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第44話「ひとつ進んだ」

 決闘を終え、二人は笑い合って、その場に座り込んだ。ひさしぶりにどちらも全力で戦ったのだ。イルネスはもとより、彼女の猛攻を耐えきったヒルデガルドも、次に魔法を撃てば気でも失うのではないかと思うほど疲れ切っていた。


「お疲れ様、二人共! すごかったね!」


 イーリスが顔を赤くするほど興奮して走ってくる。アーネストも、表情には出さないが、瞳には感動の喜びが宿っていた。


 当然だ。二人は五年前、魔王と、それを討つために立ち上がった英雄なのだ。その二人が、今度はいがみ合うでもなく、共通の目的で激しいぶつかり合いを演じてみせたのだから、心を揺さぶられるのが当然と言えた。


「いやあ、負けた負けた! 儂とて一度は魔王に君臨した誇りがあったが、こうまで清々しく負ければ何を言うこともないのう。……帰るか!」


「そうだな。君のせいですっかり腹も減った」


 イルネスがぴくっと跳ねた。


「たはは、すまんのう。ミモネにはしっかり謝るゆえ」


「別に気にしちゃいないさ。イーリスのこともあるしな」


 立ち上がって土を払い、残った魔力で村の近くへポータルを開く。全員が潜ったのを確認してから、最後にヒルデガルドが通って、静かに閉じた。疲れた顔の四人は、村へ着くなり、彼らの帰りを待っていたミモネに見つかった。


「みんな、おかえりなさい!」


「どうしたんじゃ、ミモネ。何かあったのかの」


「皆が面倒を見てたコボルトの子が目を覚ましたわ!」


 全員が顔を見合わせて、ぱあっと顔を明るくした。


「アッシュが目を覚ましたんだな! 今はどうしてるんだ?」


 ヒルデガルドが前に出て尋ねる。ミモネはニコニコとして。


「今はご飯を食べてるところよ。行儀のいい子なのね、きちんとスプーンとかナイフを使えるなんて。人の姿に近いから、コボルトだなんて思えないわ」


 急いでイルネスの家に戻ってみると、元気そうにアッシュが肉を頬張っているのを、エプロンを着けたアベルが次から次へと料理を並べて喜んでいた。


「アッシュ。本当に良かった、元気で……」


 ヒルデガルドも思わず涙ぐむほど安心した。アッシュは彼女たちに気付くと、フォークに肉を刺したまま持ち上げて、元気いっぱいに。


「おかえり、ひるでがるど! おれ、しゃべれてる?」


「喋れてるな。やはり人の姿になった影響か」


 すっかり元通りの──姿は違えど──アッシュに安堵する。ずっと胸の中につかえていた問題のひとつが、ようやく取り除かれた。


「ありがとう、ミモネ。色々と面倒をかけてしまったな」


「そんな。大賢者様のお力になれて、アタシもすごく嬉しいわ」


 ちら、とアベルとアッシュを見て、彼女は羨ましがった。


「アタシも、あんな弟妹(きょうだい)が欲しいなって、昔はよく思ったの。だからアッシュちゃんが目を覚ましたのもだけど、アベルくんとも料理してみたり、楽しい時間だったわ。このまま帰らせてしまうのが寂しいくらい」


 それを聞いて、イーリスが何かを思いついて、ヒルデガルドに耳打ちした。


「ね、このまま預かってもらったら? 二か月後にはクレイと戦うんでしょ。首都に襲撃を仕掛けるなら、ここにいてもらったほうが安全じゃない?」


 クレイがどうやって首都へ進撃してくるかは分からない。だが、イーリスの言う通り、戦場と化す以上、大勢の魔物を率いてくるのは確実だ。ウルゼン・マリスの魔物を操る技術は、クレイなら完成させられる。そのうえ夢魔のデミゴッドまでついているのなら、どれほどの規模になるか、想像をゆうに超えてくる可能性はあった。


 アッシュがロード級の強さになったとして、太刀打ちできない魔物はいくらでもいる。クリスタルスライムは、その代表的な例でもある。とはいえ主人であるヒルデガルドやイーリスが戦いに赴くのなら、大人しく待っているような種ではない。


(確かに、彼らは同胞を守ろうとする傾向が強い。特にアベルもアッシュも、普通のコボルトに輪をかけて仲間を救おうとする節がある。だが、何も知らないなら、ここで待たせて、すべてが終われば迎えに来るほうがいいか……)


 実際、飛空艇の襲撃時には、ヒルデガルドの友達だから、という理由でアーネストを守ろうと命懸けで飛び込んでいる。今回は相手の数も少なく、アーネストも傍にいたことから追い討ちには遭わなかったが、次はそうもいかない。無茶をして、今度こそ命を落としてしまうのは目に見えている。


「……よし、ではミモネ、ここはひとつ、アベルたちを預かってやってはくれないか? 具体的に言うと二ヶ月ほど。色々あって、予定が山積みで面倒をみてやれなくなるかもしれないから、君になら任せられると思うんだ」


 頼まれた瞬間、花が咲くような温かさでミモネが「本当に?」と嬉しがった。視線がちらとイルネスに移り、彼女もうんうん頷いて同意すると、「わかったわ、アタシがふたりの面倒をみてあげる!」とヒルデガルドの両手を強く握った。


 これでアベルたちは心穏やかに過ごせるだろう、と安心する。


「あ。ところで、すまないがもうひとつ」


「うん? なんでも言って、出来ることはやるわ」


「腹が減ったんだ。私たちも食事をしたいんだが、いいかな」


「……お弁当はどうしたの?」


 イルネスが申し訳なさそうに包みを前に置く。


「す、すまぬ。儂とアーネストで食べてしもうた……」


 数瞬の沈黙が通り抜け、それから、先ほどまでは穏やかな笑みを浮かべていたミモネが、鬼の形相に変わった。事情など聞かずとも知れている。彼女の怒りに、村ではイルネスの勘弁してほしそうな悲鳴が響いた。

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