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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひとりぼっちデスゲーム

作者: 超座布団

僕は"孤独"だ。


親から買い与えられた携帯、僕の命綱。そんなハイテク機器のバイブレーションが耳に届くことはほとんどなく、夕飯ができた時、あるいは忘れ物が発覚したときくらいだ。


認めるのは癪だが、僕は暗い人間だ。リアルでのコミュニケーションはもちろん、SNSですら円滑なやりとりがままならない。画面越しに伝わる生身の人間の感覚に恐れ、震え、そして距離を置いてしまう。そこに興味を示す以上に、人と関わることの物恐ろしさをよく分かっているつもりだ。どこまでも陰湿で陰険な僕は、せいぜいクラスメイトや有名人のアカウントに、真っ白なアイコンのアカウントを複数使って惨めに監視することくらいしかできない。一方通行の認知なのだ。


まだ16歳の僕は学校に縛られている。選択の余地があるSNSと違い、学校は社会の縮図、つまり人間として生きることを諦めないなら必須の通過点。自死すら怖くてできない僕にとって、学校は醜い現実を押し付けられる地獄巡りにも等しい。集団に適合できない者を、手を変え品を変え苦しめる場所だ。慣れる、という感覚すら救いとして用意してくれない、精神の成長と共に社会生活の規範が少しづつ複雑化していく、なんとも不気味な場所。そんな不可避の要素に加え、僕は日常的に理不尽すら押し付けられている。俗にいう、いじめだ。


生まれ持ったステータスは大ハズレ。環境にも適合できず、いじめの対象という貧乏くじも引いている。唯一、過程に関しては両親の仲は良好で、妹もしっかりしている。しかし、物心ついた時からずっと引っかかっているものがある。それは僕の名前だ。


「しんせん……のりまき……」


神仙海苔巻(しんせんのりまき)、正真正銘、これが僕の名前だ。日本男児風でかっこよさそうな印象もあるが、僕は心底困っている。苗字が絶妙なのだ。新鮮な海苔巻きという、語彙の水準が小学校低学年程度でも理解できるようなもので、誰かしらがそのいじりにたどり着くのは時間の問題だった。事実、小学3年であだ名は「新鮮海苔巻き」になり、4年で「恵方巻」、6年では運動神経の悪さから「ノロ巻き」という不名誉極まりないものになった。途中で繋がりの薄い雑な恵方巻が混ざるあたりが妙にリアルだ。できればそのままでいてほしかったものだが。


もちろん、心機一転を図って親に転校を要求したこともある。辺鄙な田舎の地では、コミュニティに混ざり切れなかったときのダメージが相当に大きい。高校まで引きずった時点で僕の負けで、ここは逃げて新たな地で頑張る他ないのだ。実際にできるかどうかは別だが。親は学校での事情を汲んでくれているが、仕事の都合上、何よりお金の問題で引っ越しは現実的でないとのことだ。


こんな悪運まみれの人生に、転機など訪れるのだろうか。半ば自棄になりながら毎日を必死に生きていた僕は、遂に運命の出会いを果たす。






【実験のお手伝い:今なら即日最大1億円可能!先着1名様】


いつもの高校の帰り道、こんな張り紙がふと視界に入った。この日は例のいじめグループである田中、染山、竹垣の3人が待ち伏せをしていたので、裏門からあらゆる迂回路を経由して大通りに戻ろうとしていたのだ。田舎であることもあり、1日に人が10人も通ればいいだろうという狭い路地に、明らかに桁のおかしいアルバイトの紙が貼ってあったのだ。


「即日」「最大」「~可能」という文言は詐欺の手口だとどこかの掲示板で聞いたことがある。また、先着1名様という書き方も、不動産などで応用される人間の射幸心に付け込んだ謳い文句であると耳にしたことがある。怪しさ満点、普通なら見て見ぬふり、自宅直行だ。しかし、僕の心は荒んでおり、詐欺でもいいから面白いものを目にしたいと思っていた。そこで、写真を撮ってSNSのネタにしようと思ったのだ。


撮影のために一歩近づき、ビラをよく観察してみる。条件が気に入らなければ契約破棄可能、保証人不要、送迎無料……どこもかしこも怪しい。踏み込まなければネタの範疇だとたかをくくっていた僕だが、さらに近づいてみてみると、重要なことを発見した。


「ノリが……乾いていない……!」


わずかに浮いた塀とビラの隙間に手を入れてみると、ぬるっとした感触がダイレクトに伝わる。間違いなく、ここ数時間、いや、もしかすると数分の間に貼られたものかもしれない。ここで2つの考えが同時に浮かんだ。


「もしこれが本物なら……先着1名で……普通突破できない倍率だけれども……今は貼られたばかりだし……同じような路地はこの辺にないし……今すぐ連絡すれば本当に参加できてしまうのか?」

「これを貼っている関係者がまだ近くにいるかもしれないってことは……今の場面を見られていたら絶対に面倒なことになる!!逃げなきゃ!!」


好奇心と恐怖心。二つを天秤にかけようと思ったその時、すでに遅かった。背後には黒いスーツの男。地方に似合わない高級車。そして、こちらが振り返るより先に男が発した言葉。


