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第二話

 フィソラ・ラェカテ。ニッフォン国を支える公爵家の令嬢にして、第一王子リュカの婚約者である。頭脳明晰にして容姿端麗、光り輝く白銀の長い髪は絵にも描けない程の美しさであり、リュカと並び立つ姿は、まるで英雄に寄り添う女神の様だと評される程だった。


 ゆったりと椅子に腰掛け、そんな婚約者の事を頭に浮かべながらリュカが天を仰いだ時、執務室の扉が叩かれた。


「リュカ様、この扉を開き、貴方の元へと近づいてよろしいでしょうか」


 声を聞くだけで、その者の美しさが思い浮かんでしまうような美しい声が、扉の外から聞こえると、これまでで一番の渋面をリュカは作っていた。


「構わん。と言うより、断っても君は勝手に扉すら開けずに、部屋に侵入してくるのだろうが」

「そんな事は、致しませんよ。リュカ様が私を拒まない限りは、でございますが」


 魔性というよりは魅惑の微笑みという表情をリュカに向けながら、扉を開けたフィソラが部屋へと足を踏み入れた。彼女の美しさを見事に引き立たせるドレスを着こなし、文句の付け所のない身体つきを惜しげもなく主張しながら、リュカの目の前にまで歩み出ると、フィソラは、改めて口を開いた。


「それではお聞かせください。陛下には、しっかりと調査団への参加を断って頂いたのですよね?」

「断れる訳がないだろう。この案件は、世界の国々を治める首脳陣が集まった場で、正式に決まった事だ。それにこの国から未知の領域へと向かうのであれば、俺以上の適任な人物はおらん」


 自身の婚約者であるにも関わらず、リュカの態度は、まるで因縁の相手を前にするかの様に心が猛っている。


「今回の仕業もまた、君の……否、女神フィリアソラの仕業なのだろう? 一体、君ら神という存在は、俺達を使って何がしたいんだ。まさかと思うが、ただ遊んでいる訳じゃあるまいな?」

「もし、そうだとしたら?」

「そんな存在は、神とは言わぬ。俺が斬り捨ててくれる」

「大した自信ね。そんな事出来ると思って……」


 フィソラの口は、それ以上の言葉を吐く事が出来なかった。目の前に座っている男から溢れ出す、尋常ならざる魔力の量と質に加え、その鋭い眼光は口ほどに物を言っていた。


「その涼しい顔を崩さない所は、流石だな。それで、そんなに俺が北の大地で〝魔王〟とやらを倒しに向かうのが都合が悪いのか?」

「私は、リュカ様の婚約者ですよ? 愛する婚約者が、危険な場所へと向かおうというのに、止めない者などおりませんよ」

「ぬかせ。お前達が何を企んでいるが知らぬが、俺が全てを打ち砕いてくれるわ」


 真っ直ぐとフィソラの瞳をみるリュカは、不敵な笑みを浮かべ、その様子は煽っているかの様だった。


 そして揺るがない強い意志を見せつけられたフィソラは、顔には汗ひとつ見えなかったが、握りしめる手が強くなっていた事に、リュカは気づいていなかった。


「それでは仕方がありませんね。昨夜もお伝えしたように、調査団には私もお供させて頂きます。リュカ様もご存知の通り、私を上回る魔法の使い手は、この世界にはおりません。戦力として考えた場合、断る理由はありませんね?」

「戦力としてはな。しかし、女神としてでなく公爵令嬢であり第一王子の婚約者フィソラとしての立場とすれば、連れて行ける訳がないだろう。目的は知らんが、その身分をもって、この世界で過ごすのであれば、それ相応の立ち振る舞いをするのだな」

