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ピザ屋

作者: ル・グラン・シリュス

 駅に向かう途中にいつも見かけるあのお店。住宅街にポツンと佇む、一見すると普通のピザ屋のようだった。

 お店の前に立てかけてある看板を見ると、文字がすべて英語で書かれていた。

 デリバリーやテイクアウトはやっておらず店内飲食のみ。有名なチェーン店でもなく個人経営のお店で、メニューを見ると、ピザのみを扱っているピザ専門店のようだった。

 さらに驚いたことに、営業時間は平日の朝八時三十分から夜の十七時十五分までというお役所みたいな変わったお店だった。

 最近では、ピザといえば有名なチェーン店がマーケットを寡占している状態で、個人経営のお店であってもたいていの場合、イタリアンのお店がパスタの他に一つのウリとしてピザも提供しているということが多く、ピザのみで勝負をしているお店は珍しかった。

 そんなこともあってか、ずっとこのお店のことが気になっており、通りかかる度にお店の中を覗き込むがいつも外国人であふれており、一見さんが一人で気楽に入っていけるような雰囲気ではなかった。


 ある日のこと。お店に入ってみたい好奇心と入るのを躊躇する恐怖心が衝突し、お店の前に立ちすくんでいた時だった。

 「いらっしゃいませ、ぜひ店内にどうぞ」

 ちょうど店内からわたしの存在に気づいた店員さんが声をかけてきた。

 柔らかい声に誘われるようにしてお店に入り、メニューボードに目をやるとメニューもすべて英語表記になっていた。店内にはあちらこちらに様々な国の国旗が飾られており、声をかけてくる店員さんが日本語でなければ、どこか異国にやってきてしまったかのような感覚のする、独特な雰囲気を醸し出しているお店だった。

 そんなことを思いながらボーっと立っていると、見かねた店員さんが声をかけてきた。

 「すみませんねえ、外国人のお客様が多いもので、すべて英語表記になってしまっていまして……。分からないことがあれば説明させていただきますのでお声がけくださいね」

 親切な店員さんに目を合わせて軽く会釈をし、再びメニューボードに目をやった。

 「学生向けピザ」、「労働者向けピザ」、「公人向けピザ」、「家族向けピザ」、「その他のピザ」と書いてあり、ピザのメニューは全部で五種類あった。そしてメニューごとに「ロング」、「ミドル」、「ショート」の三サイズがあった。

 比較的平易な英語で書かれていたため、書かれていることを理解することは難しくなかったが、それがなにを意味するかはよく分からなかった。特に、普段あまり見慣れない、ずいぶん変わったメニューとサイズだと思ったが、海外ではこういう区分が一般的なのかと割り切り、特に深く考えもしなかった。

 そして、一通り目を通し終えると、学生向けピザの「ミドル」サイズとコーラ注文をした。

 店内は平日の日中にも関わらず混雑していて、わたし以外はすべて外国人のようだった。周りの外国人は物珍しそうな目でわたしのことをじろじろと見つめ、不思議そうな顔をしていた。

 降り注ぐ視線をかわしながら目を凝らして店内をよく見ると、丸形のテーブルを何人かで囲んでいる形だったが、一人一枚ピザを持っており、みな同じ方向を向いて一言も喋らずに黙って食べていた。まるで節分に恵方巻を食べるかのような奇妙な様子だった。

 そんな異様な風景の中で、注文したピザとコーラが席に運ばれてきた。

 見た目は特に変わったところのない普通のマルゲリータピザだったが、大きさや形が想像していたものと全く違っていた。大きさはパスポートくらいの大きさで、形は丸形ではなく長方形になっていて、変わったピザだった。

 手に取って食べてみると、モチっとしたピザ生地にモッツアレラチーズのコク、トマトソースの酸味がアクセントになって、バジルの香りがスーっと鼻から抜ける。ピザを持つ手には、よく見ると英字のような何かの黒い跡がうつっていたが、たまたまピザ窯の煤が手についてしまったのだろうと、あまり気に留めなかった。

 確かに美味しいが、特にそれ以上でもそれ以下でもない普通のピザだった。

 もしかしたら外国人の舌に合うような味付けになっているのかもしれないと思ったが、確認するすべもなかった。長居できるような居心地の良い空間ではなかったため、ピザを食べ終わるとすぐさまお店を後にした。

 そして家までの帰り道、ピザ屋での体験を思い返していた。

 メニューやサイズの表記が変わっていたり、大きさや形、客層や営業時間が変わっていることを除けば、思っていた以上に普通のピザ屋で拍子抜けをしていたが、その反面、何か引っかかるようなもやもやとした感じがあった。


 後日のこと。例のピザ屋を通りかかった際に、ちょうどお店から出てくる外国人が目に入った。その外国人は片脇に書類らしきものを持っていたため、何かヒントを掴めるかもしれないと思い、急いで追いかけて話を聞いてみることにした。

 「あの、すみません。エクスキューズミー」

 「ニホンゴ、ダイジョウブヨ。チョットデキルヨ」

 いきなり声をかけられたことに少し驚きながらも、こちらを振り返ると片言の日本語で答えた。

 「あ、急にすみません。あの、ちょうどいまあのピザ屋から出てきたと思うんですけど、何してたんですか?」

 「オイシイピザ、ロウドウシャ、ロングピザ、タベマシタヨ」

 「なるほど、それはよかったですね。ちなみにそちらに持っている書類は何ですか」

 ピザを食べたというところまでは聞かなくても分かることだったが、何よりも脇に抱えている書類についての好奇心が抑えられずストレートに質問を投げてみた。

 「ニホントッテモ、イイクニヨ。ワタシ、コレカラモズット、ニホンデ、ハタラキタイヨ。ダカラ、ピザ、タベルヨ」

 「なるほど、そうなんですね。頑張ってくださいね」

 思いもよらなかった回答に、いったい何のことかさっぱりわからず、当たり障りのない反応しかできなかったが、そのまま挨拶を交わすとその外国人は行ってしまった。


 頭の中が混乱し、しばらくその場に立ち尽くした。

 「日本がいい国で、これからも働きたいからピザを食べる。日本がいい国で、これからも働きたいというのは分かるが、どうしてピザなんだ。ピザ、ピザ、ピザ……」

 一人でぶつくさ言っていると、先日の店内での記憶がまざまざと蘇ってきた。ピザの種類、形、大きさ……。

 「そうか、なるほど。そういうことか」

 いつもより少し肩を落としながら家へと帰った。

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