「よし、条件に合う。連れていけ。」


間髪入れず、僕の頭に黒い布をかぶせ、高級車の後部座席に押し込まれた。もうダメだ、と思った。穏便な方法で連れていくならまだしも、強制連行に近い形。もしかしたら、あのチラシに興味を示して無防備になっている学生を誘拐する犯罪グループかもしれない。条件という言葉からも年齢層を絞っていそうだ。そういったことをごちゃごちゃ考えている間に、無慈悲にも車は発進する。


「殺しはしないから、おとなしく乗っていてくれ。」


全く信頼できないスーツ男の言葉を、布に覆われた耳から辛うじて聞き取り、言われた通りおとなしく連行されていった。






あれから30分ほどだろうか。走行音が止み、ドアの開く音がかすかに聞こえた。スーツ男は布を取り外し、僕を丁重に車から降ろした。


降りた先は、どこかの雑居ビル。完全な土着の僕でも、一瞥しただけでは場所が特定できない、まさに秘境のような場所。車で30分圏内であればどこに行っても帰れると思っていたが、考えが甘かった。1億という数字をビラに乗せるような集団、当然その拠点は立地からして最高のセキュリティを携えていた。


エレベーターに乗り、8階で降りる。そこには一流ホテルのスイートルームと見紛うほどの豪華絢爛な世界が広がっていた。その中でも特に目を引く、ダイヤモンドらしき装飾が散りばめられている巨大な椅子には、いかにもボスらしき人物が座っていた。そして、そのボスはゆっくりと口を開いた。


「神仙海苔巻くんだね?すまない、部下に頼んで学生証だけ拝借させてもらったよ。実験が終われば必ず返す。先に聞いたかもしれないが、私たちが君を殺したりすることはない。1億は可能だ。たった1日で終わる。」


僕は唖然とした。そのボスらしき人物は穏やかな口調で語りかけてきた上、嘘偽りないと直感で分かるような笑顔だった。脅すこともなく、大声でがなり立てることもなく、ただ僕にこの状況を理解してほしいという、それだけの発話だとすぐに理解できた。否、理解させられたのだ。こういう立場の人間は仰々しい自己紹介だけで何分も時間を取ることも珍しくない。しかしながら、この男は僕が何を気にしていて、何を知りたいのかを一気に話しきったのだ。逃げられないという現実を押し付けた上で、拘束時間の短さ、報酬、身の安全という3つのアメをばらまくことによって、相手の選択肢を根本から奪い取ろうという魂胆だ。それが分かっていても、僕に逆らう道理はない。少なくとも、今の発言を真に受けることが、生き延びる最大の手立てだと未熟な自分でも確定できるほど明らかだからだ。

だから僕は、声を絞り出して素直にこう返した。


「わ、分かりました。き、きょ、協力します。」


それを聞いて、微笑みながらボスは答えてくれた。


「ありがとう。どうしてもこれは学生じゃないといけないんだ。多少強引じゃないとね、部下の身なりと顔が怖すぎてみんな逃げていくんだな、これが。君がこのまま実験に参加してくれるなら1億は安いもんさ。こちらも必死でね。では、肝心の実験の内容だが……この冊子に目を通してくれ。今すぐだ。すべて読み終わって質問があれば聞くことだな。」


黒スーツの一人が億の棚から薄っぺらい冊子を取り出す。冊子というよりは、1枚の紙を2つ折りにし、無理やり4ページと言い張るようなクオリティの物だった。僕はそれを受け取り、静かに読み始めた。



【Eremitic Death-Game】


- 概要 -

・このゲームの挑戦者は1年で1人までとする。

・このゲームは学生のみが挑戦できる。


- ルール -

・契約した翌日、24時間は専用のチップで一挙一動を監視される。監視されている期間がゲーム時間。

・ゲーム時間内にはじめて人から話しかけられると1円の借金が課される。

・2回目以降、借金が2倍になる。つまり、2回話しかけられると2円、3回話しかけられると4円の借金が課される。以降同じ法則で借金は乗算される。

・自分から話しかけた場合は借金が4倍になる。

・借金額は青天井である。

・借金額はゲーム終了後にしか確認できない。

・ゲーム終了後、必ず1億円を獲得できる。ただし、ゲーム中に借金が生じた場合はその分を天引きしての支払いとなる。

・借金額が1億円を超えてしまった場合、ゲーム終了後に正式な借金として請求される。

・挑戦者が望めば、24時間以内に話しかけてきた人を1人犠牲にするたび、借金額が2分の1になる。


- 条件 -

・ゲーム期間中、家やネカフェでの極端なひきこもり行為を禁ずる。基本は普段通り生活すること。

・SNSや電話での連絡も1カウントとする。

・カウントは1人1回限りではなく、連続で話しかけられればそのままカウントされる。

・犠牲者の差し出しは、24時間経過後の清算タイムでも行える。

・犠牲者を出したことにより、挑戦者が罪に問われることはない。



「こ……これは……!」


「読み終えたか?まあ、簡単に言うと24時間監視、話しかけられすぎると借金が1億を超えてアウト、話しかけてもアウト、たった1人と話すだけでも話しすぎるとアウト、ひきこもりもアウトだ。」


