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堕ち神様は親神様に落とされる

 

 ふわふわの雲布団に寝そべったまま、下界の空を覆う暗雲を指でツイ、と滑らせる。

 雲の中では雷が発生しているらしく、夜空に複数の光が走り舞う。


(アレが地上に落ちたら土地が灼けてしまうだろうな)


 雨雲の中を駆け回る雷をひょいと摘まんでそのまま口内に投げ入れる。

 パチパチと爆ぜた雷は余韻も残さずスッと消えていった。







「ナナセ、今日はここに居たのですね」

「雨が降りすぎて困っていると苦情を入れてきたものが居たので。そもそもこれはわたしの仕事じゃありませんよね? 姉神様たちはどこで何を? 最近、サボりすぎじゃありません? だってこれは――」

「はいはい。言いたいことはよくわかっていますよ」


 ふわりと頭に下りてきた手を受け入れ、優しく梳かれる気持ちよさに目を細める。



 わたしがこの社に来てからザッと数えて五百年くらいだろうか。姉神様達の取りこぼしをちまちまと補助していたが、ここ百年ほどは毎日のようにあちらこちらから仕事が舞い込んでくる。


 当人達に直接文句も言わずに取りこぼしを請け負っているのは、こうして親神様からご褒美をいただけるからだ。まぁ、褒美がなくてもこの社に置いてもらっている恩があるので、細々とできることはするのだけども。





「ナナセが来てから五百年が経ちますね。そろそろ、自由が欲しくはならないのですか? たとえば、そうですねぇ。――地上界に降りたい、とか」

「ち、地上にっ!? 嫌ですよ! わたしなんかが地上に降りたら、また姉様や兄様に追われて、しまいます……」


 どんなに姉や兄の仕事で取りこぼしがあってその尻ぬぐいをしていても、直接文句の一つも言えない理由。それは単純にあのひと達が怖ろしいからだ。


 天上界で生まれ、地上界へと降り立ったわたしたち七柱の兄姉神は、全員が龍神として地上の水に関して調和を図る役目をもっている。


 熱湯よりも熱い水を操る姉や果てなく広い海を揺らす兄、乾いた大地に雨を運ぶ姉など、とても優秀な姉と兄をもって最後に生まれたのが、平々凡々な権能しか持たないわたし。




 一通りのことを全てできるけど、専門神と比べるといたって普通、一通り、だ。





「きっとあの時よりも、姉様たちの神格はあがっているはずです。神格を放棄した堕ち神のわたしなんかが地上に降りたら、今度こそ消されてしまいます……」


 神格は地上に生きるものたちの信仰の強さによって引き上げられる。その神を信仰する者が多ければ多いほどより強い権能と神力を行使する事ができるから、類似の権能を持つ他の神は自分にとって害でしかない。


 神たちは己の神格を上げるために、類似の権能を行使する神を消し去ったり追いやったりする。その分野の唯一神になるためには手段を選ばないと言っても過言ではない。


 つまり、何ごとも中途半端でなんでもできたわたしは、兄姉たちにとって排除する対象以外の何者でもなかったのだ。





「地上が怖いですか?」

「わたしが地上で過ごした年月はそう長くはないので、恐怖を感じるほどの思い出はありません。でも、姉様たちと兄様たちは怖いです。あのひとたちが天上界に戻ってくるなら、わたしはすぐにでも地上界へと降りるでしょう。もし地上界でもあのひとたちの脅威から逃れられないのなら、喜んで冥界へと渡ります」

