様な美しい話し方でもなく、女神のような威厳のある話し方でもなく、酷く砕けた雰囲気で、つまりは幼馴染と気兼ねなく話すかのような雰囲気に変わっていた。


 その様子に、今度は逆にリュカの方が嘆息を吐いていた。


「その砕けた態度をやめろ。気が削がれる。それに、間違っても俺の前以外で、本性を表すなよ。公爵令嬢としても女神としても、優雅さも威厳も何も感じられないのだから」

「あら? それってつまり、〝俺の前だけでは、本当のお前でいろ〟って言う口説き文句?」

「言葉と態度に気をつけろよ。今、俺の手には大剣が握られているのだからな」

「矛の貴方と盾の私で、この王都を犠牲にせずに決着が付くとは思ってないでしょ? そんな振りは良いから、私を呼んだ理由を言いなさいよ」

「全く……まぁいい。神は何を考え、何をするのか、人には到底理解することなど出来ん。いついかなる時も、俺が油断することはないと、旅を前に伝えたかっただけだ」


 決して心を許すことはないと、フィソラに大剣を突き付けながら宣言するリュカの瞳は、一片の迷いもない力強さを映していた。


 逸らす事なく、リュカの視線をその瞳で受け止めるフィソラは、負けじと女神としての神気を身体に纏う。その拳を強く握り、ほんの少し震わせながら。


「心配しなくても、今回の旅の最中に、貴方にちょっかいをかけることはしないわよ。しっかりと、調査団の一員として一端の活躍をお見せするわよ」

「ぬかせ。そもそも女神であれば、さっさと魔王とやらを滅するなりしてしまえ。態々周りくどく、神託や異なる世界から得体の知れない者を呼び出すくらいならな。この世界を、混乱させたいのか」


 リュカの言葉に対し、フィソラは目を見開き口を開いたが、結局何も言う事なく口を閉じた。そしてリュカには、悔しさを我慢するように唇を噛んでいるように見えた為、内心彼は驚いたが、当然のようにそれを表情に出すことはなかった。


「話はそれだけ? 明日は、世界を救う旅の出発なのよ? 貴方もさっさと、明日に備えて寝ることね、団長様」


 それだけ告げると、フィソラは踵を返し、訓練場を後にした。


「世界を救う旅……か」


 リュカは、一人呟くと天を仰ぎ見た。そして、天に向かい大剣を掲げた。


「この世界の真実や、神々の事など俺には知った事ではない。〝人〟として、お前達に抗うだけだ。この旅の果てに、何があろうとも」


 明朝、調査団は北の大地へと向かって、出立したのだった。

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