「やります!!いや、やらせてください!!」


「最初からそう言っているだろう。まあ、せいぜい頑張ることだな。ゲームの性質上、人気者の方が不利になりやすいから、友達との会話は慎重に……」


「いえ!!僕は日陰者なので!勝てる!勝てるんです!!」


「おいおい……突然興奮しすぎだろ……で、何か質問は?」


想像よりも数倍楽そうに見えたゲームルールにテンションの上がった僕は、一度冷静さを取り戻す。借金は乗算されない自信がある。問題はもう一つの不穏なワードである犠牲だ。


「ぎ、犠牲ってなんd、pすうかねえ?」


我に返り、普段より緊張が爆発して盛大に噛んでしまった。そんな僕をまっすぐと見つめながらも、噛んだことに対しては一切の突っ込みを入れず、ボスは即答した。


「はっきり言おう。死だ。この世からいなくなる。冊子に書いてある通り、罪には問われない。こちらで秘密裏に処理できる技術があるのだ。」


死、それは重い言葉だ。少なくとも24時間ぽっちの個人のきまぐれで簡単に引き起こしていいものではない。だから僕は、念押しでもう一つだけ質問を投げかける。


「別に犠牲さ、しゃっは出さなくてもいいんですよね?」


「ああ。そもそも借金が1億に達さなければ使う必要もない仕組みだな。」


少し安堵した僕は、調子に乗って踏み込んだことを聞いてしまう。


「で、でも、実験って張り紙にはあって、それで、その死の隠蔽技術みたいなやつを、試すのが目的じゃないんですか?僕が犠牲を出さなかったらデータの回収が……」


それでもボスは激昂することなく、冷静に返してくれる。


「あまり踏み込むな。まあ、その技術を試したいというのが実験の一部ではあるが、行使できなければ仕方ない。また都合のいい場を整えるのもこちらの仕事だしな。」


「ありがとうございます。頑張ります。」


こうして僕は、1日限りの不思議な実験「Emeritic Death-Game」に挑戦することとなった。1億、いや、その半分の5000万であったとしても、念願の引っ越しが叶う。いじめから脱出できる。新しい世界に向かって走り出せる。そう信じた僕は、スーツの男にチップをはめてもらい、再び布を被せてもらって、元の路地まで送迎を満喫した。もちろん無料だ。






運命の日。いつもと変わりなく、目覚ましの音でたたき起こされる。目に映る世界はいつもと同じ。異物は自分だけ。今日この日だけ、僕は1億という金をコントロールする挑戦権を保持している。


「大丈夫だ、やれる」と心の中で自分を言い聞かせ、朝食を摂りに階下へ向かった。いつもなら独り言で「大丈夫」と言い聞かせる日課があるのだが、この独り言が家内の誰かへの会話だと誤解されてしまっては洒落にならない。自分で話しかけると借金は4倍、これだけは絶対に避けるのだ。家の中ではジェスチャーで、学校では普段と変わらず無言で乗り切る。チップの判定が不確定要素である以上、言葉を発しないに越したことはないのだ。


階下へ降りると、おいしそうな目玉焼きとトーストが食卓に並んでいた。素晴らしい光景だが、僕にとってはここが最も緊張する場面かもしれない。そう、まともな家族であるがゆえに、朝の挨拶は欠かせないのだ。


「お兄ちゃん、おはよう。」

「海苔巻、おはよう、ちょっと顔色悪いわね。」

「海苔巻、おはよう。体調は大丈夫か?」


妹、母、父で3カウント。これは避けられない。この後どれだけ会話を抑えられるかがポイントだ。僕は右手を軽く挙げた後、喉をつつくようなジェスチャーを見せた。


「もしかして、喉が痛い?無理しなくてもいいからね。」

「学校はいけそうか?」


これで5カウント。同一人物からのカウントは痛いが、喉の痛みを間接的に訴えることに成功した。もちろん虚偽だ。それでも、声の出せない息子に話しかける回数は格段に減るだろう。僕は深くうなづき、トーストをすごい勢いで流し込んでから、そそくさと玄関に向かった。


「気を付けて、行ってらっしゃい。」


6カウント。ペースが速いが、これで家族はほぼ封殺できたといってよい。多少不愛想になるのは仕方がないが、明日以降どれだけでも弁解できる。今日は自分の置かれた状況がいかに特殊かを忘れず、堅実に動いていこう。僕はそう誓った。


登校中、いつもより20分も早く家を出た僕は、このEmeritic Death-Gameのルールや条件に付いて何度も反芻した。ゲームの要となる借金額の倍化だが、初項1、公比2の等比数列だと考えて問題ない。要するに2乗がずっと続くため、借金額は指数関数的な伸びを見せる。それは同時に、最初の数回は1億に比べれば毛ほども気にならないものであることを示している。


「6カウントってことは……最初だけ1だから……1,2,4,8,16,32。32円か。今のところはないようなものだな。このまま終わったら9999万9968円、ほぼ1億だ。」


最も会話数の多くなると予想された朝家族ゾーンを6カウントで抜けられたアドバンテージは大きい。また、電卓を使って計算してみると、27回目で6710万8864円の借金、28回目で1億3421万7728円の借金に到達する。つまり、28カウントは事実上のゲームオーバー、借金を避けるなら説明にあった通り犠牲者を出す必要がある。