「地上界を恐れているわけではない、ということですね?」

「はい」


 問いかけの答えに親神様は満足そうに微笑んで、わたしを抱き上げた。





「ねぇ、ナナセ。人間は、好き?」

「地上に住まう者を慈しみ守るのがわたしたちの役目と教えてくださったのは親神様です」

「ナナセにはね、もっとたくさんの感情を知って欲しいんだ。良いことも、悪い事も、全て飲み込んでなお、温かく包み込んでしまうような、そんな心を」



 片腕にすっぽりと収まったわたしの髪を優しく梳く手を感じながら、親神様の真意を酌もうと仰ぎ見る。




「ナナセは神格を放棄してからも、ずっと、地上界のために権能を振るってきましたね。それは、何故、ですか?」

「だって、そうしないと平穏と秩序が崩れてしまうから。世を保つのが、わたしたちの一番大切なお仕事です」

「――そうだね、うん。そんな貴女だからこそ、もう一度、神として為すべき事があるとわたくしは思うのですよ」





 親神様に連れられて来られたのは、社の中央部に湧き出る大きな泉。

 水面にふたりの影が差し込むとゆらり、映る景色変化した。


 水鏡の先に見えるのは大きな森の中央に堂々と佇む湖。

 遙か太古の昔から守られ続けたであろう広大な森は、ここからでも感じられるほど清らかに澄んでいる。





「貴女を地上界へ送ります」

「えっ!? お、親神様!?」


 普段と異なる様子の親神様を覗き込むと、瞳はどこか遠くを見詰めているようで。

 ぞわり、底知れぬ恐怖に襲われる。



 まるで、親神様がここではないどこかに行ってしまうのではという、漠然とした孤独感。




「あ、あのっ! わたし、なにかやらかしましたかっ!? ここに居られないような、なにか重大なミスを……!?」

「いいえ。貴女はよくやってくれました。ナナセが居るお陰でこの天界は常に清浄な気で満たされているのですから」

「えっ、じゃぁ、なんで……」

「さぁ、お喋りはここまでにして。……さようならを、しましょうか。世界が崩れてしまうまえに」

「親神様……っ?」



「――詳しくは眷属に聞きなさい。必要なことは全て伝えてありますから。――今度会う時は、きっと……」

「親神様っ! ちょ、まっ……!! っぅっわぁぁぁああっ!」




 ぽーん、と宙に放り出された躯は重さそのままに下っていく。

 視界に迫るのは広大な水を湛えた水鏡。

 息つく暇無くザブンと派手な水飛沫を撒き散らしながら深く深く沈んでいく。




 苦しくはない。元々わたしは水を司る神として生まれたのだから。

 水面を仰ぎ見るも親神様の姿は遙か遠く、もうぼんやりとした輪郭を捉えるのがやっとだ。




 水鏡から見えていた地上界の空が近付いて来る。


(今からわたしは堕ち神として地上界でどう生きろというのだろう)




 つぷん、と膜に弾かれるような感覚の後、眼下に広がる緑に目を奪われる。


 広大な森と豊かな大地。今朝方少しだけ降らせた雨の名残が太陽に反射してキラキラ輝き、宝玉のようだ。


 しばし見入った後、地に降り立つ方法を考える。

 このまま落ちればさすがに無事では済まないはずだ。

 どれ程の権能が使用でき、それを使うための神力が残っているのかわからない。


 目を閉じて意識を体内に集中する。



(あ、ダメだ。絶望的に神力が枯渇してる)



 無傷で地に足をつけることは不可能だと腹を括ったとき、突風に煽られ急激に方向転換させられた。

 グルグル揉みくちゃにされたあと目を開けると、視界に広がるのはほどほどに深さのありそうな池だった。



(親神様、もうちょっと、優しくしてくれたって……っ!)



 文句を言いたくても、ほんにんはおらず。



 再び派手な水飛沫を上げて水中に突入する。


 落ちた勢いのまま沈むに任せて仰ぎ見れば、水面に反射する太陽の光がはしごのように水中にも差し込んでいて。




(あぁ、きれい、だなぁ……)




 次の住処はここでもいいかな、なんて考えながらそっと目を閉じた。




辰年と言うことで、龍神様のお話です。


頑張れー! 応援してやるよ!


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(コメントを頂けたら嬉しくて舞い上がります)

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