「それ相応の立ち振る舞いですか……分かりました。その様に致しましょう」


 その言葉を最後に、優雅にリュカに背を向けると部屋を後にしようとした為、リュカは思わず口を開いていた。


「やけに素直じゃないか」

「私は、いつでも素直でございますよ」


 そして、扉を開けると美しい髪をなびかせながら、部屋を後にしたのだった。


 部屋に一人残っているリュカは、閉じられた扉を暫く睨みつけていたが、大きな嘆息を吐くと椅子の背もたれに力なく身体を預けると、瞳を閉じた。


「全く、一体何故にこんな関係になってしまったのか」


 その呟きは、何処か悔しさと後悔を含み、リュカの心へと重く響くのだった。


 王家の第一王子として生まれたリュカと、王家を支える公爵家の令嬢として生まれたフィソラ。


 同じ年に生まれた二人は、幼馴染であり、且つ幼い時から両家の間で婚約者としての関係が、物心ついた時には決まっていた。リュカは大人になった時、フィソラを妃として貰い受ける事が当たり前だと思っていた。


 そして、自分がフィソラを護らなかければならないと、王子として、婚約者として、男として決意していた。

 青年へと成長し、学院へ入学すると、自分とフィソラの異常さに初めて気が付いた。共に選抜組であったが、明らかに周囲の学生と自分達の〝強さ〟が異なりすぎていた。フィソラは魔法分野、特に治癒、支援、防御障壁等に長け、リュカは兎に角所謂火力に特化していた。


 剣技、肉弾戦、魔法戦、相手を打ちのめす術に関して抜きん出ており、学院を卒業後に、世界を見て回った修行時代に、多種族の強者と手合わせした時も、其々の〝王〟と呼ばれる者達でさえ一騎討ちでは、彼に敵わなかった。


 だからこそ、女神フィリアソラを唯一無二の神と崇める世界において、〝剣神〟〝鬼神〟など〝神〟と付く二つ名こそが、彼の異次元の強さを表していた。


 しかし、彼はそれでも満足などしていない。何故なら、この時も彼の行動理念は〝フィソラを護れる男になる〟であり、そのソフィア自体の強さもまた異常な為に、彼女を護れるほどの強さという事は、ほぼ世界最強といっておかしくなかった。


 そんな男に成ると、リュカは強い意志を持っていた。それは、彼がフィソラを本当に〝愛していた〟からだった。


 真実と事実、見方を変えようと決して姿を変えないのはどちらだろうか。


 彼にとっての〝真実と事実〟は、彼女にとっての〝真実と事実〟とは違うのだろうか。


 二人の〝真実と事実〟が、交わり合わさる刻は訪れる事はあるのだろうか。


 それは、この時点では〝神ですら知り得ない〟ことなのであった。


 王城から自身の屋敷へと向かう馬車の中で、フィソラは小さく嘆息を吐きながら、窓から見える景色を眺めていた。


 一緒の馬車に乗る執事もメイドも、主人のその姿を見ても、一切表情を変えず一点を見つめていた。その姿は、まるで人形の様だった。


「このままだと魔王の封印が解かれるのは、止めようがないようね……クソジジイ共め、勝手に私の声色使って神託しやがってぇ!」


 先程までの絵にも描けないほどの気品と美しさは、同じ女性が発しているとは思えない怒声により吹き飛んでていた。加えて親指の爪を噛む仕草からは、公爵令嬢としての優雅さが消え失せ、酷く神経質になっている様が見て取れた。

 息を切らすほどに、怒り狂うフィソラだったが、いつも通りに魔法の言葉を呟き、自身の心を落ち着かせる。


「〝リュカ、愛してる〟」


 その言葉を発した瞬間、フィソラの表情は柔らぎ、自然に笑みが浮かんでいた。フィソラの馬車に同乗している執事とメイドは、その様子に対しても一切の反応を見せない。


「はぁ……監視するだけだった筈のなのに。人の身体を用いたのが、原因なのかしらね。まさか世界の支配を目論んだ〝大罪人〟の生まれ変わりに、女神が恋するなんて……本当に笑えない冗談よね」