引っ越して何もかもリセットして頑張りたいのに、人を殺した感覚など持っていけるはずがない。いくら罪に問われないとはいえ、自分の精神が持たないことは確かだ。あの組織には悪いが、実験に協力はできない。


万が一カウントが重なってしまい、ギリギリの27回目まで到達してしまったとしても、僕からすれば完全勝利となる。借金額は6710万8864円でも、取り分は3289万1136円、約3000万だ。これだけもらえれば全く問題ない。だからこそ、28回のラインは絶対に超えてはいけない。28回に到達すれば、1人殺して3000万ゲットか、殺さずに3000万の借金か。最悪の2択となる。


そんなことを考えているうちに学校の正門に到着した。携帯の電源を切る前にSNSをチェック、当然0件だ。普通に考えれば悲しいが、このゲーム中に限ってはこれ以上にない適正だろう。




教室に入るが、誰からも挨拶はない。当然、僕はそういう人間なのだ。しかし、今日だけはそれが圧倒的な救いのように思える。誰も借金を増やしにこない、もはや僕のためにそうしてくれているのではないと錯覚するほど、孤独を謳歌しているのだ。心地よい。素晴らしい。至福の時だ。ここにいる他の誰もが、こんな体験などできない。


ボスも言っていたが、この挑戦は「人気者」じゃダメなのだ。下手すれば始業前に借金まみれ。うまくかわしても、その後の関係修復に手を焼く。カースト最底辺の僕だからこそ、無理なくこの任務を遂行できているのだ。


ひとつ羨むとすれば、スクールカーストのど真ん中、いわゆる「傍観者」が最もこの挑戦に適していることくらいだ。彼らは目立つことなく、虐げられることなく、ただ漫然と日々を生きている。不特定多数と話すことはまれで、狭い世界の2、3人くらいの閉鎖的な空間で、エコーチェンバーにうつつをぬかす愚か者たち。そのたった数人の協力者に事情を話すだけで、このゲームの成功率は格段に上がる。


そう、登校するまでは考えないようにしていたが、「人気者」は勿論、「最底辺」も完全なるイージーゲームではないのだ。人生で最も「傍観者」を羨む日となるだろう。


なぜなら、ハエがまとわりついてくるからだ。自分がクソならお前らはハエだ、そう言ってやれればどんなにすっきりするだろうか。このゲームにおける最大の課題、僕につきつけられる現実、障壁、紫色の毒々しい肉塊、理不尽の具現化物のようなものが、今日ものそりのそりと詰め寄ってきた。ここが正念場だ。


「おい、ノロ巻き!今日は一段と汚ねえ顔してるじゃねえか、なあ竹垣!」

「馬糞と比較対象にできるレベルだぜ、アハハ……!!」


来た。いじめ組だ。田中、染山、竹垣の3人。全員別クラスだが、中学からの因縁だ。こいつらに絡まれるのは今、つまりHR前と、昼休み、そして放課後だ。放課後は昨日と同じく待ち伏せが多いため逃げやすいが、今と昼休みはそうもいかない。必ず対面して凌ぐ必要がある。


いじめ自体はこの際仕方がない。問題はその発言だ。先ほどの2言は間違いなく僕への罵倒、つまり現在8カウントと考えてもよい。厄介なのは、こいつらが発する言葉の「どこまでが僕への罵倒」で「どこからがこいつらの間での会話か」だ。正直、先ほどの竹垣の発言みたいなものが一番危うい。「馬糞と比較対象にできる」は僕に直接言ったのか、それとも僕など眼中になく、僕をただの話のネタとして田中に言ったのか、その線引きが分からない。この点でカウント状況が自分に委ねられるのはすごく曖昧で、不安で、苦しいものだ。安全策で行くならば、全てが自分への罵倒だと仮定した上でカウントを管理するのが一番だろう。これは話しかけられていない、という読み違いをして借金をするのが一番怖い。まあ、こいつらは俺をにらみつけてはっきりと言ってくるから杞憂なのかもしれないが。


「今日はうめき声すらあげねえじゃん。死んでる?」

「ギャハハハ、目開けたまま登校して死んでるってどんなお間抜けだよ!」

「どうせ腹でも下してるんだろ!腹蹴ったら中身飛び出るんじゃねえか?」


殺したい。そんなことは常日頃思っているが、今日だけは耐えられる。そう自分に言い聞かせる。賞金さえあれば、こいつらのいる悍ましい日常とはおさらばだ。


ただ、できれば言葉でなく、暴力できてほしい。今日はそっちの方が好都合なんだ。そう思い反撃することも考えたが、すぐに浅はかだと気づいた。こういうプライドの高い人間は、見下していた対象から少しでも傷つけられると全身で怒りを表現する。「死ね!死ね!」などと言われて暴力を受ければ、カウントは凄まじいことになるだろう。祈るか逃げるか、僕にはこれしかできない。何とも惨めだ。


「反応なくて腹が立ってきた、おい、染山、竹垣、こいつ今日の昼休みさ……」


田中が不穏なことを口にしようとした瞬間、始業のチャイムが鳴った。覚悟しとけよ、と言わんばかりに田中は僕のカバンに唾を吐き捨てる。憎い。でも耐える。耐えるんだ。


1億という重圧がかかっているせいか、これで最後かもしれないと分かっていても、普段より苦しく感じた。頭ではわかっていても体が拒絶している。気持ちの悪い感覚だった。




1時間目、2時間目と何事もなく終わっていく。当然僕は挙手をしない。ペアワークでも発言をしない。これはゲーム中だからではなく、元からできない。普段と変わらず過ごせるこの時間は、最終決戦ともなりうる昼休みまでの束の間の休息だ。


しかし、アクシデントが起こってしまう。英語の時間に先生から指名されたのだ。


「神仙くん、次の英文を自然な英語に訳しなさい。My long-life grudge could not prevent me from refraining from taking a revenge.」


日付と出席番号を紐づけるタイプの陳腐な教師が、ここにきて障壁になるとは思いもしなかった。ただし今日の日付、13日が自分の番号であることを確認しなかった自分のミスでもある。ここは仕方なく、無言でスルーしようとした。しかし――


「おや、分からないのかい?では次……」


「せ、積年の恨みのせいで、わ、私は復讐から手を引くことができなかった、です。」


「すごい、正解だ。このfromの連続はどちらも受験頻出のイディオムで――」


答えてしまった。イキリだ。これは完全なる自己満足、イキリに他ならない。僕は勉強ができる。その中でも特に国語と英語ができる。ここで間違うのは恥だ。いくらこの学校を去る未来があったとしても恥。決断の猶予がなかったとはいえ、一時の感情に流された最大級のミスであることは否定できない。


理屈ではわかっていても歯止めがきかなかった、なんだか犯罪者の心理のようだ。休憩が続いていて気が緩んでいたのだろうか。そんなことをだらだらと悔やんでいるうちに、3時間目も終わってしまった。


やってしまったものは仕方ない。カウントを数えて仕切り直しだ。先生からの呼びかけが3回、自分の返答が1回。ただし自分から話しかけるのは借金額4倍の大ミス。4倍ということは事実上の2カウントだ。これにさっきの田中たちの暴言を合わせる。


「17カウント、これはまずい。27回がギリギリのラインだとしたらあと半分も残っていない。」


帰宅時のことなどを考えると、よくてあと5回。こうなると、昼休みは何とかして田中たちの猛攻を躱さなければならなくなった。ただ逃げるだけではいけない。「待て!」と連呼されるだけでアウト。昼休み中一度も顔を合わせないことが必須と言えるだろう。





僕は仮病作戦をとることにした。4時間目の音楽、その中盤に差し掛かったところで腹痛を訴え、クラス委員長の付き添いの元に保健室へ向かう。幸いにも、朝に田中たちが腹痛いじりをしてくれたおかげで、全く違和感なく教室を脱出することができた。自然な学校生活の範囲内でなら、籠城というルール違反にはならないはずだ。


このまま昼休みをやり過ごし、5時間目に戻る。完璧な作戦だ。悦に浸っていたところ、思いがけないところでライフを消費してしうことになる。


「神仙くん、田中たちのことはなんとかしてもらえるように僕も先生に掛け合ってみるから、頑張ろう。心配でたまらない。今の腹痛だって、きっと精神的なものだ。」


なんと、付き添いの委員長から保健室までのわずかな道のりで、励ましの言葉をかけられてしまった。もちろん話せない僕は、深々とわざとらしい礼をし、早く帰れと言わんばかりに保健室のドアを閉めた。


委員長と話すのは今日が初めてだった。誰が聞いても善人そのものの言葉だったが、上記を逸したひねくれ方をしている僕には一ミリも届かない。こんなのは自己満足だ。


そう、授業でイキってしまった僕と同じ、反射的なものだ。善人である自分に酔いしれている。いや、善人という殻を破らないように動いている。偽善の極みだ。そんな自分勝手な偽善で、僕の借金は2倍になったというのに。


委員長も傍観者と変わらない。カーストで言えば人気者だが、人気の傍観者というだけだ。現に委員長は、いつも田中たちが手を出しているときは横目でちらちらと見てくるだけで、何もしてくれない。唯一僕よりひどいいじめを受けている五味という奴がいるのだが、そいつに対しても同じ中学だった委員長は見て見ぬふりをしていたと小耳にはさんだ。生徒会長という立場でありながらだ。


偽善者は憎い、偽善者は憎い。そういった恨みつらみを心の中でグルグル回すうちに、無事に昼休みが終了した。田中たちがどのくらい探したかは知る由もないが、そんなことはどうでもいい。委員長からのとばっちりを受けて18カウントで山場を越えた、その事実に胸をなでおろした。