 言葉とは裏腹に、フィソラの頬はほんのりと紅潮していた。そして、リュカが自分に対しての態度が豹変する前の思い出に、暫く浸っていたが、ある気配を感じると感情が抜け落ちたかのような無表情に変化した。


『女神フィリアソラよ、あまりにお前が動かぬ為に、我らの方で準備を進めることにした。古の時代に北の大地に封じた〝魔王〟も、調査団が到着した際に封印が解けるようにしておいたぞ』


 物言わぬ人形の様だった執事が、実に表情豊かに下卑た笑いを浮かべながら、主人であるはずのフィソラに向かって、上からの物言いで言い放った。しかし、従者のその態度にフィソラは激昂するどころか、むしろ頭を下げ明らかに自らを執事に対し格下であると印象付けた。


「お手間をおかけし、誠に申し訳ございません」


 この時の床に向けているフィソラの表情は、お世辞にも美しいとは言えなかった。歯を食いしばり、額には青筋が浮かび上がり、明らかに憤怒の感情が表に出ていた。


「女神フィリアソラよ、面をあげよ。お前が任されている世界の子らを護る為に、魔王を北の大地に封印し続けた気持ちは、我も十分に理解しておるのだ。魔王が解き放たれれば、この世界に間違いなく混乱と哀しみと絶望が、十二分に振り撒かれることになるのだからな」


 名状し難い何かが言葉に混じり、それが頭を垂れるフィソラに降り注ぐ。


「平和を愛し、穏やかな世界を目指す女神フィリアソラよ。生命というのは、滅びの危機を迎えてこそ、進化や進歩という技術、力の飛躍が起きるのだ。それに、定期的に試練を与え、子らの反応を見ないと飽きる(・・・)だろう?」


「そんなことは……」


「はっはっはっはっは! もっと神らしくするんだな、女神フィリアソラよ! 面白くなければ、世界など在っても意味などないのだから。お前も人の子の身体を使って、酔狂にそれを楽しんでおるのだろう?」

「これは、千年前の惨劇を繰り返さぬ為に、その魂を最も近くで監視する方法を取っているに過ぎません」


 一切顔を上げずに、平坦な口調で無感情に述べられる言葉に、執事に宿る何者かはつまらなさそうに舌打ちをしたが、去り際の言葉は神の威厳を纏う言葉を残した。


「女神フィリソアラよ、舞台は整えてやったのだ。抜かりなくこの世界に、試練を課すのだ」


「仰せのままに」


 暫く頭を下げたままだったフィソラは、執事から名状しがたい気配が消えると、ゆっくりと頭を上げた。


「おそらく調査団が魔王の元へと辿り着いた瞬間に、封印を解くことで調査団を壊滅させ、劇的に魔王の存在を世界へと伝える腹なのでしょうけど……はたして、そう上手く行くと思わないことね」


 天を仰ぎ見たフィソラの顔は、笑うというより嗤うと行った方が正しいほどに歪んでいた。


「クソジジイ達は、今の(・・)リュカを知らない。千年前の事ですら、神が手こずった悪童ぐらいにしか思ったないものね……あっはっはっはっは!」


 一人狂ったように馬車の中で嗤うフィソラは、瞳に涙を浮かべていた。それが笑い泣きなのか、それとも他の感情による涙なのかは、本人にしか知り得なかった。


「私がリュカを城に留めようとすればするほど、彼は調査に向かう。彼は、私を……女神フィリアソラを魂から憎んでいるもの。前世の記憶は完全に消去した筈なのに、それだけ彼の憎しみは深かったということ……でも、それが逆に彼の行動を読みやすくしてくれるの」


 物言わぬ執事とメイドに向かって話すフィソラは、どこか懺悔をしている様でもあった。


 あの日、フィソラが女神だとリュカが知ってしまった時から、二人の運命は大きく変わった。例え女神だとしても、二度と戻れないあの日々に想いを馳せながら、馬車は止まる事なく王城から離れゆく。


 まるで二人の本当の距離を、それが表しているかのようだった。

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