放課後。田中たちの待ち伏せを警戒し、昨日と同じ迂回路を通ることに決める。例の場所に視線を向けても、当然あの張り紙はない。当然だ。先着1名はもう決まったのだから。


あとは帰るだけ。それだけのはずなのに。すごく嫌な予感がした。その予感はすぐに的中し、火事で燃え盛る炎のようにゆらりと姿を現す。


「ノロ巻き、てめえ、昼逃げたな?お前が裏から出てるんじゃねえかと染山と話したけどビンゴだったな。ちょっと来いよ。」


田中、染山、竹垣。まさか裏まで追ってくるとは。何も今日じゃなくてもいいじゃないか。明日以降ならどれだけでも付き合ってやるのに。理不尽さをたっぷりと感じながら、僕ができることは一つ。逃げることだ。黒スーツの男から帰りの車の中で聞いた話によると、SNSなどの返信を例外とし、漠然とした呼びかけは互いの姿を認知できる形でないとカウントされない、とのことだ。つまり、学校内外問わず、相手の直線状にいるときに呼ばれたらまずいが、自分を見失っている相手がどれだけ叫んでもノーダメージということだ。学校内よりも格段に逃げやすい。昼休みの絶望とは違い、十分に勝機がある。


覚悟を決め、僕は猛ダッシュした。


「待て!殺すぞ!」

「しばくぞ!」


野蛮な怒号がうっすらと聞こえた。今の2人の罵声は僕が塀に隠れる直前、つまりカウント扱いである。ここから一度も鉢合わせなければ、21カウントで事なきを得られる。


しかし、そううまくはいかない。脳みそまで筋肉に支配されている、所詮体を動かすしか取り柄のない残念な量産型ロボット、こういう人種を完全に振り切るのは至難の業だ。入り組んだ道を選んでいたが、一瞬曲がる瞬間を見られてしまった。


「止まれや!」

「1時間フルコースや!殺す!」

「今日はバットも持ってきてるんや!観念しろ!」


最低、最悪の喚き声が耳を劈く。それでも僕は逃げる。逃げる。ただひたすらに逃げる。気にしたら負け。もうすでに24カウント。次に3人組に一気に叫ばれたら27カウントになり、ゲームオーバーに大手がかかる。


意識が飛ぶほど走った。普段は運動不足である自分が、信じられないほど走れた。金、否、命がかかると人はこんなに走れるものなのか。火事場の馬鹿力という言葉の信憑性を噛みしめ、僕は生還した。ずばり、自宅に逃げ込めたのだ。


3人とは結構差がついたので、追ってくる心配はない。もちろん、家の位置も知らない。完全勝利だ。この戦いを制し、そしてゲームも制す。完璧な流れがきていた。





自宅での夜、食卓に集合する家族。僕は朝に喉の痛みを訴えていたおかげか、おかゆだけの用意となった。さらに母から気の利くメッセージを受信する。


「海苔巻、今日は喋れなさそうだし、数子(かずのこ)とお父さんにも話さないでって言っておくね。」


なんて空気の読める母なんだ。僕は感動した。さすがにメッセージに返信しないのは違和感があると思い、最後のライフを削って「大丈夫、ありがとう。」と夕飯前に返信した。結果、夕飯は一言も発することなく終えられた。


風呂に入り、歯を磨き、いよいよ寝る……のではなく、タイムリミットの24時を待つ最後の時が来た。現在のカウントは母からのメッセージとその返信を含めて27カウント。SNSの通知はゼロ。妹と父さんはもう寝ている。受信の気配はない。勝った。勝ったのだ。





23時40分、27カウント。僕は例の張り紙の場所へと歩き出した。母に心配されるとまずいので時間はギリギリ、2階の窓から脱出しても1時間は気づかないだろう。


数え間違えていなければ最終結果は27カウント。結果的にゲームオーバー手前にはなったが、これは運命だ。少しでも間違えていれば終わっていた。朝のジェスチャー、昼休みのやり過ごし方、帰りのダッシュ。授業中にイキってしまうアクシデントはあったが、終わってしまえばこっちのもの。結果論だ。悠々と目的地に向かっていく僕は、完璧な一日の脳内ログを振り返り、自分を誉めそやした。3000万、3000万が手に入る!!


学校に近づくたびに、放課後の悪夢も同時に思い返される。これほど自分に恍惚した状態でも、積み重なってきたいじめの記憶というのは強烈なもので、僕の悦ワールドに容易く侵入してくる。数々の罵声、暴力の示唆、悪質なストーキング……こいつらがいなければ、僕はただのぼっちで済んでいた。このゲームもより簡単になり、賞金も上がっていた。それどころか、賞金を引っ越しになんて使わず、さらに親孝行などに充てられていた。そういう「いなければ論」を考えれば考えるほど、これまで受けた仕打ちへの恨みが爆発的によみがえってきたのだ。


「諸悪の根源……憎い……殺したい……」


いつも口にしている言葉。いまさら特別感はない。しかし、今日だけはなぜか湧きあがってくる感情が抑えきれない。多額のお金、いうなれば人生を賭けた戦いだったからだろうか。そして僕は、ふと例の冊子に載っていた「条件」の項目を思い出した。


・犠牲者の差し出しは、24時間経過後の清算タイムでも行える。

・犠牲者を出したことにより、挑戦者が罪に問われることはない。


「殺せる……?」


僕は気づいてしまった。1億のチャンスは今日だけということにずっと注目してきたが、合法的に人を葬り去ることも今しかないチャンスなのだ。説明を聞いた時は、拉致のショックで考える余裕がなかったし、カウント数のことを考えているときは、ゲームオーバーの救済措置と称した残忍な精神攻撃だと思っていた。もちろん、自分の精神が持たないから使えないと考えていたが、今日1日をもってして完全に悟った。僕は既に限界だ。本心を押し殺して耐えている。元から引っ込み思案だからそうするしかないと思っていたが、あんなことをされて抑圧する方が危険なのだ。ひょっとすると、これから本当に殺人を犯してしまうかもしれない。それなら、先にその重さを知っておき、いじめ組を抹消して過去を清算、そこから立ち直っていく方がいいのではないか。今3人をやってしまえば、カウントも24回まで減る。借金も838万8608円まで減り、取り分は9000万。恩恵が違いすぎる。


「それでも命は命だ。どんなクズでもこれは変わらない。賞金額を上げる目的での殺人はやめよう。殺人の重さを知ることと過去のトラウマを払拭すること、これだけで数千万円の価値がある。それだ。それしかない。つまり……30カウントにして清算の時に田中、染山、竹垣を殺して27に戻す!これが理想だ!」


ゾーンに入ってしまった僕はもう止まらない。しかし、都合よく3回きっちり話しかけてもらうというのはなかなか難しい。自分が話しかけると2カウント、これも使いにくい。何か使えそうなルールはないだろうか。悪だくみをする無邪気な子供のような表情をした僕は、あるひらめきをした。


「そうだ、SNSのルールを使って……」


僕は携帯を取り出し、2つのアカウントでSNSにログインする。「人見」と「塵見」。どちらも僕のアカウントだが、監視するクラスメイトの種類で分けている。本名のアカウントは当然ない。一応この人見というアカウントをメインで使っていることを、黒スーツの人には説明済みだ。


「この人見に対して、塵見で3回メッセージを送ろう。これで3回話しかけられた判定になり、30カウントになるはずだ!いじめっ子たちめ!地獄で泡吹かせてやる!」


良心はもはや還らぬものとなり、殺しのバランスがとれたことに僕は喜んでいた。時刻は23時57分。張り紙の場所に付くと同時に、僕はメッセージを3連投した。


「こんにちは」

「ろろろろろ」

「すばらしい」


その刹那、携帯のバイブレーションが3連続で鳴る。人生で一番賑やかな通知音だ。既読をつけ、送信に不備がないことを確認。そしてそれを見届けたかのように、黒スーツの男がやってきた。今回は誘拐スタイルではなく、正面から堂々と。


「24時00分。終了だ。前のビルまで案内するぞ。」


僕は大人しく目隠しをつけてもらい、30時間ぶりに例の高級車に乗り込んだ。









前と違わず30分。これに僕は安堵した。賞金をうやむやにされて海底などに捨てられちゃたまったものではない。目隠しを取り、前と同じく8階を目指す。動きは同じだが、テンションは別人かと思うほどに変貌していた。


あの豪華なドアの前に再びたどり着き、そして聞き覚えのある声が奥から響いてくる。


「神仙海苔巻くん、ご苦労。しっかりとデータは受け取らせてもらったよ。」


データを受け取った、つまり、僕のカウント数が確定したということだ。そう、これから僕は人を殺す。直接ではないが、確かに命を奪う。つい一昨日知り合ったばかりの得体の知れぬ男たちの力を借り、トラウマを破壊するのだ。緊張はしている。しかし後悔はない。3人を殺害し、3000万を受け取る。これでいい。これで、以前の僕を捨てられる。3人を殺すという名目があるが、実質、過去の弱い自分を殺しにきたのかもしれない。


「さて、今から清算タイムを始める。借金額にかかわらず、お前はその結果を聞いてから犠牲者を選ぶことができる。もちろん、犠牲者は昨日話しかけられた人からしか選べないがな。」


鼓動が速くなる。結果は分かりきっているのに。そういうものだ。どんなに自信のあるテストでも、実際に結果を目にする、耳にする瞬間まで人はドキドキするものだ。全身で生を実感し、ある種のエクスタシーに浸っていた僕の耳に聞こえたのは――――



「神仙海苔巻、Emeritic Death-Gameによって生じた借金額、343億5973万8368円だ。」


「えっ――?」



聞き間違いだろうか。今、343億と聞こえたはずだが……



「実験協力費は1億だから、残る借金は342億5973万8368円だな。カウント数にして実に36回。借金なしの27回からは9回のオーバーだ。」


「ええええええええええええええええええええええええああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



声にならない悲鳴。自分でも叫んでいるのか叫んでいないのか分からないほど、今にも死にそうな、かつ消えそうな悲鳴。馬鹿な。いじめか?いじめの時の罵声に数え間違いがあったか?納得がいかない。計画では30回だったはずだ。6回もオーバーするなどありえない。



「カウント数を教えてやる。母が4、父が2、妹が1、委員長が1、先生が3、田中が6、染山が3、竹垣が3、塵見が3。そして自分から話しかけたのが5回、これは実質10カウント。合計36カウントだ。」


「自分から話しかけたのが5回!?ありえない!!イカサマだ!!最初から借金まみれにしようとしてハメたんだな!!」


「いや、お前は確かにそうした。塵見ってやつ、あれはお前だよな?塵見から人見、つまりお前からお前。話しかけるカウントと話しかけられるカウントを両方満たすから、あれ1回につき3カウントだ。」


「あっ……」


盲点だった。いや、それでも少し考えればわかったはずだ。あの時の僕は完全に浮かれていた。快楽殺人のような衝動で軽率なトリックを思いつき、完全に墓穴を掘った。あの瞬間までずっと慎重に、綿密に行動してきたのに、なぜだ。


「塵見という別アカウントは話していないから大丈夫だと思ったか?まあ、合法で人を殺せる、かつ話しかけられた数をチップで感知できる技術レベルの我々を甘く見すぎたようだな。」


「うう…………」


弁明の余地もない。その通りだ。


「これ以上おしゃべりしている時間もないのでな、犠牲者を決めてもらおう。さっきも言ったように、借金を完全チャラにするなら9人必要だ。」


やむをえない殺人。それも、いじめ組の3人じゃ全然足りない。そもそも犠牲者の選択肢はどれくらいいるのだろうか?それを一度冷静になって考えてみた結果、僕は絶望した。もはやこれは、借金額を減らすとか賞金を増やすとかいう問題を越えてしまったのである。


「9人……それも昨日話しかけられた対象のみ……つまり、田中、染山、竹垣、委員長、先生、数子、、、父さん、、、、母さん、、、、!!!」


そう、自分の家族を手にかけなければならない。しかも、その上でまだ借金が3000万ある。1人足りないのだ。そもそもの借金完済が無理ならば、家族を殺すなんて絶対にできない。しかし、ここから家族3人分の犠牲を減らすと、借金は31カウント分の9億7374万1824円となる。生涯賃金の平均値などとうに超えた、まさに絶望の借金だ。これなら一家心中の方がマシだ。


自分一人生き残っても借金3000万。これも下手な住宅ローン並みの重荷であり、間違いなくまっとうに生きることはできない。


「と、とりあえず、田中、染山、竹垣、委員長、先生の5人を犠牲にするよ……」


「了解。では、残り借金額9億7374万1824円だ。これでいいか?」


「いや、あの………」


手詰まりだ。やばい。どのルートも詰みだ。僕のせいで家族が死ぬ。ついさっき、予定にない2人も含めて5人をあっさり犠牲にしたが、今やどうでもいい。いじめっ子を葬って気持ち良くなろうという愚かな考えの行く末が今なのだから。


「あー、なんとなく考えていることは分かる。だから、一番苦しくない方法を教えてやるよ。」


あまりにも悲惨な僕の姿を見て、ボスが口を開いた。そうだ、この人は最初に会った時から優しかった。たった今5人もの犠牲も出したし、合法的殺人とやらの実験結果にも貢献した。まさか、借金の帳消しか、減額か、何かしら情けをかけてくれるに違いない。僕は縋った。こんな得体の知れない人物に縋った。それだけ追い詰められているのだと自覚した。僥倖を期待し、真剣な眼差しでボスを見つめた。




「お前はお前自身を犠牲者にできる。自演行為で話しかける側にもなったのだから。3000万の借金を抱えて孤独に生きても、家族を残して9億の借金を抱えても、お前はどうせ死ぬ。それなら今、逝ってしまった方が楽だ。」




予想外の言葉。救いがないように思われる言葉。それでも僕は――




「ありがとうございました。では、犠牲者に神仙海苔巻とその家族を選びます。」




もう解放されたかった。全ての選択肢が絶望。絶望。絶望。新しくやり直すという夢は叶わなかったけれども、田中たちには報復できたし、思い残すことはない。死んで全てを忘れよう。それでいい。どうせ、8人も殺した大量殺人犯も同然なのだから――


「昨日、人生で一番イキイキしてたなあ。」


ゲームオーバー。僕は負けた。それでもこのゲームをきっかけに、筆舌に尽くしがたい刺激を得られた。億単位のお金、いじめっ子への復讐、そして新生活への光。ついに望んだ形で得られることはなかったけれども、僕はついていた。その辺の、量産型の傍観者よりは確実についていた。


だって、先着1名様に選ばれたのだから!



こうして僕は眠りについた。あっという間だった。彼らがどんな方法で殺人を遂行しているのかは分からない。


ただ一つ言えることは、その眠りは決して苦しいものではなく、孤独に頑張ってきた人間を賞賛するような、温かい死のギフトであったということだ。





















後日、神仙家の墓が建てられた。


とんでもなく大きい墓。費用は3289万1136円。その建立の手引きと維持は、すべて裏社会の強大な組織によって行われているという噂が立った。


「ボス、良いデータが取れましたね。」


「ああ。来年も問題なく実施できそうだ。この実験の本命は2つ。1つは心理実験。お金のチャンスだけでなく、合法殺人のチャンスにも気づいてしまった時、色々な意味で追い詰められた人間がどんな行動をとるか、だな。もう1つは、神仙くんも気づいていたように完全犯罪による殺しの練習だ。」


「どちらのデータを取るにも、ふだんひとりぼっちの学生が最適ですね。精神が未熟な時の方が面白いデータが取れますし、何よりコミュニティの狭い人間の周りは殺しの後処理がしやすいですしね。」


「ああ、まさに"蠱毒"の実験に相応しい。」






ひとりぼっちデスゲーム -Fin-



最後まで読んでくださりありがとうございました。


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